【終】第二十話 モブキャラ、はじめました。【004】

004.

鳥の囀りが聞こえる。


僕は覚醒する意識と共に、ゆっくりと目を開ける。


「あ……」

僕の顔の前には、僕を覗き込む一人の人の姿があった。僕は誰かの膝の上に頭を乗せて、横たわっているらしい。

「エレ……」



「バカバカバカ!スピカのヘタレ!間抜け!腰抜け!」


大粒の涙が、僕の顔に零れ落ちる。


「あんたが死んだら私はどうなるのよ?」

「どうなるって……」


僕の頬がぶたれる。


「馬鹿!あんたが死んだら私は一人になるのよ!」


僕はぶたれた頬の痛みや、死神の話を噛み締める。


「勝手に出て行って、勝手にみんなを置いて行って、死のうとして。」


僕は償わねばならない。

僕は死神と約束した。


「あんたが死んだら、その。私だって悲しむんだから。」


そう言って、エレナは少し俯く。


だから僕ははっきりとエレナに説明しなければならない。

立ち向かうことから逃げてはいけない。

僕は心に力を入れる。

「エレナ。僕はエレナにちゃんと話さなければならないことがある。」


005.


僕はエレナを見る。

「僕は自分の師匠を守れなかった。」

僕の目からは涙が溢れる。


「僕はあの後、何も知らずに馬車に乗ってこの町に戻ってきた。正直、僕は魔道具があるから大丈夫だと思った。だから馬車に乗っても駄賃くらい払えると思っていたし、多少のことなら大した問題にすらならないと高を括っていた。でも、僕は結局駄賃を払えなくて、手持ちの魔道具を売ってしまった。そしてそのせいで……」


エレナが僕を見てそっと涙を拭きとる。

「それ以上は言わなくていいわ。」


僕はすすり上げる。

「スピカは頑張った。何も自分ではできないクセに、自分で頑張ろうとした。ヘタレなのに毎日仕事をした。大丈夫。偉いよ、スピカは。」

「でも僕は……」

「癖はそう簡単には抜けないわよ。私だって、みんなだって知ってる。あなたがモブの時みたいに毎朝早く来て、来た冒険者に挨拶をしていたことも、きったないモップで一生懸命モップ掛けをしていたことも。要領が悪くて不器用だけど一生懸命なそんなところも。みんなちゃんと見ているよ。」


「僕は、僕は。」

「人間みんな失敗することなんて山ほどある。そんなこと言ったら私なんていっぱい失敗してきた。」

「でも師匠が……」

「失敗したってことは、挑戦した証。頑張った証。だから、スピカは堂々としていてもいいのよ。」

「みんなだって僕のこと、恰好悪いと思っているはずだよ……」

「私はそう思わないよ、スピカ。あなたはドラフの時、誰よりも先に私たちを助けに来てくれた。あの円卓会議の後も、真っ先に芯を通して行動を起こした。誰よりも努力して魔導工学の才を身に着けた。そんな人のどこが格好悪いの?」

「でもみんな、円卓会議の後、まるで僕が悪人みたいに僕を見下してた。僕なんて、僕なんて…」


するとエレナは僕の声を遮って話し始める。

「そんなことない。みんながどうだとしても、私はあなたの味方なの。例え世界があなたの敵になっても、私はあなたの味方だから。だから……」


「でも、僕は師匠を殺した。」

「誰が「師匠が死んだ」なんて言ったの?あなたの師匠は弟子に守られなければ生きられないくらい弱いの?」


「え?」


「師匠を信じよう?ね?きっとあの人なら、どこかで生きていると思うわ。」

「でも僕の魔道具のせいで……」

「だから、今私たちにできるのは、師匠を信じることくらいよ。」


僕は頷く。

僕はエレナの、こんなに優しい表情は今まで見たことが無かった。


そんなエレナに、僕は救われていた。


「スピカがそんなに暗い顔をしていたら、私まで悲しくなっちゃうから。だからもっとスピカはスピカらしく、無鉄砲で元気な「ヘタレ」でいて欲しいの。」


「ヘタレは余計だよ……」


エレナは「ふふっ」と笑う。



「それにさ。下を向いていたら、美しい星空も、未来を彩る虹も見えないよ。私たちはこれから魔王を斃すんだから。やっぱりエンディングは、希望に満ち溢れたものの方がいいじゃない?」


そう言って、エレナは僕の額に、その美しく滑らかな手を当てる。


「だからさ、私ともう一回、モブキャラを始めよう?」


「もう、一回?」


「そう。もう二度と、この世界の人たちが悲しい顔を見せなくていいように、みんなが前を向いて歩くことができるように、このまま「殺されて終わり」になんてならなくていいように、私たちで新しく未来を創ろう?」


「僕たちで?」

「ええ。だから、私たちは私たちらしく、私たちモブキャラらしく、裏からこの世界を救うのよ。」


「モブキャラ、を?」


「そう。だから今度は、新参者の私たちから始めよう?みんなを説得して。」


僕は心の中で温かいものが生まれた気がした。


「エレナ。ごめん。」

「そういう時は、「ありがとう」よ。」

「僕からもお願いさせて欲しい。どうか、僕と一緒に、もう一度モブキャラを始めさせてくれ。」

「ええ。私たちの手で、世界を救うのよ。」


僕は起き上がる。


僕の目には涙が溢れていた。


僕のことを追いかけて助けに来てくれたエレナが居る。


僕は「モブ」なんだ。


誰がモブは解散しろなんて言った?


僕たちはそんなことを認めた?


そんなことはない。


僕たちは、僕たちの手で世界を救う「モブ」なんだ。


僕はゆっくりと起き上がる。


「エレナ、こんなヘタレでいいなら、これからよろしく。」


僕はエレナに手を差し出す。

「誓約をする時は、こうして握手するんでしょ?」


するとエレナも、僕の手を握る。

「うん。これから、よろしくね。スピカ。」



僕とエレナは互いの顔を見つめて叫んだ。


「モブキャラ、はじめました!」

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