第二十話 モブキャラ、はじめました。【003】

003.


眼を開けると、そこには「無」が広がっていた。


僕は起き上がって、周囲を見渡す。

周囲を見渡しても、何も見当たらない。


「やっぱり、そういうことか」

僕は、ケガ一つしていない体を見て笑う。


「僕は死んだのか。」

それがわかると、僕の肩から力が抜けた。

「はは。これで僕は償いが出来たのか。」

そう言って、僕は乾ききった笑いをする。



「それはできていないよ、まだ。」


後ろを振り向くとそこには、大きな鎌を持った骸骨が立っていた。


「私は死神。彷徨える魂をあるべきところに導く存在だ。」

死神か。

タナカさんが書いていたものにそっくりだ。

手には大きな鎌と、どこか死を連想させる白い骸骨に黒い布。

しかしそれは、僕が死んだということの証明だ。


じゃあなんで?

なんで僕はまだ、償えていない?


「死という行動は償いという行動とは違う。」

死神は鎌を取り上げる。

「だいたい困るんだよ。死を免罪符のように使う輩が多すぎてさ。」


どういうことだ?僕は償うために死んだんだ。


「だって君が死んで、誰が償われる?君は勝手に死んで、勝手に償った気になる。でも実際は誰も救われていないし、誰も得していない。償うっていうのは、生きることだ。だから私は君のように死ぬことが偉いと思っている人間が一番嫌いだ。」


その死神は僕を蔑むように見る。


「誰かが自分のせいで死んだと思うのだったら、君は自分の抱えた罪を一生背負って生きなきゃならない。そうだろ?」


そう言って死神は、鎌を僕に突きつける。


「それを放棄しておいて、何が罪を償っただ。」


でも僕は、師匠を間接的にでも殺めてしまったのだ。


「ふーん。まあいいか。君はそういう人間だ。じゃあさ、一つ質問してもいいかな?」

「もし仮に君がそれを、もしも罪と感じるのなら、そこに罪の意識があるのなら、何故君は死のうと思った?」


その死神はまるで、僕の心の全てを知っているように言う。


僕にはわからない。でも、僕は辛いんだ。


「まあ要するに、君はその時その場所で、辛いと感じて、生きることから逃げただけなんだ。その一瞬君は生きることが辛いと思った。それが自分のせいだと思った。」


でも、それは僕の意志だ。


「いいや、違うね。じゃあ君は、三年前のこの日この時の出来事や感情を審らかに覚えているか?」


そんなものは覚えていないよ。


「今ある感情なんて、そんなもんだ。君が辛かったことも、一年もすれば「そんなこともあったなぁ」くらいの思い出話のネタになってしまう。だから、その場その時君がどう思ったかなんて、正直未来の君からすればどうでもいい話じゃないか?」


でも、あの時僕は全てを失った。自分ができると過信して、社会も知らずに一人飛び出して、そして自分のせいで師匠が殺される種を蒔いた。なあ、惨めな人生だろう?


するとその死神は、器用に鎌を持ち上げて何もない空間の空を切る。

「これこそが君の惨めな人生だ。」



そこには僕に泣きながら縋りつくエレナの姿があった。


僕は思わず、「エレナ!」と声に出して叫ぶ。


「そうさ。これが本当の惨めな人生さ。君は、君を慕ってくれる人や後に遺る人の事すら考えずに、身勝手な行動をした。そして現に今、君はそんな現状を何も変えることが出来ずに一人、何もない空間でその現状を目の当たりにして、後悔をしている。」


僕の頬から一途の涙が零れ落ちた。


「そうさ。これが君のやったことだ。これこそが死ぬということだ。問題なんて、本当はそこには無いし、そんなことは問題でもなんでも無い。何故なら、もし君が生きていれば君はその問題を粗方解決できるからだ。君は、君に泣き縋る人間に「ありがとう」と言うこともできるし、大切な師匠の想いを受け継ぐこともできる。本気を出して皆を説得し、仕事を復活させ、そして魔王を斃すこともできるかもしれない。でも今の君は、ただ映し出される現状をただただ見て、一喜一憂するしかない。」


死神はもう一度、鎌を振ってその映像を消す。


「失敗には、生きている限り何度も立ち向かうことができる。それが生きる者の特権だよ。転んでも、失っても、責められても、そこには必ず解決策がある。ただそれを、「今の君」が見つけられていないだけだ。解決策なんて本当はいくらでも存在するし、それは努力すれば必ず平等に与えられる。どんなに辛くても困難でも、生きていれば何かを見つけることができる。」


その死神はケタケタと骨を震わせて笑う。


「惨めだろう?私はこうして無様に笑うことしかできない。でも、君は笑うことができる。」


僕は全てを失った。師匠も、信頼も、そしてエレナからの気持ちも。


「私は食べ物を食べたことが無いんだよ。美味しそうだよね、幸せそうだよね、食事ってさ。でも、君は食事ができる。羨ましいなぁ。」


そんなものなんて。


「そうだ。もし私が人間の体を持つことができたら、温泉に入ってみたいなぁ。気持ちよいだろうな。毎日入れる人間は、本当に羨ましいよ。でも、君は毎日風呂に入れる。」


でも……


「こんなにもいいことずくめの人生を投げ出して、たった一度の失敗に悔いて、幸せに気づかずにただ後悔をして、最期にはそれを「償い」とか言っちゃって。」

でもそんなものは事後報告でしかないじゃないか。今更エレナの様子を見せられても、僕は彼女にありがとうと言うことはできない。



「いいや、できるよ。」


え?


「君は今、死んでないからさ。まあ、死にそうではあるけどね。本当にいい友を持ったね、君は。」


僕はまだ、死んでいないのか?


「私は死神。彷徨える魂をあるべきところに導く存在だ。彷徨える魂を、あるべき場所に返すのが私の仕事。だから君の魂は、まだ滅びるべきではない。」



周囲がだんだんと明るくなる。

「また会う時まで。」

死神がだんだんと薄れていく。それと共に僕は、何か明るいものに引き込まれていく感覚を覚えた。

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