04 至る理由
■
カラン――と、涼しさを感じさせる音がした。
「おう、いらっしゃ――、てなんだ、またお前かよ
「うるせーよ! 言っとくけどうちの姉貴まだ未成年だから手ェ出したら犯罪だからな! というかあれから客ひとりも来てないのかよこの店は! 俺はもう泣きそうだよ!」
「お、おう……いつになく情緒不安定だなオイ。おじさんが話聞いてやろうか?」
「せんぱーい! こんないい歳して実質ヒキニートなアラフィフなんて放っといて私とおしゃべりしましょーよぉ! 会話に飢えてるんですよ私ぃっ! このおっさん二人きりになると急にだんまりでもう!」
店に入って早々、横合いから飛びついてきた白髪の少女を受け留める。
その異様なまでの〝軽さ〟に、少しだけ心臓が冷えた。
「はいはい分かったから暴れるなよ、身体こわしたらどうすんだよもう……」
少女を引き離し、
八月のはじめ――それは、なんでもない一日に突然ふってわいた出来事だった。
縁科真代はその日、昼からバイトに入っていた。
年中無休、ほぼ開店休業状態の喫茶店が真代の職場で、そこには店長である中年男性と、真代と同じ学校の少女が勤めている。
この夏休みのあいだいくつもバイトを掛け持ちしている真代だが、その中でも本音を出せる〝居場所〟はここしかない。
そのため思わず情緒不安定にもなる真代に、店長がそれとなく話を戻したずねる。
「で……、何があったんだよ。ついさっき出ていったと思ったら、急に帰ってきて。どうせ客もこねーだろうし、悩みがあるならおじさん聞いてやるぜ?」
「それが――」
バイト中、自宅の姉からかかってきた電話が、全ての始まりだった。
突然かけておきながら用件も何も言わず、「とにかく早く帰ってこい」の一言。真代は逆らえなかった。
仕方ないのでバイトを抜けて帰路についてみれば、
「なんか、うちの前に見たこともないような高級車が停まってたんすよ……」
「黒塗りのやつか?」
「黒塗りのやつ……。警察かなんかなんじゃないかって、俺……」
ビビっちゃって――とは、後輩の手前、口にせず呑み込み、
「い、家に入れねーなって思ってたら、まあ、すぐ走っていっちゃったんだけど……」
何事だろうと思いながら帰宅すると、リビングには母親と、真代を呼び出した姉の二人が待っていた。
真代がこの世でもっとも苦手とする二人の女性が待っていた。
『真代、とりあえずこっち座れ?』
『ましろちゃん、お座り』
訳の分からないまま、真代は二人の言いなりになってソファに腰を下ろしたのだ。
そのときのことを思い出しながら、真代はぽつぽつと語る。
「お説教されたんです? 不純異性交遊はいけませんって? よーし先輩、ここは可愛い後輩をご家族の紹介するべきですよ! 真剣な交際してますって!」
「俺もな、そう思ってたんだよ……」
「えっ!? マジで紹介するんですか先輩!? 冗談ですよ冗談!」
「お前ちょっと黙ってろよ。……それで? どうしたんだよ? そんだけガチへこみしてるっつーことは、なんかトンデモ案件かまされたんだろ?」
「いや……」
真代は力なく首を横に振る。
正直、分からない。
「もう、何がなんだか……」
■
「ましろちゃん、お座り」
まるでペットにするような言いぐさに内心ムッとしたものの、母と姉の醸し出すただならぬ雰囲気に気圧され、真代はその言葉に従った。
「……な、なんでしょうか……。俺、なんかした……?」
見れば、リビングのテーブルの上に、何かの資料と思しきものが詰まった大きな封筒が置かれている。見慣れないものだ。さっきの高級車の人物が置いていったのか。
向かいのソファに座る母と、その後ろに立って怪訝そうな顔をする姉とを見比べる。
(ここ数年で初めて見るぞ母さんのこんな
ぐるぐる、ぐるぐる。どうして突然呼び出されたのか、その理由を探して記憶を巡る。
「さっきね、」
母が口を開き、真代は固唾をのむ。
「さっきね、
「そ、そう……、へえ……?」
無難な反応を示しながら、内心では必死に記憶を探る。
(シラサキ……? 誰? 本気で記憶にないんだが……?)
「簡潔に言うわ」
と――
「ましろちゃんにね、転校してほしいそうなの」
シンプルすぎて、意味が分からなかった。
「は……? 転校……とは?」
言葉の意味は理解できるのだが、転校とは、こんな状況で、こんな風に言い渡されるものなのだろうか――それに、「転校してほしい」とは?
(うちの学校の保護者か誰かか……? 新手のいじめ……? でも俺、誰かの恨み買った覚えもないんだが……。まあ恨みっていうのは知らず知らずのうちに買ってるものらしいけど――)
考えるのを諦めて、真代は大人しく母の話を聞くことにした。
「うん、なんか転校してって」
「……いや、説明になってないんだけど」
「スカウトされたんじゃない?」
と、まるで他人事のようにスマホをさわりながら、姉がぶっきらぼうに言う。
「スカウトって、なんの。アイドル養成学校とか? 乙女ゲーじゃないんだから、」
「魔法学校」
「は……?」
そう言って姉が突きつけた、スマホの画面には――
■
「白咲学園高等部……? 聞いたことあるような、ないような――って! ここ山奥! ド田舎じゃないですかぁー! しかも県外!」
「でもここ、あれだろ? 一応エリート校じゃねーのか? 普通に受験したってオレたちレベルじゃぜってー無理な超難関校」
「「店長と一緒にしないでください」」
「お、おう……」
転校しろという謎の要求に、母は真代の意思を無視して既に同意したという。
相手側の手続きも既に済んでいて、真代は夏休みが明けた二学期から晴れて白咲学園高等部の生徒――
「これはさすがに、ふざっけんな! ……て思ったよ俺は! 絶対あの人たち金つかまされてるね! 俺は家族に売られたんだちくしょう!」
「き、急にキレんなよ……現代っ子かよ。いやまあ、お前の気持ちも分からなくはないが……」
「いつもいつもそうだ! 俺はあの人たちの下僕なんだ!」
感情が溢れ出す。
我慢の、限界だった。
決して本人たちを前にしては言えないだろうが――そういう風に育てられてしまっている――だからこそ、まったく無関係な、でも心を許せる赤の他人の前で吐き出していた。
「昔っから……っ、ねーちゃんにはいじめられるし、嫌だっつってんのに女の子の恰好とかさせられてさあ! 俺がどんな想いで小学校生活すごしたと思ってんだよもう!」
ばん! ……と、カウンターに拳を打ち付けて――
シーンと静まり返る店内。真代はハッと我に返る。
「……い、いや、今のナシで」
「ま、まあお前の気持ちは分かったよ。バイトばっかしてるのも家にいたくないからだって、オレは知ってたぜ……」
店長――、といい感じに話を変えられたところで、
「先輩、女装してたんですか……?」
「うぐっ、」
「言わなくていいんだよバカ野郎! せっかくオレがなかったことにしようとなぁ!」
記憶の底に封じ込めていた黒歴史が脳裏をめぐり、胸の奥の傷がうずき出す。
「女装?」
「女装言うなぁっ!」
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