06 浅く広く、そして強く
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まるで待ってましたとばかりに、
昨日はダンジョンの中だったためはっきりと顔を見たわけではないが、その声を聴いてすぐにピンときた。
「えっと……、なんと呼べばいいか。――
そこに現れた少女の名は、おそらく誘波
私服姿の真代と違って、校内だからか白を基調としたブレザー……学園の制服に身を包んでいる、黒髪ツインテールの女の子。まさにその髪型がよく似合うようなツンと澄ました表情をしていて、大きな瞳で真代を睨むように見つめている。
「そう、誘波明里よ。今日はあなたに話があってきたのよ」
聡里の妹――真代と同じか、あるいは年下であるにもかかわらず、なんとも挑戦的というか、強気で物怖じしない口調である。
「まあ見ればなんとなく分かるけど……」
さて、どうして彼女は自分の名前を知っているのか? それに、どうして真代がここを訪れると分かったのか。
「あなた、あれなんでしょ? 理事長が直々に呼び出したっていう、ダンジョン攻略の秘密兵器の一人。噂になってるわよ」
「……なるほど」
どうりで、先ほどの食堂ではあんなに注目されていた訳だ。
「この学園に来たばかりのあなたが真っ先に向かう場所といえば、まずここよね。大方、科学部でダンジョンについて説明してもらえとでもお姉ちゃんに言われたんでしょ?」
「まあ、間違ってはいないな」
聡里からは何も言われてないが、目的に関してはそれで当たっている。ダンジョンやモンスターについて、何かしら聞けないかとは思っていた。
「それで……俺に何か?」
これは、チャンスかもしれない。
あるいは宣戦布告でもしそうな態度だが、もしかすると、万が一にも〝その可能性〟があるかもしれないと気付いてしまった真代は、出来るだけ相手の機嫌を損ねないよう、相手の調子に合わせるよう気を付けながらたずねる。
「あなた、今フリーよね? だったら単刀直入にいうけど、あたしのとこにこない?」
「…………」
内心ではグッと拳を握る――願ってもない。風の噂によれば、現在ダンジョン攻略においてもっとも先を行っているという彼女のパーティーに入れるのは、まさに渡りに船である。
ただし、その喜びを顔には出さない。
こういう時、もう少し渋った方が良い条件を引き出せるというのがセオリー――どうやら彼女は真代のことを「秘密兵器」と思っているようだから、なおさらに。
(期待外れだったって見放されないためにも……こう、契約じゃないが、何かしら約束させときたい。そうでなくても、攻略の最先端にいるんだ。生徒会とかがいったい「何に」苦戦してるのか、その肝心の情報を聞き出せるかもしれない……)
その「何か」については聡里からも聞けるかもしれないが、彼女の真意が読めない以上、あまり深く頼りすぎるべきではないと思う。
「なんで、俺なんだ? 他にも……クロードとかハイネさんがいるだろ?」
「あの金髪とスーツの人は別よ。金髪は一人でもやれるだろうから、誘ってもきっとこないわ。スーツの人はほら……あの人って教師なんでしょ? 新任の」
「まあ、教師はちょっと誘いづらいっていうか、いろいろあれだもんな……」
「そうそう、あれなのよ」
学生同士だから通じ合えるものがある。
しかし――
(クロードの実力を把握してるってことは、昨日の……俺が気絶したあとに起きたことを知ってるって訳だ)
つまり、無様に倒されて保健室に運ばれた真代についても聞き及んでいるはずだろう。
それだけでもう、真代が戦力にならないという可能性にも考えが及んでいても不思議じゃないが――
(ワンチャン、ゾンビ化した俺がすげえ能力発揮してたんだとすれば……)
誘う理由にも納得がいくが、さすがにそれは自分でもないと思う。
「正直なところ、あたしはあなたにあまり期待してないわ」
「……お?」
それは、意外な言葉だったし、思いのほか、真代の心の奥深くに刺さる言葉だった。
別に期待されたいとは思っていなかったし、そんな能力もないと自覚していた。
だけど――自分自身がどこか、自分に何かを期待していたのだ、と。
ふと、気付かされたのだ。
「実際あなた、一番に殴られて気絶していたしね」
「……やっぱご存知でしたか……」
「でも」
と、明里は少し顔を背けて、
「あの生徒会長があなたを買ってるみたいだから、きっとあなたには何かあるんだわ」
「…………」
結局は、そこに行き着く訳だ。
そしてその先には、理事長の存在がある――
「だから、あたしはあなたを誘うの。正直あなたのどこにダンジョン攻略の鍵があるのか分からないし、こうして実際目の前にしても全然そんな気配感じないどころか、むしろ頼りなさそうな印象しか受けないけど。弱っちそうだけど」
「……いろいろ言ってくれるじゃねえかこの野郎……」
「だけどそれはイコール、〝未知数〟ってことよね」
「――――」
「あたしはそれに賭けてみることにしたわけ。その可能性に」
それはまた、ずいぶんと――ストレートに。
(これがカリスマってやつなんかな……)
心をつかまれたような気分だった。
正直、この少女が大人数の生徒を率いて、ダンジョン攻略の最先端を走っているらしいと聞いた時には、信じられなかった。
生徒会長の妹だからではないか。そう思っていた。
でも、たぶん、それは違う。
今は、そう強く感じている。
「正直に言えば、なんでもいいから他と違うことでもしなきゃ先に進めないって状況なのよ。これまでと違うことならなんでもいいの。たとえあなたが想像以上にクソ雑魚で、足手まといにしかならないおサルさんでも、うちの貴重な戦力に代わって新種の犠牲になるモルモットくらいは務まるでしょうし」
「……これはもうケンカ売ってんのかってレベルに
「でもね、生徒会なんかにいるよりはずっとマシよ。あんな
「噂かよ。だとしても正当な救出料じゃねえのそれ?」
「あの生徒会長はそうやって裏で私腹を肥やしてる悪代官なんだから! ついてったって絶対ロクな目に遭わないわよ! あたしんとこの方が絶対いいんだから!」
「というかそれもうただの悪口……」
しかし、まあ、なんというか……。
(微笑ましいって、こんな気持ちのことを言うんだろうか……)
真代も厄介な姉を持つ身として、明里にはなんだか共感を覚える。
というより、同情か。
(まあどちらかというと、聡里先輩は母さんと似たタイプなんだけど……)
いずれにしろ、苦手なことには変わりない。
ともあれ――
「はいはい、分かったから」
「何よその言いぐさは」
「考えてみるよ、きみの勧誘」
と、少し上からの返答をしておく。
「……そう。それなら明日、ダンジョン前に来なさい。時間は――」
■
「はー……」
と、感心しているような呆れているような、なんともいえないため息をついたのは、それまで真代の影に隠れるように気配を殺していた、待月ことわだった。
気圧され疲れたような顔をしていた彼女は真代の視線に気付くと、ハッとしたように顔を赤らめうつむいた。
「まあ、なんていうか……」
言うだけ言って去っていった明里の背中を見送りながら、真代もだいたいことわと同じ心境だったので、しばらく頭の中が真っ白で、何も考えられなかった。
(勢いがあるっていうか――引っ張っていくタイプの子なんだろうな……)
いろいろ言われたが、あまり悪い気はしない――言いたいことはいろいろあるが、嫌いにはなれないタイプだ。
「とりあえず、渡りに船ってやつだ。なんでもいいからパーティーに入れるってのは心強い……けど――」
一点、気にかかることがある。
今のやりとりで受けた印象だと、彼女は毎日でもダンジョンに強行軍を仕掛けそうなイメージなのだが――「今すぐ」ではなく、「明日」なのはなぜだろう。
何か知っていそうなことわの方を窺ってみると、彼女はふと気が付いたというように、
「えっと、ダンジョンって、長時間いると疲れてしまうんです……」
「お、おう……」
それはなんとなく分かるのだが、聞きたいことはそうではなく。
「というのも、あの場所自体が一つの生き物みたいに、中にいる人のマナを吸い上げるんです。気力とか精神力が奪われる、という感じでしょうか。それで、〝疲れる〟んです。動けば動くほど、奥に進めば進むほど。そもそもが引きこもるための場所なので……」
中に入れないよう、居続けられないようにしているという訳か。
「戦闘で激しく動けばそれだけ消耗しますし、魔法をつかうにもマナを消費しますから……。連日の潜入は難しいんだと思います」
「そうだよな、やっぱあんなこと出来るんだしデメリットはあるよな……」
マナという概念についてまたいまいち分からなくなってきたが、ゲームでいうMPのようなものと捉えると呑み込みやすい。
「それに、昨日はいろいろ被害も甚大だったようなので……。明里さんのパーティーも壊滅的なダメージを受けたんでは、と……。さすがに一回の潜入に全戦力で向かったとは思えないので、全滅というほどじゃないとは思いますけど。でも、だから藁にもすがりたいというか――」
「それ、俺も気になってたんだよな……。だから囮でもなんでもいいから、使えそうな俺を誘ったんじゃないかと……」
「あ、いえっ、わたしは別に、その……そんなつもりでは……」
「いいよいいよ、自覚あるし。それより問題は、どれだけダメージを負ったかだけど」
それは明日、実際に合流して様子を見るとして、だ。
「とりあえず今日は、科学部いってみよう」
そうして廊下の先、理科室を訪れた真代を待っていたのは――
「ようこそ期待の新星エニグマくん、ダンジョン解析の専門家、科学部へ……!」
「ひとの名前イジるの、流行ってんの……?」
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