第十六話 お泊りキャンプと日本食

001.

「ここが野営をするっていう山ですか?」


僕は目の前の山を指さす。


「そうよ。ここで今日は泊まるの。」

「でもなんで、わざわざ任務でもないのに山に泊まるんですか?」


すると茜音さんは、不思議そうな顔をして僕を見る。


「いやいや、山だからいいんじゃない。ここは街の中の山だから魔物も駆除されていて安全だし。」

「でも虫もいるし、明かりもないですし。」

「虫の声に耳を傾けたら癒されるし、明かりが無い方が、夜空が綺麗に見えるじゃない?」


僕は首を傾げながら「そんなもんですかねぇ。」と言う。



僕たちが今から行うのは「キャンプ」というものらしい。この奇妙な習慣は例のタナカさんがニホンから持ち込んだものらしく、野営の趣味版のようなものらしい。僕は何故趣味でわざわざあの、不快な野営をしなければならないのか非常に疑問であったのだが、茜音さん曰く、やった人にしかわからない良さがあるのだという。


002.

僕は疲れから息を切らして険しい山道を登る。


エレナも茜音さんも、楽々と山を登っていて凄いと思う。


僕は既に、一時間前くらいからバテ始めたため、魔道具を使って楽をしようと思っていたのだが、茜音さんから「楽しちゃだめ」と言われて魔道具を取り上げられてしまった。そのため僕は今にも倒れそうになりながら山を登っているのだ。


「みんな!ようやく山頂近くよ!あそこで秋月さんが手を振ってる!」


僕は前を向いて秋月さんを見る。


「みんないい食材は見つかった?」

「はい!めちゃくちゃいい食材が揃いましたよ~。これでニホン食が作れますね!」

茜音さんは胸を張って手を振り返す。


「茜音さん、なんでそんな元気なんですか……」

「逆になんでそんな元気無さそうなのよ……じゃあこれからは訓練の厳しさを二倍にしないとね。」

「ええ?そんな!」

「じゃあ三倍でどう?」

「いいんですか??って危ない危ない。」


僕はあの、ただでさえも厳しい訓練がさらに厳しくなりそうで悪寒を催した。


「ルドルフさん、どんな感じですか?」

茜音さんが森に向かって叫ぶ。

すると森の奥から大量の薪を抱えたルドルフさんがノソリと出てきた。


「おお?みんなもう来たのか。茜音のことだからもうちょい時間がかかると思ってたよ。こっちは薪と藁を集めているところだ。」

「おおお~。お疲れ様です、ルドルフさん。」


ルドルフさんと茜音さんは薪と買ってきた食材を見せあって自慢し合っている。


しかし僕は、それ以上に重要なものに気づいてしまった。

「あ、あの。後ろにくっついてるやつは?」


すると茜音さんが飛び上がり、転げそうになる。

「きゃあぁぁ!」

「いや、茜音さん。なんで気づかなかったんすか。てか、なんでネビルさんルドルフさんに引きずられながら失神してるんですか?」

「あ、いやな。こいつの名前は今日からネビルじゃなくてノビルだ。いいか?ノビルだ。」

「あの、ノビルさんは、完全に伸びてますが、死んでないですよね?」

「いや、流石にこいつは死なないだろ。まあ、ゴキブリみたいだし。」


そう言ってルドルフさんはネビルさんを地面に投げ捨てる。

「ちょっ。なにやってるんですか?」

するとネビル、いやノビルさんがむくりと起き上がる。

「ぐふぅ。というか、誰がゴキブリですか!」


「突っ込みどころそこかよ。」


「いや。君、なんだかんだ言って死なないじゃん。ゴキブリもあんまり死なないじゃん。だからノビルはゴキブリじゃん。」

「は?いや、それ全然意味が分からないんですけど!というか、ノビルってなんですか?」

「いやさっき伸びてたし。」

「あなたが勝手に人を引き連れまわして木を切り倒させたんでしょ!それで私がマナ切れを起こしたから……」

「あ、そういうのいいから。ほんとに。説明しなくていいから。」


僕とエレナは顔を見合わせてため息をつく。

「なんであの二人はいつも一緒なんだろう。しかも結局秋月さんは、全然面倒見ずに焚き火の前でお茶を啜ってるし。」


003.

「さあ!今からニホン料理づくりを始めるわよ!」

「おー。」

僕たちは茜音さんと秋月さんの指示のもと、野菜を切ったり、魚を捌いたり、肉を焼いたりする。

「これはタナカさんの本の【一般料理編】っていう本で紹介されている食事なんだけれどね。これがまたこの世界の食糧で作れるようにしっかり配慮されていて凄いのよ。誰でも簡単に作れるようにレシピが設計されていて。」

「ただ、その食材はどうにかならないんですかね。」


僕は僕の前に置かれている、少々見た目がグロテスクな魚や肉を見る。

毎日ライ麦パンとスープのみで生きてきた僕にとっては、その見た目は少々キツイものがある。

「いやいや。本当に美味しいからね、これ。本当に味は美味しいから。この食事を作るためにタナカさんは時間をかけて様々なところから食材を仕入れて実験したんだから。」

「でももう少しましな見た目がなかったんですかね……」


004.

無事全ての料理を作り終え、僕たちは焚き火を囲みながら「アウトドアチェア」と呼ばれる椅子に座っていた。

「これ凄いですね。なんか椅子に埋まる感じ、でしょうか?」

「本当だよね。タナカさんは休暇にキャンプをするのが趣味だったみたいでね。こうして様々な器具を作っては広めていったのさ。そう言う意味では、彼はこの世界に違う意味で革命を起こしたのかもね。」

「いや本当にこれは快適ですね。こんな椅子があったら人生がダメになりそうです。」

「でしょ?そしてニホン食を堪能してニホン酒を嗜む。これが最高だよね。」


そう言って秋月さんはその椅子に沈んだ。


空はすっかり暗くなり始め、だんだんと周囲の空気が冷え込んできた。


ここは山の山頂ということもあり、肌寒く感じる。


僕たちは焚き火を囲みながら、その暖かさを体の底から感じる。


「さあ、できたわよ!魚の塩焼きと焼きそば、おにぎりに味噌汁よ。」


僕はその不思議な名前の食事を受け取り、頬張る。



「おいしい。」


僕は知らない内にその言葉を口にしていた。

ライ麦で作った少し酸っぱくて硬いライ麦パンと、豚の肉と野菜を水で煮たあまり味のしないスープ。

僕がずっと食していた食事を思い出す。


世の中にはこんなに幸せなことがあるんだ。


食べようと思えばこんなにおいしい食事を食べることが出来る。


焚き火を見つめながら、談笑して、美味しい食事を食す。


見た目がグロテスクだからと言って食べなかったら損だ。


自分の力で必死な思いをして山道を登ってこなければ、これまで美味しくは食べれなかったかもしれない。


隣を見ると、茜音さんが僕を見て笑っていた。


「ね?頑張ってよかったでしょ?」


005.

その後僕たちはテントという、寝るための部屋を組み立てた。


「本当にタナカさんが元居た世界は凄かったんだな。」


僕はそう言ってテントの中に入る。


タナカさんが、自分の命を投げ出してでもこの文化を広めようとした理由が分かった。


僕たちは日々魔王という存在に怯え、生きるために必死に戦わなければならない。


趣味よりも効率。


高価よりも安価。


そんなものが重宝される世界。

必要のない魔道具など、誰も必要としないし、趣味で何かをするということも無い。

それよりも明日生きることの方が重要であるし、魔王から滅ぼされないように目立たないほうが大切だ。


しかし、そんな世界にはこういうものが必要だ。


誰も知り得なかった、「必要がないように思えるもの」。

これこそに価値があるのではないのか。

僕はそんな気がした。


「じゃあ、明日からまた仕事に戻らなきゃいけないから、寝ましょうか。」


茜音さんの、その一言で僕たちはテントに入り、眠りについた。

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