07 科学部、その論理的魔法観




                   ■




 理科室には、たくさんの生徒が倒れていた。

 そこら中からうめき声のようなものが聞こえていた。


 惨憺たる状況であった。


「ここはある意味、ダンジョン攻略の作戦基地みたいになっているんだ。困ったことに生徒会の連中は我々をダンジョン解析のエキスパートだと信じて疑わなくてね。我々はこの夏休み、仕事の山を登り続ける登山者となっているのだ」


「ちょっと何言ってんのか理解するのに時間かかってるんですけど……。あの、帰省すればよかったのでは? 夏休みだし」


「これでもだいぶ逃げ去っていった方だよ。残ったのは……そうだね、弱味を握られた哀れな子羊だ。未知なるものに興味を惹かれてやまないという意志よわみを持ってしまった、研究者こひつじの集まりだよ」


 いっそ教会と呼んでくれて構わないよ――と、この科学部部長、宇碧うみどりあまねは告げた。


「ここにも生徒会の魔の手が……」


 素で「魔の手」と口にしてしまうあたり、明里あかりの影響を受けている感はあるがそれはともかく、初っ端から勢いのある人物の登場に真代ましろは少々面食らってしまう。

 しかし生憎と、他の部員は徹夜明けなのか床やテーブルの上で爆睡しているようなので、まともに話せる相手はこの部長だけなのだろう――


 と。


 理科室を見回していた真代の視線の先に、不意に一本の指が立つ。

 その人差し指の動きにつられて目を向ければ、そこには宇碧あまねの大絶賛徹夜明けな感じの疲れ切った挙句に何かを振り切ったような顔があった。


「余計な描写は抜きにして、早速本題に入ろうじゃあないか。キミのことは聡里さとりクンから聞いてるよ。ここに来たら面倒を見るようにも頼まれた」


「今日はゆく先々であの人の影を見てる気がする……。未来でも見えるのかな」


「未来の奥さんかな」


「そういう意味で言ったんじゃないんですけど。というかその話、伝わってるんだ……」


「予知が出来るかはさておき、そうなるよう流れをあやつっているような節はないでもないね。――とまれ、キミは魔法に関してずぶの素人なんだろう? さながらこのネット社会においてスマホの扱いも知らない中年がごとく」


「実に的を射た表現っすね、図星ですよまさしく心にグサッときました。でも仕方ないじゃないですか、これまでなんのかかわりもない生活を送ってきたんだし」


「そうは言うけどね、先のたとえを用いるなら、それはせっかくスマートフォンを持っているにもかかわらず電話機能しか使わないのと同義だ。元来、人間はマナを持ち合わせているし、マナはそこらに満ち溢れている。ただしそれを自覚し、魔法として行使できていないというだけ」


 たとえるなら、インターネットにゆかりある電子機器が当たり前に使われているこの時代において、その恩恵を少なからず受けていながらパソコンは苦手、スマホは難しいと自ら遠ざけているようなもの。

 それはいまや当たり前に身近にあって、その気になり知ろうとすれば学べるし、扱うことだってできるものだ、と。


「まあそもそものスペックの違い、世代によってはガラケーとスマホくらいの違いはあるけれども」


 つまり、どんなものにも才能はあって、教えてもらうと習おうと、必ずしも上達するとは限らない――元々のスペックが低ければ、機種の世代が古ければ、表現できないものもある。


 キミはガラケーかな? と言われると、なんだか頷きがたい。


「一応、スマホ使ってますけど……。別にガラケーはそれはそれでいいと思いますけどね。スマホでなくてもネットは使えるし」


「それだよ、その価値観の違いが全てだ。そも、魔法を自覚的に行使できるようになるよりずっと以前、未就学児の段階で〝適正〟の有無が発覚する。そこで多くがふるいにかけられる。適正が高ければこの学園のような魔法を専攻する学校への進学を勧められ、親の判断で子の将来の大部分が決定する。低ければ、そして進まなければそのまま自覚なく平凡に生きるだろうね、キミみたいに」


「まあ……単純にこういうとこって学費とか偏差値とか高いっていうのもあると思いますけどね。……全てが親の決定で決まるとは限らないし……」


 野球が好きだからと野球部に、料理を学びたいからと専門学校に行くように、魔法を実践したい人間はこの白咲しらさき学園のようなところに通うため、真代とはこれまで縁がなかったのだろう。野球などと違って、テレビなど表に出るような仕事も聞かない。


「そうそう、魔法を使う仕事とかもなさそうだし……」


 そして、好きだから、学びたいからといって、様々な事情からそれが成功するとは限らないし、才能があるからといってその道に進むとも限らない。


「それは、厳密には違うね。確かにキミが思い描くようなファンタジックな『魔法』、そして『ザ・魔法使い』なんて職はないけど、基本的に魔法というのは人の心の機微を読み取ったりと、特技の延長線上にあるようなものだ」


 つまりそれは専門の職というものはないが、ある種の技能のように実生活に活かせるものということだ。資格を取る必要も、特別学ぶこともない、当たり前に備わった技能。


「個人の持つ技術として、魔法は実用的だよ。けれども、だからこそ、魔法使いであるだけで奇異の目を向けられる……そんな前時代的、というか差別意識のようなものも、少なからずこの社会には存在しているからね」


 だから、ひとところに集める、集まる。庇護しようと、保護されようと。


 ――〝帰る場所〟がない人も、いるんだと思います。


 ふと、いつかのことわの言葉が脳裏に浮かぶ。


「……だから、帰省しない生徒もいる……?」


「おお、ご名答。そうそう、身近に『心が読める』人間がいたら良い気持ちはしないだろう? 逆にそれを隠しながらも、自身は自覚してしまっているからこそ距離を置くものもいる。……ついでに言えば、特別何か一点に秀でているために、『魔法を使っている』というそしりを受けて、仕方なくこういう学校に通う――平均化を求めるタイプもいるね。適材適所、みんな居心地のいい場所に集まるものだよ」


 つまり、居場所がないものの集まりなんだ――と。

 理科室で倒れ伏す部員たちを示して、薄く笑う。


「まあ、先に述べた通り、現代っ子はみんな魔法を使えて当然なんだ。それは身体機能の一部であり、あるがゆえに当たり前すぎて自覚せず、特別貴重なものとも感じない。わざわざ教えるものでもない。だから普通の学校だと、それを悪用しないよう道徳や倫理の時間を設ける程度だ。体育以上に向き不向きがあって格差が生じるから、一般校で魔法を教える時間はとらない。知らなくても生きていけるし、知る必要がないくらいに当たり前だから」


 ただ、『魔法』とファンタジックに彩るから、様々な感情が生まれるのだ。


「それに魅力を感じ、伸ばしたいと思えばこういう学校に来る。しかしそのファンタジックな『魔法』というのはスポーツなんかと同じ、身体機能の延長、その行使。ちょっとした玩具、ゲームあるいは特技みたいなものだ。宴会芸には使えるが、それを学ぶために学校に通おうと思うか否か、価値観の違いだよ」


 ダンジョンとかその最たるものだからね、とあまねは言う。


 要するに、『魔法』とはしょせん遊びの延長でしかない、と。


「なんていうか、けっこうずばっと言いますね……」


「別に、この学園の人間を否定してる訳じゃないよ。一つの考え方だね、世間ではそういう向きもあるという話。当然、それが全てじゃない。魔法を……『マナを扱う』ということの意味を、その価値をきちんと理解したうえで学ぼうとする人間もいるし、この学園はそのためにある。……ただまあ、現代の魔法学校とか言われてるけど、学校としてのレベルがそもそも高いからね。魔法はついでにたしなみますって言うものもいる」


 同じスマホを使う人間でも、電話だけ出来ればいいと思う人もいるし、ついでに調べ物などに利用する程度という人もいるだろう。それくらいの感覚で魔法に無関心であったり、日常のなかで軽く使うこともある。軽く使える程度には当たり前なのだ。


 たくさんのアプリがあって、その中でSNSを重視し、それを生活の中心に置く人もいれば、ゲームをするためのハードとして使う人もいる――


 魔法も……マナを扱うということも、つまりはそういうこと。


 数ある機能の一つで、一つの選択肢。


「キミがこれまで魔法とかかわりを持つ機会がなかったのは、キミ自身がかかわる必要性を感じなかったからだろうし、キミの生きる環境において魔法が大した意味を持たなかったというだけ。少なからずマナを扱えるものはいただろうけど、無自覚だったか、それを隠していたか、それを披露することに意味を見出せなかったんだろうね。いわば平凡かつ、平和だったという話。それはそれで良いものだよ」


 ボクには退屈だけどね、と彼女は付け足した。


 そして――

 なんにでも言えることだが、才能とは磨かなければ曇るし、質が落ちるものだ。かつて才能があったとしても、何もしなければ凡人に成り果てる――


「君に魔法が使えなくても、それは仕方ないという話さ」


「…………」


「おぉっと、だいぶ脱線してしまった。まあまあ腰掛けたまえよご客人」


 うながされ、真代ははたと自覚する。

 ずっと入り口に立たされていたことも、時間さえも忘れて、思わず聞き入ってしまっていた。

 ことわにも付き合わせていたことに今更ながら申し訳なさを覚える。


(ただ……)


 そうやって人の意識を集めることもまた、無自覚なマナの行使なのだろうか。

 人が当たり前に持ちえる、個性や人徳などと言われるものの正体。


 それをより意識的に、自覚的に扱うことが出来れば――たしかに、世界を支配しうる才能と呼べるのかもしれない。


 白咲学園などのこうした魔法学校に国が予算をつぎ込むのも、次世代を担う人材を育てるためだろうし、あるいはまた、害にならないよう管理、育成するためなのだろう――


(闇が深い……)


 あるいはもう世界はそうした魔法使いの手中にあるのかもしれないし、の存在はいまだ現れていないのかもしれない。


 その闇は、きっと覗き込めば吸い込まれる。そんな気がした。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る