第2章 突入前夜
01 現代の魔法学校へ
一人で電車に乗るというのは、もしかすると初めてかもしれない。
思えば遠出するとき、誰かがいつも一緒だった。
そもそも、そうでなければわざわざ電車になんて乗らない。
全てはこの小さな街のなかで事足りていて、完結していたのだから。
行く先は遥か彼方、最果ての地。
――
「…………」
駅の改札前できょろきょろと周囲を窺ってみるが――この日に発つことは家族以外誰も知らないのだ。当然、見送りに来るものなどいない。
「……はあ」
何かを期待していた訳じゃない。
なんでもない。ただの、気の迷いだ。
わずかばかりの荷物を背負って、歩き出す。
改札を抜け、程なくして電車がやってきた。
何事もなく、乗り込んだ。
夏休みだというのにその日はほとんど人がおらず、「地方だなぁ」と漠然と思う。
人のいない車内をうろうろするのは落ち着かず、窓際の席に座ってようやく一息。
スマートフォンを取り出した。
電車が走り出す。
「…………」
登録された、いろんな名前を見下ろした。
視界の端で景色が流れる。
「俺にもほら、これくらいの人脈っていうか、この街での〝つながり〟はあるんだぜ」
生まれ育った街だった。
それなりに友達もいたし、バイトだっていくつか掛け持ちしていた。
「こっちにも事情っていうか、人生があるんだよ。それなのにさ、勝手に決めて――」
浅く広い付き合いだった。
――電話やメールでいつでも繋がる程度の。
代わりのある立ち位置だった。
――多少の支障はあっても困らない程度の。
そのどれもが、真代を繋ぎ留めてはくれなかった――
……そうだろうか?
「…………」
画面を切り替える。
これから向かう『白咲学園』について、調べてみる。
というより、これから自分が関わるであろう〝もの〟について。
――魔法――
世間は〝それ〟をそう呼んでいるが、正確には『感性間把握能力』とかいうらしい。
あるいは、〝
それの本質は、見えない〝つながり〟を感じ取り、コントロールすること――
「写真とか手紙から始まって、ネットやメール、SNS……遠くにいる誰かとのつながりを感じること。見えない誰かとのつながりが〝当たり前〟になった世代――」
そうやって他者とつながることが当たり前になり、慣れ親しみ、それが〝生まれた時からある環境に生まれた世代〟。
魔法使いとは、そうした世代の中から生まれた突然変異、あるいは〝時代によって促された進化のかたち〟である――
「ネットの電波とか電子機器の電磁波とか、そういうものを浴びた細胞がどうのこうの、まあ諸説あるわな」
はっきりと分かっていることはほとんどないに等しく、判明したと思われたものも新たな発見により覆され――その辺の歴史を漁ると、いろいろややこしい。
ともかく今の真代が知っておくべきことは、〝それ〟が物語にあるような「魔法」に近しいものであるということくらいか。
ただ、その「魔法」というのは、確かに
「
たとえば、誰かが隣にいて、その誰かが今「楽しそう」に感じること。
何も言わなくても、その顔を見ただけで「怒っている」のではないかと感じること。
そうした「感じる」……「伝わる」ための媒介となる物質が存在するのではないか、という仮説だ。
人が人に共感したり、同情したり――お互いの心の中の情報を、伝達する物質。
その言葉の由来は「
それは、目に見えない力、あるかどうか疑わしいが、確かに在ると感じる時もあるもの――
「感性間把握能力は、これを知覚し、コントロールする能力……」
人の気持ちを操る……というと、ちょっと違う。
そういうことが出来るものもいるかもしれないが、厳密にはその気持ちの〝動き〟……〝流れ〟のようなものを引き寄せたり、遠ざけたり出来るという程度らしい。
いわゆる「カリスマ」というものがいい例で、無条件に、特に何かという理由がある訳ではないが、その人に好感を覚える、その人には逆らえない――そういったものも、
そして、今の世代ではそれが拡大解釈されたというか、より意識的に、自覚的になったことで、もっと分かりやすく、極端に、それこそ「魔法」と呼ばれるかたちに発展したのだ。
「このマナを引き寄せて、集めて、固めて――かたちにする、か。火とか出したりするっていうより、火をつくりだす……イメージを物質化する、ね。とんでもねーな……」
こういう人間がまだ少数派だった数十年前は、いったいどんな感じだったのだろう。
今でこそそれが当たり前になっていて、むしろ全体で見れば真代のような〝一般人〟の方が少なくなりつつあるが――
「まあ、俺の知る限りでは平和だよな、今……」
ともあれ、そうした時代を経て、今があるのだ。
隔離・排斥するのではなく、集めて育て、その素質を開花させるための学園が存在する現代。
魔法学校というと古めかしいが、まさしくその表現がぴったり似合う、現代の魔法学校――
「白咲学園、か……」
そんな場所で、果たして魔法とは縁もゆかりもないような――少なくともこれまでそれを意識してこなかった自分が、やっていけるのだろうか。
あるいは何か、自分でも自覚してこなかった才能に目覚めることもありうるのか。
普通の〝転校〟とはやや異なった不安と期待を感じながら、縁科真代の旅は始まった。
■
――ここ、いいかしら……?
と、そう呼びかける知らない声で、真代は気が付いた。
電車に揺られ、いつの間にか眠っていたのだろうか。
目の前に、老人が座っている。
「どうも……」
なんとなく、頭を下げた。
席は他にも空いているのに、どうしてわざわざ自分の前に座るのだろう。
(まあ……)
周囲に人がいないからこそ、誰かの近くにいる方が落ち着けることもあるし、お互い認識してるのにあえて離れた席に座ることに気まずさを覚えたのかもしれない。
なんにせよ、特に困ることもない。
それに、まったく知らない赤の他人なのに、どこか懐かしい感じがした
「あれ……? でもこの電車、学園行きですけど――」
「孫がね、通っているの」
「へえ……」
真代は「おばあちゃん」というものをよく知らない。
父方の祖父母は両親が結婚する前に既に亡くなっていて、母方の祖母も、真代が幼いときに亡くなっている。その田舎や、葬式に行ったことがあると母や姉は言うが、真代の記憶にはほとんど残っていない。
「もしかして、会ったことある? ――っていうんだけどね――」
「え……? いや、知らないです……。俺、二学期から転入することになってて」
「じゃあ、もし会えたら仲良くしてあげてね」
「あ、はい……。そうだ、何年生ですか……?」
なんでもないことを話していると、少しだけ気分が晴れた。
一人だと憂鬱な考えが無限に頭を回るが、今だけはそれを忘れていられた。
しかし、それでも――どうにも上の空なのは、
(……いつもの冗談だよな?)
何度となく繰り返した自問。
忘れたい瞬間を思い返しては、相手の表情や態度、その言葉に真意を探る。
記憶の正確性はどんどん失われていくのに、自分の
――どうすればよかったのだろう。
どうすれば――
「……どうしたの?」
声をかけられ、目の前に意識を戻す。
ふと、その手首に巻かれた腕時計が目に入った。
「あれ……? それ――」
見覚えがあるような気がした。
「待って。俺、それ知ってる――」
よく見上げていた手に、それがあった。
確かそれは――もう、壊れてしまって――
止まっていた時間が、動き出す。
――……時間……、……です!
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