08 うみどり先生の魔法学講義:モンスター編1




                   ■




 理科室に入り、適当な席にことわと並んで腰かける。


 すると、ゾンビのように生気のない顔をした男子生徒がどこからともなく現れて――テーブルとテーブルの間に寝ていたのだろう――、コップに紅茶のようなものを注いで出してくれた。


(ビーカーくると思った……)


 その男子はふらふらと元いた位置に戻り、鈍い音とともに倒れこんだ。夢遊病なのだろうか。


「さてさて、まずは何から話そうか?」


 向かいの席に腰を下ろし、宇碧うみどりあまねが首をかしげる。

 これがゲームなら、きっと選択肢なんかが出るのだろう。


(何から聞こうかな……。もうたっぷり聞いた気もするけど……もっと魔法について、マナについて、一から教えてもらうか……?)


「わんちゃん我々の一部になる可能性もあるから、科学部のルールについて説明しておこうか?」

「それはいいです」


 きっぱり断ってから、真代ましろはもらった紅茶を一口――


(苦っ……)


「頭が冴えたかな」


「……ええ、まあ。とりあえず、ダンジョン……モンスターについて教えてほしいです。なんというかこう、どういう仕組みで動いてるのか、とか」


 先ほどの話を聞く限りでは、それも玩具やゲームのようなもの――とは、とても思えないリアリティ、クオリティがあったのだ。

 それに、ここに来る前にことわが言っていたことも、今更ながら引っかかる。


(ダンジョン自体が一つの生き物みたいに、マナを吸い上げる……。そういう、得体の知れないものばっかりが先行してるせいで、俺はもしかしたら、もっと肝心なことに気付けてないのかもしれない――)


 そんな、漠然とした不安、心もとなさのようなものがある。

 聡里さとりやことわにとっては当たり前すぎて、つい先日まで魔法とは縁もゆかりもない(と思う)世界にいた真代に伝えそびれていることがあるのではないか。


「ふむ。じゃあモンスターについて説明しようか。キミ、最近のMMORPGとかやったことある? もしくはその画面を見たことは? 最近は動画での配信も盛んだし、何かしら触れてるとは思うけれど」


「え、えむえむお……? なんの略語ですか……? 科学の専門用語はちょっと……俺、どちらかというと文系寄り体育会系なんで。うじうじ悩むけど行動して忘れようとするタイプです」


「変な先入観があるようだけど、ゲームのジャンル名だよ。ボクが言いたいのは、その中でも3DやCGモデルをつかった……そういうリアル寄りのキャラクターやモンスターについて」


「あぁ、洋ゲーとかFPSみたいな」


「そうそう」


「???」


 横でことわが疑問符を浮かべているが、たぶんそこは本題ではないので説明するまでもないだろう。


「ああいう3Dモデルはね、ざっくり説明すると、ボーン関節ジョイントで出来ている。絵を描くときモデルに使う、デッサン人形なんかを思い浮かべると分かりやすいかな。全ては身体の各部位に当たるボーンと、それをつなぐジョイントの集合体だ」


 たとえば、髪の毛の一本一本も件のボーンで出来ており、それだけでは単純な直線でしかない。

 しかしその毛髪の一本に複数のボーンを用い、その間をジョイントでつなぐことにより、風でそよいだりといった髪の〝動き〟をつくりだすことが出来る――


「映像をつくるならそれでリアリティを追求できるけど、実際にゲームなんかで動かそうと思うと現実的ではないそうだ」


 まあこれはそういうプログラムが得意な人の受け売りなんだけどね、と付け足して、


「ボクが言いたいのは、モンスターもいわばそういう構造物オブジェクトだということ。マナを固めて物質化したボーン同士を、また別のマナを用いてつくったジョイントでつないだもの――」


 言いながら、あまねはテーブルの上にコーヒー用のスティックシュガーを並べて、人の形をつくる。

 ざっくりと簡単に、胴体、右腕、左腕、右脚、左脚の五本。

 いわゆる棒人間のように並べている。


 そしてそれらの間にあたる部分――その空白に、空気がよどむような〝にごり〟が浮かび始めた。


 真代は自分の目がかすんでいるのかと思いこすってみるのだが、それは実体を伴って確かに存在する――可視化された、マナのかたまりだ。


「ついでに説明すると、『マナ』とはずばり、人間の意思、想い、感情……そうした情報を伝達するとされる物質だ。この〝伝達〟という言葉が厄介なんだが、それは単なる媒介するものという意味以上に、こうして――」


 五本のスティックシュガーの〝間〟を、マナが埋める。

 あまねが〝胴体〟の部分を掴んで、一応の人型となったそれを持ち上げた。

 一本を持ち上げると他の部位もまるでつながっているかのように、一緒になって持ち上がり――


「立ってる……」


 それは、あまねが指を放しても、まだそこに立っていた。

 多少バランスは悪いが、それらはただ積み重なっているのではなく、マナを接着剤がわりにしてスティックシュガー同士がつながり、遠目に見ると両腕に当たる部位は浮いているようにも映る。


「命令すれば、動かすことも出来る」


 マナで出来た〝関節〟を軸として、シュガーの〝右腕〟が上がる。


「マナとは要するに、想いをかたちにするもの――ボクの命令を記録したり、実行したりするものであり、エネルギーそのものなんだよ。この場合で言えば、『シュガー同士をつなぐ関節の形成』という命令の記録があり、このシュガー自体にマナを浸透させることでこの『人形』の〝身体〟として『動く』ことを実行させた」


 ダンジョンのモンスターも、ボーンも含めてマナで出来ている点を除けばこれと大して変わらない、と。

 ぼろぼろとテーブルの上にスティックシュガーが散らばる。


「まず大前提として、あれは生き物じゃない。それこそ人形だ。中は暗いからよく分からないだろうけど、よく見れば目に光は宿っていないし、たぶん鼻も耳も飾り物だ。機能していない。マナで出来てるから重さもなければ体温もないよ」


「めちゃくちゃ動いてたのは……」


「それも『命令』だ。プログラムされたロボット、といえば分かりやすいかな。侵入者を見つけたら、とにかく殴りかかる――そういう単純な思考プログラムで動いてる。この『侵入者を見つける』というのもまた、単純なマナの感知だろうね」


 人間が意識を持ち、思考するなら、少なからずマナはその人の体の中に存在する。

 血液が全身を巡るように、マナもまた身体の一部といえるのだ。

 そして、意識や人格、心というものもまたマナによって形成されている。


 モンスターはそうした『個人の持つマナ』に反応し、行動しているそうだ。


「人間が近づけば、モンスターはそれを感知する。そして寄ってきて、あらかじめプログラムされた通りに行動する。簡単な理屈だよね」


「なかなかはいそうですねとはいかないですけど……。じゃあ、中には複雑なプログラミングがされた、他とは違うモンスター……『ボス』もいる、とか?」


 たとえば、昨日見たあの大型……オークとか。


「ご名答。ただ、そういうのは製作側も苦労するのか、数が少ないし、〝復活リビルド〟するまでに時間がかかる。いわゆるコードネーム『ゴブリン』なんかは、もうじゃんじゃん大量生産できるようだけど。恐らく〝型取り〟……プリセットされてるんだろうね」


「それは、まあなんというか、理にかなってますね……」


 大量生産されるゴブリンを思い浮かべて、なんだか複雑な気持ちになった。

 

「ついでに言うなら、モンスターの攻撃は物理的というより、精神的なものだ。人間が固有に持つマナを削ってくる、という感じだね。先ほど述べたように、マナには〝重さ〟がないからね、殴られても大した物理ダメージはない」


 ただし、マナを削られるということは――気力や精神力の低下、つまり意識レベルの低下、気絶などに繋がる訳だ。


「それとは別にキミは昨日気を失ったそうだけど、災難だったね」

「はは……」


 笑えない。

 あまりに非日常なことで意識していなかったが、一応今も頭に包帯を巻いている。思い出すと痛む気がしないでもない。


「一方で、モンスターを倒すとマナが拡散される。モンスターを構成していたボーンが形象崩壊を起こす訳だ。レベルアップはしないけれど、気力の回復にはつながるね」


「その〝倒す〟っていうのも……言うには簡単ですけど、生物じゃないんですよね? つまり脳みそもなければ、心臓もない。それっぽいものがあっても、別に機能してる訳じゃない」


 つまり、生物的な弱点がない、ということだ。


 生徒会はゴブリンをさっさと片づけていたが――呆気にとられてしまってどう対処していたのか憶えてないが、少なくともオークに対しては、跡形もなく消し去ろうとしていたように見える。


「いい質問だね、思いのほか理解が早くて驚いてるよ。じゃあここからは、実戦について――実践・応用編に入ろうか」



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