20 特異対非特異
■
「
ゴブリン程度なら彼らでもなんとかなるかもしれない。仮に倒せても奥に進むことになるが、別の
「は? いやっ、任せたってそっちは!? エニセンそいつ倒せるの!?」
「分からんけど! でも――」
相手がバケモノなら――
(こいつが使える)
懐中電灯を左手に持ち替え、右手には科学部で手に入れた秘密兵器――どこからどう見ても水鉄砲にしか見えないが、殺人の凶器にもなり得る、通称『サーティー』。
(倒せるかどうかはともかく、こいつをぶちかましてやる……!)
とはいえ媒体は水鉄砲であるため、弾丸代わりの〝薬品〟の量には制限がある。数の多いゴブリンにちまちま撃つよりも、より巨大な標的を狙う方が効率が良いという判断だ。
(あの二人の実力は知らんけど……俺よりはマシなはず。背中は任せた……!)
口にするには恥ずかしい台詞を心の中で呟いて――
全てを同時にこなせるだけの能力はないと分かっているから、
「とにかく――これでも喰らえこの野郎……っ!」
サーティーの引き金を引く。
ぷしゅっ……!
…………、
………………、
……………………、
……じゅわ……。
「――しょぼぉっ!?」
効果はあった。
銃口から真っ直ぐに飛び出した液体が巨大クマの表面……腹部にあたる膨れた部分に触れると、微かな音を立ててその一部分が溶解したのだ。
効果は、あったのだ。
しかし。
(
液体がぎりぎり射程に入ったからいいものの、もっと威力を出すにはより近づかなければならない。
それでもあの巨体に対しては焼け石に水かもしれないが――、一撃もらえばそれで倒れるかもしれない恐怖を押し殺して――
「――――、」
ほんの少しだけ、巨大クマににじり寄る――
びゅん、と。
一瞬、視界がブレたような気がした。
「ぐぁっ……!?」
叩きつけられる。
(な、にが……!?)
息が詰まった。
気付いたら壁に背中を預ける格好で……ずり落ち、地面に座り込んでいた。
(吹っ飛ばされ――殴られた?)
頭がずきずきと痛みだす。
何が起きたのかすぐには理解できなかったが、恐らく川内がやられたように真代もまた殴られたのだ。川内と違って〝
状況は把握できるも、しかし呑み込めない。
(変形……
幸い懐中電灯は巨大クマの方を向いている。ヤツは動いていない。三メートル近い巨体は変わらず通路の前に佇んでいる。
問題は、その腕……この巨体からすると小さく感じられる、太く長い腕。指や爪といったものはなく、ただ〝腕の形をしたもの〟が胴体に取り付けられているかのようにしか見えない……あるいはぶらさがっているだけの付属品にしか見えないものだ。
(さっきは腕を振り抜いたように見えた……でも違う。鞭っていうか……)
うまく言葉に出来ないが、イメージは出来る。
(水風船――やっぱりこのイメージで合ってたみたいだ)
腕自体が動いたのではない。その中身……中の水が動いたから、押し出されるように外側に当たる風船が変形した。
だから腕が、ブレたのだ。
(分かったぞ、こいつの速さの――〝動きの仕組み〟……いや分かっても速すぎて対応しきれねえんだけど! あいつなんで防御できたんだ? やっぱりこれもマナ感知ってやつか?)
腕をあげたり振り抜くような予備動作もなく、攻撃は一瞬だ。動いたと感じた時には殴られていると言ってもいい。こんな攻撃を防御するなんて、事前に予測できなければ無理だろう。
(俺には無理だ――けど)
不思議だ。
川内の言葉……その身体を張った推測を疑う訳ではないものの、
(全然ダメージが……いやまあ吹っ飛ばされて背中とか痛いけど――)
ついでに言うなら昨日受けた頭の傷も痛みだしたが、殴られたことそれ自体に痛みはほとんどなく、また、想像していたほどマナを削られた感じがしないのだ。殴られた川内がその衝撃とは別の要因でよろめいていたにもかかわらず、である。
(もしや……俺の才能では?)
一瞬浮かれるも、素直に喜べるような状況じゃない。
(わんちゃん俺がすごかったとしても、だ。大した痛みはなくてもこの〝衝撃〟はじゅうぶん凶悪だ。当たっても一発KOじゃないっていう〝余裕〟は出来たけど――俺、一応けが人だからな!)
さすがに喰らい続けると本気で死にかねないからそれほど大した余裕はないが、必要以上の緊張で肩に力が入るのは避けられる。
より柔軟に、臨機応変に立ち回れる……はずだ。
「ただ、けが人だからな。ここは人の手を借りよう。――おいクマ公ちょっとこっち来い!」
「くまは人じゃないから手は貸せないくま!」
「そんな余裕あるんならツラ貸せやコラ!」
「こいつどんどん口悪くなってるくま!?」
後ろはどうやら例の聖者――直接触れることで
ならば一か八か――
「行け! クマ公、突撃だ!」
「ぐまっ!?」
大人しくこちらに来た熊者の背中を蹴り飛ばす。
前のめりに巨大クマへと突っ込んだ熊者に続き、真代も前に出た。
「くまぁっ!?」
……案の定、巨大クマの〝攻撃〟に横で熊者が吹っ飛ばされる。
その隙に、真代は巨大クマに肉薄した。
(連続はこないと信じて……!)
中の液体が流動するように動き〝攻撃〟を行っているなら、すぐさま連続に、そして複数ヶ所を同時には動かせない――
踏み込み、サーティーの銃口をクマの膨れた腹部に押し込んだ。
「っ……!?」
ゼロ距離なら、と勢い余ったのがいけなかったのか。
押し込むと深く食い込み、想像以上に〝中〟へと入り込んでしまい――真代の姿勢が崩れた。
そして、押し返される。
(バウンドした……!?)
これも――あるいは、想定できたことだった。
しかし、想像以上に柔らかく、厚みのある外皮……ボールのような弾力を以て弾き返される。
腕の攻撃はこなかったが、それと同じくらいの衝撃で尻餅をついた。
誤って引き金を引いていたのか巨大クマの表面からかすかに煙が上がっていたものの、まだ〝目的〟には届かないか。
(くそ……なんかふらっとするし気持ち悪くなってきた――やっぱ削られてんのか? でもまだ動ける……!)
身体に擦り傷が増えてひりひり痛むが、それらを堪えて立ち上がる。
「クマ公……まだやれるな!?」
「もう嫌くま……帰りたいくま……」
「帰るんだよ……!」
川内のようにやはり寸前でガードしていたのか、それとも着ぐるみのお陰か、熊者にはまだ弱音を吐けるだけの余裕がある。
頭の中で〝次〟を考える。
案はある。しかし〝決定打〟が足りない――
「たしかお前の爪……〝岩をも砕く〟んだよな……?」
「こ、この爪は飾りくまよ……?」
「ビン……割れるか? ガラス製の」
「くまをなんだと思ってるくま!?」
「頼りにしてるからな!」
「話! 話がかみ合ってない……、くま!」
物事には時に〝勢い〟が大事だ。
他人を巻き込み突き動かすような、そうした〝流れ〟を作り出す勢いが。
打ち破れない壁があるのなら、それを突破するために、その決定打を得るために、そんな勢いを生み出し、乗せる必要がある――
「……今度は俺が〝囮〟になる」
「今度!? もしかしてくまさっき囮にされたくま!?」
「いいか? よく聞け――」
真代は巨大クマを警戒しつつ、足元に懐中電灯を置き、そうしながら熊者に素早く用件を伝える。
「拳は守れよ? まあその着ぐるみでなんとか防げるかもしれねえけど――お前にかかってんだ、みんなの命が!」
「重いくま! でも――」
「行くぞ!」
「ちょっ、まっ、くま……! 心の準備が!」
言うだけ言って、真代は巨大クマへ向かって駆け出した。
我ながら強引に過ぎてどうかとも思うが、大事なのは「そうする必要がある」ということ、そして「迷っている暇を与えない」ことだ。
強引なくらいがちょうどいい。
迷い、悩み、ここまできたから、何より自分がそれをよくわかっている。
自分のことだからだ。
(大丈夫、お前ならできる――それだけの条件は満たしてる……はず!)
視界の端で熊者が動くのを確認し、真代は巨大クマへと飛び掛かった。
同時に、サーティーを放り投げ、防御態勢をとる。
「くまぁー……っっっ」
ヤケになったような声が上がる。
ガードした前腕部に衝撃が来た。
「……!」
吹っ飛ばされながら、真代は見た。
放り投げたサーティーが巨大クマの目前に落ちる瞬間、熊者の〝岩をも砕く〟拳が炸裂した。
サーティーが――薬品の詰まったビンが砕け散る。
そして、液体が巨大クマの腹部に飛び散る中、勢い余った熊者の拳が――溶けた
(届いた……!)
その瞬間、真代の目には巨大クマの身体が内側から弾けたように見えた。
それはまるで、破れた水風船から中身が飛び散るように――特異種の巨体が、光の中で消失した。
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