02 キミの夢を聞かせて




                   ■




 ――ハッ、と。


「……あ……」


 目が、覚めた。

 知っているような、見慣れない天井がそこにはあって。


 そして――


「えー……っと……?」


 メイドの恰好をした女の子が、自分を見つめて固まっていた。


「夢……か?」


 何か、おかしな夢を見ていた気がする。

 どこから現実で、どこまでが夢だったのだろう。

 ……分からない。

 ただ、この子のことは知っている――


「えーっと……えーっと……」


「ことわ、です……。待月まつき、ことわ……」


「あっ、あぁ! そうそう! 待月さん! うん待月さん。知ってる。うん。」


「…………」


 ジトっとした目に見つめられ、縁科えにしな真代ましろはいたたまれなくなって顔をそむけた。

 カーテンの隙間から差し込む日射し――ベッドから下り、思い切ってカーテンを開く。窓を開けて換気する。そんな素振りで空気をごまかす。


「……あれ?」


 ベランダと、その向こうから望める街の景色――見知った地元のそれとそう変わらないものの、そこらの地方都市と比べると明らかに建物が少なく、自然の多い――


 そうだ。ここは白咲しらさき学園と、それを中心とした学園都市。

 そしてこの部屋は、真代の部屋として与えられた、学生寮の一室。


「……えーっと、待月さん?」


「はい……?」


 振り返ると、さっきと変わらずベッド横に佇む少女の姿がある。


 白と黒を基調とした、真代のボキャブラリーでは「メイド服」としか表現できない質素な衣装に身を包んだ、真代の胸のあたりまでの高さしかない小柄な女の子。

 おかっぱっぽい黒髪のボブカットで、着物をきていたら座敷童に見えなくもないくらい少々影の薄い印象を受ける、不思議な存在感を持った人物だ。


 真代がこの街にきて、初めて会話を交わした現地住民でもある。

 あの時も今とまったく変わらない格好をしていて、ファーストコンタクトの相手が彼女だったものだから、きっとこの街の住人はみんなコスプレっぽい衣装に身を包んでいるのだろう魔法学校だけに、とかなんとか思っていたことを憶えている。


 つい、昨日のことだ。


「なぜ、俺の部屋に……?」


「え? あ、えっと……起こしに、きました……」


 消え入りそうな声で答える彼女の白い頬が、こころなしか桜色に染まっていく。


「あ、そう、そうなんだ……へえ……」


 どうやって入ってきたのだろう。カギをかけ忘れたか。


(いやそうじゃなくて)


 真代はそれとなく自分の頬をつねってみる。

 普通に痛いが、痛さすらも夢のなかでつくり出された幻かもしれない。


(朝から可愛い女の子、それもメイドさんに起こされるってどういうシチュエーションだよそれ……)


 思えば彼女は昨日から、何かと真代の世話を焼いてくれた。


(というか、聡里さとり先輩からそういう指示を受けてるんだろうけど……)


 それにしてもなぜ、「メイド服」なのだろう。


(先輩の趣味か……?)


 ともあれ。


「いやでも別に、わざわざ起こしてくれなくても良かったんだけどさ……、一応、その、ありがとう……」


「あ、はい。でも、その……。もうお昼なので」


「昼……?」


「あと、お昼の時間、終わっちゃうので……」


「そうかここは寮だった……!」


 ランチタイムも時間制だ。

 別に寮食に拘らなければどうにでもなるが、起きて早々、外に買いに行くのも手間だ。

 それに何より、ここのご飯は美味しい。


「ごめんごめん、すぐ行くから……」


「はい……」


「…………」


「……?」


「あの……着替えたいんで、出ていっていただけます?」


「す、すみません……!」




                   ■




「やあマシロ! おはようかな? こんにちはかな? 今朝は見なかったけどまさかお寝坊さんかな?」


「朝から……、いやもう昼か。テンション高いね、クロードくんは……」


 着替えてから、廊下で待っていたことわと共に学生寮とは別に併設されている食堂に入る。

 思いのほか人がいて、そのざわざわとした喧噪に一瞬気圧され立ち尽くす真代に、真っ先に声をかけてきたのが彼、クロード・プリンシパルだった。


 今日も金髪が輝かしい、日本語達者な外国人。この街にきて、真代が初めて言葉を交わした相手だ。

 昨日も今と同じように、電車を降りて駅の前で立ちすくんでいた真代を見つけ、近づいてきたのだ。

 あからさまな外国人の接近に真代は当初ガチガチに固まっていたのだが、相手と普通に口がきけると分かると、ホッと一安心。そして彼が迷子だと知って、再び不安に駆られたのも今ではいい思い出。


『俺も来たばかりでどうすればいいか困ってたとこなんだけど……。ていうか、一緒の電車じゃなかったよな? 俺より前ので来た……?』

『おや……、そうなのかい?』

『一時間近くさまよってたのか……』


 それから真代は、ぬいぐるみを抱えた金髪美少年と連れ立って――旅は道連れと言うが危うく、彼の方向音痴に巻き込まれあらぬところに迷い込むところだった。

 そこに現れたのが、先の待月ことわである。

 彼女の案内のもと、学生寮に向かい、それから生徒会室を訪れて――思い返すほど、濃厚な一日だったと実感する。


「今朝は和食だったんだけど、昼は洋食みたいだね」


「え? あ、そう……。やっぱりクロードさんは和食とかお好きで?」


「好きというか興味深いね。何もかも初めて味わう味覚で飽きないね! この洋食も、日本風のアレンジがされてるようだからとても楽しみだよ。ほら、マシロも早く受け取ってきなよ!」


 朝から――すでに昼だが、元気なクロードが羨ましい。


(今日はあのぬいぐるみ持ってないんだな……


 真代はとてもじゃないがそんなテンションでいられないというか――なんだろう、先ほどからどうにも落ち着かない。


(というか……なんか、みんなこっち見てる気がする……。寝ぐせか?)


 それとなく髪を整えながら、真代は食堂のカウンターに向かい、昼食を受け取る。

 それから、クロードが一人で陣取っているテーブル席に座る。


「あれ? 待月さんお昼は?」


「あ、わたしは大丈夫です……」


「?」


 もう済ませた、ではなく?


(まあいいか。それより……)


 人目を感じながら昼食をいただく、この落ち着かなさよ。

 壁にするためクロードの隣に座ってみたが、こんなに感じるかというくらい「視線」というものが背中を刺してる感じがする。


「マシロ、気のせいかと思ったけど、どうにもさっきから顔色が悪いね? ハシの進みもスロウだ。ベッドが合わなかったのかな?」


「変なとこで英語になるんだな……。いや、たぶんよく眠れたよ、ついさっき起きるくらいにはぐっすり。ただ……」


 なんだろう、詳しい内容までは覚えていないが――


「変な夢、見た気がして」

「悪夢かい? 僕は見なかったなぁ、ぐっすり眠っていたよ。昨日は久々に疲れたからね」

「あぁ、その節は……ご迷惑を……」

「いいってことだよ、困った時はお互い様というらしいじゃないか。それに昨日は僕も君に助けられからね!」


 助けたというよりは助けられたというべきだが――と、真代の視線は向かいの席に座る待月ことわへと泳ぐ。


(……ん?)


 すると、彼女が何やらもの言いたげにこちらの方に視線を向けていることに気付く。

 真代は昼食の載ったトレイを彼女の方に差し向けた。


「……食べる……?」

「いえ、そうじゃなく……、その、夢の話です」


 夢? と首をかしげる真代に、彼女は小さくうなずいて、


「聞いた話ですけど……なんでも、はじめてこの街に来た人は……特にこれまで魔法とかかわりのなかった人は、みんな決まって、不思議な夢を見るそう……です」


「それって、どういう……」


「この街は、魔法使いが多いので……他所と比べると、マナの濃度が高いんです。その影響なんじゃないかと言われてます」


「マナっていうのは人口密集地ほど濃いんだけどね。知ってるかい? マナは人と人との間に生まれるものなんだ。だけどこの街の場合、その存在を〝自覚〟してる人間が多いから、他よりも純度が高いんだと思うよ」


「そういうもんなんだ……」


 さすが魔法使いだけあって、クロードもその辺の事情には詳しいようだ。


「その夢は、その人の無意識を映すそうです。無意識では気付いてるけど、まだはっきりと自覚してはいないものを――忘れている何かを、思い出させるために」


「…………」


 自分は何か、忘れているのだろうか。

 何か、大事なことを――それが、今ここに自分がいる理由につながるのだろうか。


 真っ直ぐに自分を見つめることわの瞳が、その真剣な表情が、とても印象に残った。



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