09 うみどり先生の魔法学講義:モンスター編2




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「まず、モンスターには〝弱点〟があることを最初に告げておこう。それは人間で言うと脳に当たり、その個体を定義する『命令』が収められた心臓部だ」


「脳であり、心臓……?」


「まあ要するに、コアだ。それは頭にあるかもしれないし、胸に収まっているかもしれない。個体によってその弱点がどこにあるかは違っている。たとえばゴブリンなら頭部だね」


 CPUというよりはハードディスクに近いものが、各モンスターには備わっている。

 それは『侵入者を襲え』といったような命令が記録され、それを実行するための心臓部としてモンスターを動かす。


「そしてそれは、その個体の形状を……ゴブリンであればゴブリンの形状をかたちづくる各パーツを繋ぎ留める、いわば磁石のような役目も負っている。あるとするならそれはその個体の身体の中心部、もっとも体積の大きい部分の中だね」


 さて――と、


「やや本筋からは逸れるが、ここで重要になってくるのが『凝固フリーズ』と『解放リリース』という概念だ」


凝固フリーズの方は、ちょいちょい聞きますね」


「凝固とはそのものずばり、マナを集めて固めて、物質化する……物質っぽくなるまで凝縮させることを言う。そうして出来た物質を『仮想物質』というんだが、それらがモンスターの各パーツをつくってる訳だね。簡単にだけど、実演することも可能だ」


 あまねの人差し指と親指のあいだ……空気がわだかまるように、よどんでにごるように――半透明の水泡のようなものが生まれる。


「これは周囲に溢れるマナを一か所に、ひとところに集束させてるんだね。簡単に見えるかもしれないけど、それなりの集中が必要なんだ。これは自分の中のマナに『命令』して、それを中心に外のマナを寄せ集めてなんとかひとまとまりにしているといったところ」


 だいぶ形が不安定で、ともすれば消えてしまいそうなほど儚い、ビー玉サイズの球体だ。


「これを、凝固フリーズする」


 と、揺れ動いていた球体が固定化し、いびつだが金属のような硬さを感じさせる球体へと変化した。


 あまねが指を放すとそれはテーブルに落ちて、軽い音を立て、そして転がった。

 真代が自分の手元に来たそれに恐る恐る触れてみると、見た目通りの硬い質感があるものの、同時に、少し力を加えれば砕けてしまいそうな脆さも感じた。


「モンスターも、原理的にはこんな感じだと……」


 こうした小さな欠片、ボーンの集合体――


「その通り。ただし、ここで問題がある。マナというものは基本的に揮発性で、完全に消滅することはないけれど、こうしたかたちを留め続けることが出来ない。今でこそこの中に入っている、ボクの命令が入ったマナ――モンスターで言う『核』が繋ぎ留めているけどね、じきに外殻から揮発していく。これを維持し続けるには、常に中のマナに意識を集中するしかない」


 中や外、自分のものや周囲のものとはいっても、マナはマナであり、やがて消えるものである。

 中のマナに意識を集中し続けるということはつまり、それだけ自分の内にあるマナを注ぎ続け、継ぎ足し、そのぶん消耗していくということだ。


「これを半永久的に持続できるなら、人類は無限ゆめの資材を得ることになるんだろうけどもね」


「どうりで、社会的に普及してない訳だ……」


「うまく応用すればいろいろと可能だけれど、しょせんは個人的な範囲だね。さて――」


 真代が指で例の球体をつついていると、不意にその感触が指先から消え去った。


「これが解放リリース……その名の通り、説明の必要はないね。モンスターを倒すことについてもそういうスラングが使われているらしいよ。なんとも宗教的かつ猟奇的だ」


「じゃあ『ザ・魔法使い』って人たちは、こういうのをつくって、モンスターにぶつけてる感じで?」


「そういう感じかな。相殺してる訳だ。あるいは直接接触し、リリースを促すという聖者的なことをする人もいる。いずれにしろ自分のマナを使うから、その『ザ・魔法使い』さんたちは消耗が激しい。そういうポジションを買って出るものといえば、体力に自信がありながら繊細な神経の持ち主という、キミみたいなタイプが多いね」


「そんなに自信はないすけど――そうなると、ますます謎だ……」


 ダンジョンに挑む、いわば『冒険者』たちの視点からだけでは分からないことがある。

 ダンジョンで待ち構える、モンスターの生みの親についてだ。


「あんな小さい球ひとつつくるのにもそれなりの集中がいるのに、ゴブリンなんか人間の子供くらいのサイズがある。しかも一体や二体じゃないし、もっと大型のやつだっている……」


「そこが、ダンジョンのマジックだよ。そして、モンスターがダンジョンから出てこない理由でもある」


「……? 出てこないのは、別に人間界を乗っ取ろうとかいうつもりがないからでは? 目的は侵入者の排除なんだし」


「シュレーディンガーの猫は知ってるかな?」


「まあ、よくあるやつですよね。箱の中の猫は~って。それが……?」


「要するに、ブラックボックス――平たく言えば、〝密室〟だ。それがマナの拡散を阻害している。あるいは『結界』だね。あの中においてマナの揮発は外よりも遅いどころか、マナによる造形物はほとんど自然揮発しないと言っていい」


 閉じ込めているから、拡散しない、揮発しない――保存されている。

 そしてその密室の密閉性が高ければ高いほど、つまり外から観測できないほど封印されているほど、個人のマナはより強力になるという。

 外野の干渉を受けない、完全で、純粋な、自分だけのマナを維持できる訳だ。


「箱の中の猫が生きているのか、死んでいるのか、外からは観測できないように――ダンジョンの中には変幻自在な〝未知数〟が存在しうる。その要素がダンジョン内のマナに特殊な影響を与えていて、それがモンスターを存在させるのに一役買っているんだろうね」


 それこそ、魔法のように――


「ダンジョンのカラクリはそれだけじゃない。恐らくダンジョンマスター……かの『主』が坑道跡に入った時に加工したんだろうね、坑道の内部はほとんど彼のマナで凝固による補強がされている。これはつまり、ダンジョン全てが彼の影響圏にあるということ。さすがにダンジョン内で起こる全てを把握してはいないと思うけれど、侵入者の数やモンスターの消滅くらいは感知し、随時対応しているに違いない」


 ダンジョンはまさしく、彼の――白咲しらさき初雪はつゆきの世界なのだ。


「加えて言えば、揮発性が遅い理由もそれだね。遅いというより、常に継ぎ足され続けているんだろう」


 ダンジョンに入るとマナを吸われるという話も、その全体が彼の影響圏であるため、彼のマナによって吸い取られているのだ。

 ちょうど、あまねが先ほど実演した球体のように、『命令を帯びたマナ』が『外のマナ』を寄せ集めているのだろう。

 そして、そうやって集めたマナリソースが、ダンジョンの維持、モンスターの作成に流用されている――


「そういう自動的なサイクルが出来上がっている、と我々は見ている。……これは簡単に出来ることじゃない。時間をかけて丹念に、念入りに、少しずつ凝固し影響圏を拡大していったんだろう」


「才能あるやつが、努力して偉業を成し遂げるってやつすね……」


 確か、彼が引きこもるきっかけになった事件は四月に起こっている。ダンジョン発見がいつの出来事かは知らないが、四月からこの八月まで、時間ならたっぷりある。


「まさしくその通り。だから、一筋縄ではいかないんだよ。彼がいそうな地点はおおまかには特定できているけれども、そこに近づけば近づくほど、奥に進めば進むほど、その影響力も強くなる。マナドレインが行われるなか、ボスクラスのモンスターの相手をし続けなければならない――」


「こりゃあ……」


 生徒全員、一致団結して挑まなければ勝機はないのではないか。


「ついでに言えば、ダンジョン内ではいわゆる〝外マナ〟は使えない。全ては『主』の影響圏だからね。自分の、個人個人の持つマナで戦う必要がある。いくらモンスターを倒せば回復できるとはいえ、絶対値は下がり続ける一方。いわゆる後衛職が全体攻撃をばんばん撃って強硬突入なんてしても、すぐにヘバって、最悪マナの消耗による意識レベル低下で重態だよ」


「うへえって感じなんすけど……」


「もっと言えば、昨日発見された〝人質〟をとるタイプの新種によって、うかつに攻撃することも難しくなったね」


「……無理ゲーでは?」


「そこをなんとかするのがキミの仕事じゃないのかな?」


「それを支えてくれるのが科学部さんですよね?」


「その通り」


 では、次の講義に移ろう――



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