02 ダンジョン突入1
■
――てっきり、校舎の案内でもしてくれると思っていたのだ。
生徒会室で
夏休みのためひと気がないのは当然だが、それにしてもこんなところに何があるのだろうというくらい閑散とした、辺鄙な校舎の端っこだった。
繰り返すようだが、こんなところにいったい何の用だろう――そう思っていたら、
「な……、」
教室の中には思いのほか人がいて――彼らのその異様な佇まいに、真代はとっさに腰が引けた。
工事現場で見るようなヘルメットに、鉄パイプ、金属バット――プロテクターのようなものまで身に着けて、これから〝カチコミ〟にでも行くのかといった装いの集団だったのである。
(ヤバい殺される……!)
逃げ出しそうになる真代だったが、いつの間にか隣にいた聡里に腕を掴まれた。
「安心して? 彼らはわが生徒会の役員たちよ」
言われてみれば、彼らは一様に学園のものと思しき赤地に白ラインが入ったジャージを着ている。学園の生徒ではあるのだろう。しかしとてもじゃないが、なかなかハイそうですかと受け入れられるものではない。
なぜなら、彼らは明らかに〝武装〟しているのだ。
(やっぱ"こういう学校"だと、生徒会も実力行使とかすんのかな……? 恐ぇ……)
次第に及び腰になっていく真代だが、気付いた時には聡里の腕が自分の腕に絡みつき、逃げ出せなくなっていた。
「あ、あのぉ……?」
「これから私たちは、初雪くんのいる〝ダンジョン〟に向かうわ」
「だん……、なんですって?」
「ダンジョンよ」
その言葉を合図にするように、空き教室の中につめていた生徒会役員たちが道を開ける――すると、その奥に隠れていた〝それ〟があらわになった。
教室にできた、巨大なクレーター――〝ダンジョン〟への入り口だ。
■
「この地下道はむかし使われていた坑道らしいわ。
「ぶち抜いて……?」
オークとゴブリンの集団を倒した一行は、懐中電灯の光を頼りにダンジョンのさらに奥へと進む。
「?」
前を歩く役員が何かを避けるように横に逸れたかと思えば、足元に何かが転がっていることに真代は気付いた。
最後尾から皆の足元を照らすライトがそれを照らす。
真代は目を剥いた。
「ひっ……、ちょっ、ひとが……!」
人が死んでる。
ジャージ姿の生徒が転がっている。
「あぁ、気にしないで」
「はい……!?」
「あとで回収しとくから」
実にそっけない態度である。あまりにそっけないので真代もそういうものかとつい受け入れかけてしまうが、後ろを歩いていた誰かが「うおっ!?」と上げた声に心臓が止まりかけた。
(気失ってるだけ、だよな……前の
どきどきする心臓を押さえようと胸に手を当て深呼吸。
そうしていたら再び聡里が腕にしがみついてきて、真代の寿命は縮みかける。
「狭いから、ね?」
「いやいやいや……」
戦闘のあった広間のようなスペースからはいくつかの通路が伸びていて、そちらは最初の通路と比べて道幅も多少は広くなった。
しかし地下ということもあってか当初から感じている息苦しさや圧迫感のようなものは増す一方だ。
(やたら汗ばむし……いやまあ理由はなんとなく分かるけれども……)
地下道の中はひんやりとした空気に満ちており暑くはないが――すぐ前を歩いているメイド少女がちらちら振り返るものだから、なんだかとても落ち着かない。
「それでね、」
と、聡里の声に意識を引っ張られる。
なるべく隣を意識しないよう地下道の壁……土だか石だかよく分からないが、不思議と滑らかに見える壁面に目を向けつつ、「なんですか」と答える。
「話の続きだけど――その後、初雪くんはこの地下道の奥に引きこもり、さっき見たような〝モンスター〟を量産したの。そうしてこの場所はいわゆる〝ダンジョン〟と化したのね」
「……しれっと言ってくれますけど……」
シンプルな説明で要領こそ得たものの、すぐには受け入れがたい内容だ。
しかし実物を見せられた今となっては――だからこその強行突入だったのだろうが――
(床をぶち抜くっていうのも、さっきの見せられたらあながち出来なくもないのかもしれないって思える……)
無理やりにでも呑み込んで、頷くしかないのだろう。
たとえそれがどんなにこれまでの常識からかけ離れたものであったとしても、現に見せられてしまっては否定もできない。
それに、受け入れなければ話が先に進まないし、何も始まらない。
(本当の〝問題〟は、この先だ……)
これまでの説明から自分の置かれている状況について、おおよその見当はついている。
ただ、それを確かめる前に一つ、真代にはどうしても気になることがあった。
「……ここ、崩落とかしませんよね?」
高さは三メートルほどだろうか、暗くて天井が分からないものの――今は使われていない坑道なら、いつ崩れてもおかしくないのではないか。
たずねると、聡里は闇の中きょとんとしたように真代を見てから、
「うふっ、ふふふふっ」
「なんで笑うんすか……っ」
聡里は突然口元を押さえて笑い出し、これまでよどみなく進んでいた役員たちの足が止まった。
役員たちのざわめきを感じ、真代はそこまでおかしな質問をしただろうかと首をひねる。
「いやね、あんまりにも普通なこと聞くものだから。……ふふっ、安心して? そこらへんはちゃんとしてるから。少なくとも把握してる範囲はね」
「はあ……、そうなんすか」
よくわからないが、安全管理はしっかりしているのだろうか。
「それで、話を戻すけど――」
歩みを再開しながら、聡里が〝本題〟に入ろうとした時だ。
奥の方から、何やら騒がしい気配が伝わってきた。
「他のパーティーみたいです」
前方の役員から声が上がる。
「こちらに近づいてきます。三、五……結構な人数……」
「そんな大人数? ……誰か、入ってたの?」
聡里がたずねる。咎めるような響きがあった。真代の頭には疑問符が浮かぶ。
(他……? パーティー? ていうか音は聞こえても何も見えないぞ?)
前列の役員がライトを前に向けているが、音は反響してきても姿は見えない。
何事だろうと思っていると、前にいた役員の一人が聡里のもとに足早に寄ってきて、何やら耳打ちした。聡里がため息をつく。
その様子を見てか、真代の後ろにいた金髪美少年が久しぶりに声を発した。
「何かトラブルかな?」
「いいえ、大した問題じゃないわ。ただ、大人数で引き返してくるパーティーがいるようなの。道幅を考えると、さっきの広間まで戻った方がいいかもしれないという話」
その「他のパーティー」とやらがどれほどの大所帯かは知れないが、こちらも十数人からなるそれなりの大行列だ。三人並べるかどうかというスペースしかない今の通路で鉢合わせるのはあまり得策ではないだろう。
(良かった、引き返せる……)
真代は密かに安堵した。
あとは、それがぬか喜びにならないことを祈るばかりだ。
まさかあんなことになるとは、思いもしなかった。
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