05 それはいまだ不可解で、理不尽な話




                   ■




 ――ずきずきと、頭が痛む。


「……俺……」


 視線の先に、知らない天井。


(なんで……)


 どうやらベッドの上に寝かされているようだった。

 全身が重くだるく、このまま目を閉じたらすぐに眠ってしまいそうな倦怠感――


「いつっ……」


 動こうとすると頭が痛み、手を伸ばしてみると包帯のようなものが巻かれていると分かる。

 視線を巡らせると、ベットの周りは白いカーテンのようなものに覆われ、ここがどこだか判然としない。

 病院だろうか――そう思っていると、そのカーテンがかすかに動いた。


「あら、気が付いた?」


 と――


「えっと……?」


 知っているような知らないような顔が覗く。


「覚えてない?」


「…………」


真代ましろくん、ダンジョンで気を失ったのよ」


 気を失っていた――なるほど、と納得する。

 自分の意思で眠りに就いた訳でないから、目が覚めても前後の記憶がはっきりしないのだろう。


「ごめんなさいね、安心してと言っておきながら、早速この体たらくで」


「いえ……」


「せめてヘルメットでも被せておけば良かったわ……」


 前にも、こういうことがあったような気がする――なんだろう、思い出せない。


「えっと、誘波いざなみ先輩……?」


聡里さとりでいいわよ?」


「いや、さすがに……、じゃあ、聡里先輩。あの、何があったんですか……? ここって……」


 誘波聡里が目の前にいる、ということは、ここは学校の……白咲しらさき学園の、保健室か何かなのだろう。ついさっきまで懐かしい景色の中にいたせいで、ここが現実だとすぐには呑み込めなかった。


「一言で説明するのは難しいんだけれど……。順を追って話すとね、私たちが入る前に、ダンジョンに別のパーティーが入っていたの。そして、そのパーティーが〝新種のモンスター〟と接触した」


 暗闇のなか、なんだかそんな言葉が飛び交っていたような気がする――確か……


(ゾンビ……)


 ばぁっ――と。


 突然目の前に現れた誰かの顔――思い出すと、背筋に冷たいものが走った。

 その直後、だったと思う。


「いったぁ……」


 身体を起こそうとすると、頭に痛みが走った。

 ……殴られたのだろう。金属バットか何かで。


「大丈夫? 寝てていいわよ?」


 と、聡里が近づき頭に触れると、ずきずきとした痛みが不思議と和らいだ。


「少しは楽になった? 傷を治せるような魔法は使えないけど、痛みくらいならなんとかなるわ」


 魔法――当たり前に言ってくれるが、真代にとっては未だに違和感ばかりが残るワードである。

 何をされたのか分からないし、「痛みが引いた」のは確かだが他に実感がないという戸惑いを抱えつつ、真代はなんとか身体を起こす。一応けが人とはいえ、さすがに今日初めて会った相手の前で寝たきりというのは自尊心が許さなかった。


「それでね、話を戻すけど。その〝新種〟は……なんと言えばいいかしら、人に寄生するタイプだったのよ。『寄生型』……分かりやすくたとえるなら、〝ゾンビ〟ね」


 そういえば、と思い出す。

 ゴブリンやオークとの戦闘後、移動しようとした時のことだ。


(なんか倒れてたな、誰か……。あれ放っといたのがマズかったんじゃ……)


 ゾンビと化した生徒たちはどうなったのだろう。


「ゾンビとは言っても、別に死んでる訳じゃないのよ? 意識のない身体を乗っ取られたという感じね。意識ないぶん、運動能力もタカが外れてて……初めての相手だったから対処にも困ったわ」


 明里がたくさん引き連れてきたのも迷惑だったわ、と苦々しくつぶやく。


「……それで、どうなったんですか……?」


 身体に残る、この倦怠感――もしや、自分も〝感染〟していたのではないか。

 そう考えると、なんだかぞっとする。


「どうにかなったわ。クロードくんとハイネさんが活躍してくれてね。さすが、理事長が呼んだだけはあるわね」


「う……」


 同じく、呼ばれた――理事長直々に「転校してほしい」と言われた(らしい)のに、この体たらくである。


「気を失った子たちを運ぶ方が大変……になるかと思ったんだけど、それもクロードくんがね。真代くんのことも運んでくれたわ」


 なんだかからかわれているような気もするが、それにしても。


「マジか……」


 クロードというのは、あの金髪美少年――クロード・プリンシパルのことだろう。

 どれだけの生徒がいたかは知れないが、あの細腕でダンジョンの入り口まで真代やほかの生徒を運んだというのか。にわかには信じられないが――


(たぶん、あいつも〝魔法使い〟なんだろうな……)


 それから、あの黒スーツの女性――ハイネ・アッシュグレイもまた。


 こうなってくると、ますます不思議に思える。


「俺、なんで呼ばれたんすかね……」


「さあ……? 正直、私も不思議だわ……」


 答えは期待していない。これはもう、なんというか愚痴のようなものだ。


「別に、成績だって普通だし、運動神経だって自信ないし、なんか有名になるようなことした覚えもないし……というかそれ以前に、ここって魔法使いのための学校ですよね? 俺、そんな才能もないし、あったとしたら確か、もっと早い時点で国かどっかからそういう通知くるはずだし……。まあ普通に受験したって俺じゃ絶対無理ですよ、ここ偏差値バカみたいに高い難関校だし……」


 なのに、どうして――


 みじめな気持ちが溢れ、泣き言が止まらない。

 自分が情けなくて仕方がない。


「はあ……、」


 全身から力が抜けるような、大きなため息が漏れた。


 静まり返る保健室。そうなってやっと、真代は保健室に他にも誰かいることに気が付いた。カーテンの向こうで人の気配。具体的には、誰かがカーテンの隙間から覗いている。


(うっわ、恥ずかしい俺……)


 覗いていたのはあのメイド少女、待月まつきことわだろうか。たぶん、今一番顔をあわせたくない相手だ。

 泣きっ面に蜂というか、なんかもう――穴があったら入りたい。


(ダンジョンにでもこもりたい――て、……あぁ……)


 今ものすごく、例の「初雪はつゆきくん」に共感できる。


「私から言えることがあるとすればね、」


 と――沈み込む真代に、温かさを感じさせる声音で聡里が言う。


「才能なんてものは、いろいろ経験してみて、あとから分かるようなものよ。少なくとも今は、真代くんの才能の有無は判断できないわ。それに理論上、私たちの世代の子はみんな、魔法使いの素質が少なからず存在すると言われてるしね」


「『新世代理論』ってやつですか……」


 しかしそれも――この白咲学園に初等部や中等部があるように――もっと早い段階で才能が発露することの証左だ。


「それから、ここだけの話だけどね、真代くん――」


 特に声を潜めるでもなく、聡里はさらりとそれを口にした。

 とんでもない爆弾発言を。



「――初雪くんを連れ出せなかったら、退学だからね?」



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