第1章 迷宮入り

01 顔をそろえる




 夏休みも後半に入ったある日のことだ。

 白咲しらさき学園の生徒会室には、不思議な面子が顔をそろえていた。


(俺、すっげえ場違いな感じするんですけど……)


 その中でいえば、縁科えにしな真代ましろは一番まともなポジションにいるかもしれない。

 愛想笑いのよく似合う顔立ちをした、ごく平均的な男子高校生だ。多少背が高いものの、体格は太っているでも痩せているでもなく、引き締まっているということもなくて頼りない。

 寝ぐせのように跳ねた前髪を落ち着かなげに撫でつけながら、真代はさりげなくまずは自分の右側を窺う。


 そこにはいかにも外国人といった容姿をした金髪の少年が立っている。アイドルもかくやという端正な顔立ちの美少年だ。背丈は真代とそう変わらないくらいなので、美青年と言った方が適しているかもしれない。

 ただ、その横顔にはどこか幼さが感じられ、脇に何かのヒーローと思しき人型のぬいぐるみを抱えていることから、どうにも「少年感」が否めない。


 一方、左側にいるのは、明らかに「大人」という感じのスーツ姿の人物だ。

 赤みがかった黒髪のショートで、真代よりも背が高く、一見すると男性のように見えるが、こうして近くに立ってみるとほんのり良い匂いが漂ってくる。

 サングラスをかけているため人相がはっきりしないものの、どうやら女性らしい。

 ボディーガードとかSPといった印象で、真代からするとどうして自分の隣にいるのか一番よく分からない人物の筆頭である。


 そして――対面。

 会議用と思しきテーブルを挟んで、部屋の奥――窓を背にして、椅子に腰かけている人物がいる。


「では、改めて――ようこそ、白咲学園へ」


 この学園の生徒会長、誘波いざなみ聡里さとりだ。

 白い額を見せるように留められた長い黒髪を揺らし、愛嬌のある笑みを見せる。年齢的には一つ上でしかないにもかかわらず、とても大人びた雰囲気を持った少女だ。


「こちら、内村うちむら先生」


 そうして聡里が指し示すのは、その横で落ち着かなげに立っている、頭髪の薄い中年男性だ。

 ……恐らく校長とか教頭クラスの人物だと思われるが、どちらが「上」かはまるで一目瞭然だった。


「それからこちら、待月まつきことわさん。……は、知ってるわよね?」


 聡里の左側、これまた奇妙な格好をした少女が立っている。

 おどおどと頭を下げる小柄な彼女は、いわゆる「メイド服」としか形容できない衣装を身にまとっていて、ここまで真代たちを案内してきた少女だ。


 以上六名――真代にとって全員今日が初対面だが、内村先生に共感を禁じえなかった。


(なんでここにいるんだ、俺……)


 自分の意思でここまでやってきておきながら、縁科真代はいまだにこの状況が呑み込めなかった。




                   ■




「とりあえず、これを見てくれるかしら?」


 そう言って聡里が示したのは、ノートパソコンに映し出された何かの動画だ。

 部屋の入口付近にいた真代たち三人は、聡里のいる生徒会長席らしいテーブルに近づく。

 一時停止された映像が再生された。


 ザ……、ザワ……、


 体育館と思しき場所に、大勢の制服姿の生徒たちが集まっている。

 入学式か何かの式のようだ。ざわざわとした喧噪のなか、一人の生徒が体育館の舞台へと上っていく。映像はその生徒を映したもののようだ。


 髪の白い、小柄な人物が壇上に立っている。

 画質が荒く判然としないが、男子の制服を着ているから少年だろう。

 どうやら少年は一年生、新入生代表挨拶を任され、登壇しているようだった。

 手にした原稿に視線を落とし、それを読み上げる。


「――――、」


 周囲のものだろうノイズが激しく、少年の声はうまく聞き取れない。


「これは今年の四月、入学式の映像ね。新入生の誰かが面白半分に撮影したもので画質はよくないけれど」


 ぴくりと、真代の眉がかすかに動く。

 それに気づかず、聡里は続ける。


「彼の名前は白咲初雪はつゆきくん。あえて言わなくても察しはつくでしょうけれど――この学園の理事長のご子息なの」


 マイクを使っているはずなのに声が聞き取れないのは、映像の方に問題があるのか――いや、いつの間にか、声そのものが止んでいる。

 どこかで何か噛んだようで、そのまま口ごもり、立て直せないままにもたついて、思わず目を逸らしたくなるほどあたふたと慌てふためいた挙句、結局何も言えなくてなって沈黙してしまったのだ。

 周囲の失笑、そして、ざわざわとしたその場の空気が伝わるような沈黙を経て――映像はそこで停止する。


「全校生徒の前で挨拶を噛んでしまい思考停止した彼はそうして、恥ずかしさのあまり学生寮の自室に引きこもってしまったのでした」


 めでたしめでたし、とでも続きそうな実にあっけらかんとした口調で、映像を停止した聡里は言った。

 一瞬、その場の誰もが言葉を失った。

 それから我に返ったように、


「い、誘波さんっ、」


「はいはい、引きこもりではなく登校拒否ですね先生」


「…………」


 真代は訳が分からないまま、ただただ呆然と停止した画面を――壇上でかたまってしまっている白髪の少年を見つめる。

 それは隣の美少年も同様だったが、


「ええと、話が読めないんデスが?」


 彼は困ったような笑みを顔に貼り付けたまま、聡里にたずねる。


「僕が……、この学園に呼ばれたのは、この少年と関係がある、と?」


「ご名答、その通りよ。簡潔に言えば、あなたたち三人には、引きこもってしまった――現在も絶賛不登校中の彼を、連れ出す手伝いをしてほしいの」


 それは――、真代は悪魔でも見るように、目の前で微笑む誘波聡里の顔色を窺う。


(こんな醜態さらしたら、俺なら一生部屋から出られないぞ……)


 まるで自分のことのように心臓が鼓動を早め、変な汗が噴き出してくる。


(それなのに……無理やり部屋から引きずり出そうって? 鬼かよこの人……)


 そこまで考えが至ったところで、真代はもっとも最初に確認すべき〝疑問〟に気付く。

 両隣の誰もそのことをたずねないため、仕方なく、真代は自分から確認することにした。

 恐る恐る、聡里にたずねる。


「あのぉ……ちょっといいですか」


「何かしら?」


 その笑顔が真代のよく知る誰かと重なって見えて、反射的に謝りそうになるも――


「一点、分からないことがあるんですけど。……なんで、俺たちが呼ばれたんですか?」


 他の二人はどうだか知らないが――少なくとも、縁科真代にはその理由が分からない。

 白咲初雪という少年を見るのは初めてだし、完全に初対面だ。本人がいないから対面すらしていない。

 完全に、赤の他人なのである。

 それなのに、なぜ――


「そんなの私にきかれても」


「えー……」


 あっさり返されて思わず素の反応をしてしまう。

 しかし言われてみれば、彼女はただの生徒会長だし、問題となっているのは理事長の息子だ。真代と呼んだのも理事長なのだろう。


 考え込み視線を伏せる真代だったが、「ただ……」という聡里の声に顔を上げる。


「私から一つ言えるのは、彼がただの引きこもりではないということ」


「……と、言いますと……?」


「彼、白咲初雪くんはね、この学園でも高いポテンシャルを持つと思われる――」



 ――『魔法使い』なのよ。



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