18 トクイヒトクイ2




                   ■




 まるで目の前に何かわだかまっているかのような、濃密な闇のなか――視界の端で、今にも消えそうに瞬く小さな灯が見えた。


 それはさながら、真代ましろたち一行の命運を暗示しているようだった……。


「今こそエニグマ先輩の真の力を発揮する時ですよ! ほら早く!」


「あぁ、今こそ……」


「むしろお前らなんかして!?」


 ――現実に引き戻される。


 真代には隠された力もなければ、こんな状況をなんとか出来るような機転も経験もない。口ゲンカならまだしも、暴力を伴う喧嘩だってしたことがない。


 声からしてクマの正体は女の子だと分かるものの、かといって腕力で勝てるとは限らない――ここは〝魔法使い〟の学園であり、現に真代は追いつめられている。


(そ、そうだ……――いやまあ、想像してた事態じゃ全然ないけど――)


 クマと……人とやりあう可能性なんて微塵も考えていなかったが、モンスターに対する備えはある。


(備えが……、あれ? あれ!?)


 ジャージのポケットに突っ込んでいた〝それ〟がなく、一瞬ヒヤッとするも――闇のなか手探りすれば足元に落ちていたそれに指が触れる。


 しかし。


(さ、さすがに……着ぐるみとはいえ、これ使っちゃマズいよな……どれくらい強力か分からんし……)


 我に返った。

 科学部から借り受けたこの〝秘密兵器〟を使うのは、さすがに危険だ。


 一瞬でもイケると思った自分が馬鹿みたいに思える。目先の思いつきに考えなしに飛びついてしまうほど、精神的に追い込まれているのかもしれない。


(こういう時……)


 あまねからもらった首飾り……ジャージの内側にある小瓶に触れてみる。

 ひんやりしていて気持ち良い。


(なんも起こらねえ……)


 ただ……今度こそ、冷静にはなれた。


(……別に、殺される訳じゃないんだ、焦る必要はない……――痛い目は見そうだが!)


 ともあれ、生死をかけるほど切羽詰る必要はないのだ。

 それを改めて認識することで、多少は余裕をもって〝打開策〟を考えることが出来る。


(だけど……)


 抵抗しようにも敵の正確な数、その位置は分からない。一方的にボコボコにされるのが目に見えている。かといって逃げようにも視界は悪く、そもそも逃げ道がどこかも判然としない。

 あるいは自分ひとりならなんとかなるかもしれないが、それはさすがに躊躇われ――


「エニセン!」


「略すな! いやもう、今度はなんだよ!」


「モンスター来とるがな! 最悪!」


「……あぁ、タイミングが悪い……」


 確かにタイミングは悪いが、これは偶然じゃない。


(クマども、マジでモンスター呼べるのか……! というか、呼んだのか!? そんなことしたら、魚肉ソーセージ持ってるあいつらこそヤバいんじゃないのか……!?)


 あるいは、モンスターをやり過ごす手段でもあるのか――いずれにしろ、こちらの不利には変わりない。


美緒川みおかわ……仕方ない、外に連絡だ」


 どこか落胆を感じさせる、川内せんだいの声――


(くそ……)


 唇を噛む。

 しかしこれで――時間はかかるだろうが連絡を受けた後遠ごとおが動いてくれる、助かる――そう思う自分の不甲斐なさが――


「やろうとしてるんだけどねぇ……!」


「……どうした?」


「なんか……!」


 その時だ。


 どこからか――


「くまくまくまくま~」

「くまくまくまくま~」

「くまくまくまくま~」


 四方八方、暗闇の中から気持ち悪いくらいハモった輪唱が響いてくる。


(声が、反響して……!? 見えないのもあってヤツの居場所が……!)


 平衡感覚すら乱されるような怪音波だ。

 まるで前後左右、すぐ隣にクマがいてもおかしくないような錯覚にとらわれる。


「これぞ必殺、着ぐる民式結界術〝ゲシュタルト崩界ほうかい〟……!」


「無駄にカッコいい名前しやがって……!」


 なんのつもりだか知らないが――


(もしかして、ジャミングか? 美緒川が連絡するのを邪魔してるのか……!?)


 これでは八方塞がりだ。

 怪音波のせいで今や美緒川や川内の位置すら怪しく、クマがどこにいるのかよけいに分からなくなった。その上、モンスターまでくるという――


(全滅か……? 次に目が覚めたら保健室のベッドの上ってか……?)


 もしかしたらクマと遭遇した記憶を失っているかもしれないが――きっと、全滅したという悔しさと、失敗の記憶トラウマが残る。

 そして――


(今度こそ笑いもんだぞ、俺……!)


 訳の分からない理由で周囲に勝手に期待され、勝手に失望される――それだけなら、まだ自分をごまかせる。

 期待されたい訳ではなかった。そんな能力に自覚などない。だから幻滅されても、落胆されても構わない。


 だけど――これ以上、自分に失望したくない。



「ナメてんじゃねえぞクマ公!」



「くまっ!?」


 その雄叫びは、自分を活気づけるための見栄だ。

 しかしそれが契機となって、身体に電流が走ったように、閃きが訪れた。


(モンスターは、――)


 その説を信じるならば、せめて――


「美緒川! モンスターはどこから来る!?」


「えっ? お、奥……!」


「位置は分かるな……!?」


 たずねながら、真代は端末の画面上に見たこの辺りの地図を脳裏に描く。


(あの広間から伸びる二つの通路……それが途中で交わってる場所がここだ。この先はまた二つに分岐してる――モンスターはどっから来る? どっちにしろ奥だ。今は先に進むより――)


 撤退を優先するなら、その逆方向に逃げればいい。

 ただし、クマもそれをみすみす見逃しはしないだろう。

 それにこの暗闇のなか、真代にはどこが奥でどこがその逆なのか、それすら分からないのだ。


 それでも――


「モンスターが来ない方だ! お前らはそこから逃げろ!」


「えっ!? あっ、いやでも……!?」


 真代には見えなくても、彼らならまだなんとか逃げ出せるかもしれない。

 だから、ここは見栄を張る。


「ここは俺がなんとかする!」


「くっくっく、クマたちがそれを見逃すとでも?」


「うるせえクマ野郎! お前らの相手はこの俺だちくしょー!」


 美緒川たちが逃げ出そうとすれば、クマたちがそこに群がるだろう。

 そうすれば足音が集中し、真代にも位置の特定くらい出来るはずだ――


 それに――


(美緒川たちの方に気が向いているあいだに……)


 真代は視界の端で瞬く、懐中電灯へと飛びついた。


(点け点け点け点け……!)


 手探りでスイッチを押したり叩いたり、電球のある頭部をひねったりして――


「モンスター来てるけど……!」


「行くぞ! 前のクマはおれが押さえるから、美緒川お前だけでも早く……! そして連絡を――、」


「違うのそうじゃなくて! !」


 ――と、


「点いた!」


 懐中電灯が光を取り戻す。

 視界が一瞬、真っ白に染まった。


(なん、だ……?)


 周囲が、静まり返っている。


「く、くま……?」


 視界が戻ると、真代の眼には美緒川と川内の後ろ姿が見えた。


(あ、あれ……? ……?)


 呆然と立ち尽くす二人の向こう側に、何かある。

 それはまるで、巨大な――


「くまぁ――っ!?」


 悲鳴が上がった。

 黄色のクマが吹っ飛んだ。


「ふ、ふうさーん……!?」


 今のは……退路を塞いでいたクマか。声を上げたのは熊者だ。


(何が、起きてる……? あれはなんだ……?)


 モンスター……なのか?

 しかし科学部の二人は〝モンスターが来るのとは逆方向〟に向かっていたはずだ。

 その前方に現われるということは――入り口側からやってきたのか?


 あの――



「こいつ、もしかして〝特異種イレギュラー〟なの……?」



 巨大な、クマは。



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