05 浅く広く、そして




                   ■




 ことわの案内のもと、真代ましろは本校舎から繋がる特別棟――理科室などがある校舎を訪れた。

 科学部の部室自体は部室棟と呼ばれる場所にあるそうだが、最近の活動はもっぱら理科室で行われているようだ。


(まあ科学部だし……。むしろ部室ですることあるのかって感じだ……)


 ちなみに、ダンジョンのある空き教室もこの特別棟の端の方にあるようだ。


(校舎って一つじゃないんだ……。すげえ広いのな、この学校。二学期はじまって、クロードが迷わなければいいけど)


 学校が既にダンジョンっぽいと感じるのは真代の感覚が庶民すぎるのか。

 ともあれ、とてもじゃないが一人ではたどり着くだけで時間を喰ったかもしれない。


「ほんと……待月まつきさんいてくれて助かったよ」

「え? あ、はい、どうも……?」

「…………」


 ことわの反応はいまだどこかぎこちない感じで、打ち解けていない印象がある。

 どこか壁を感じるというか、距離があるように思う――


(まあ昨日の今日だし、これが普通だよ……)


 昨日なんてずっと緊張した様子で真代のあとをついて回っていて、こちらの方が気をつかい気疲れしてしまったくらいだから、今日はだいぶマシになった方だと思う。


 むしろ、初対面にもかかわらずいきなり好意的な方が逆に信用できない。それも、これといった理由もなく、必要以上にスキンシップをとってくるような――


 ――この人はね、あなたのお兄ちゃんになる人よ。


(あの人、ほんと何なんだろ……)


 考えが読めない。

 何か、下心があって――たとえば、今回のダンジョン攻略に関しての期待があるからなのか。

 だとしたら、何を――


(ヤメだヤメ……、これ考え出したら延々ループする……)


 ただ、一つ指針というか、「こうすればいいのではないか」という案は見えてきた。


(なんに期待されてるかは知らないけど――普段通りの俺でいるべきだ)


 ありのままの自分の中にこそ、期待されている何かがあるのではないか。


(楽天的かな、それとも自意識過剰か? でも現に俺んところにスカウト? がきた。それには何か理由があるはずで……)


 自分が気付かないその〝理由〟……しかし相手が目を付けた理由がそこには必ずある。

 なら、普段通り振る舞っていれば、おのずとその期待に応えられるのではないか。自分自身、自覚のないままに、何かしらの成果を出せるのではないか――


(ただまあ、それを逆に意識しすぎちゃうと、じゃあ「ありのままの自分」ってなんだって話になるんだけど――)


 思ったのだ。


 ダンジョンに入るため、パーティーが必要だと意識した時。

 食堂に集まった、たくさんの生徒たちを見た時。

 そして、攻略に繋がるヒントを求めて校内をうろついている今――


 縁科えにしな真代はむかしから、自分は人付き合いが得意な方だと自負している。

 さすがに誰とでも仲良くなれるとは言わないが、特別嫌われることもない。

 たとえるなら誰かにとっての「友人A」……一番という意味のAではなく、「友達」と言えばと思いつく、その他大勢のうちの一人――

 目立ちはしないが、場の空気に溶け込めて、グループの輪も和も乱さず、いてもいなくても成立する存在――


 そうやって、浅く広く、誰とでも付き合ってきたのだ。

 自分から積極的に、というより、関わる必要があったからそうしてきたという感じ。

 クラスや委員会だったり、バイトの同僚や上司といった人々を相手に、話しかけられたら応えるし、聞かなければいけないことがあれば声をかけることもある。

 遊びに誘われたらついていくが、バイトがあれば断るし、自分から誘うことはない。

 流れに身を任せて人とかかわっても、必要以上のことは決してしない。

 だからそうやって自然と浅く、そして、「友達の友達」や「同僚の友達」なんかと知り合ううちに広く――


 特に理由やポリシーがあってそうしているのではなく、本当にただなんとなく、これが世渡りというやつなんだなと思いながら、縁科真代はこれまでを過ごしてきた。


(前向きに考えるなら、これも立派な才能になるのかな)


 実際、そうやってつくりだされた人脈から、真代はいろんな人の、いろんな話を耳にしてきた。

 そのほとんどがどうでもいいようなことばかりで、情報通といえば聞こえはいいが、単に人より話を小耳に挟む機会があったというだけ。


 だけれど。


 だからこそ、〝情報〟の持つ価値には人一倍理解があるつもりだ。


(あの先生はこういう傾向の問題を出すだとか、あのお客さんにはあんまり近づかない方がいいだとか……)


 実生活に活かせる情報も、少なからず手に入れてきた。

 それもこの新天地では無意味だが――


(ないならつくればいいし、手に入れていけばいい)


 そのため、手始めにまず科学部を――


 と。



「あなたよね、エニシダマシュマロって」



「……エニシダはまだ分かるけど、なんというかそれもう悪口だよね?」



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る