第九話 任務開始【003】
003.
「それで、俺たちがこれからやる仕事は何なんだ?秋月爺さん?」
ルドルフさんは秋月さんを見てそう言った。
「僕たちが今から向かうのは、奴隷商人のところだ。彼の名前は奴隷商ドラフっていうんだけれど、これが随分と問題を起こしているみたいなんだ。」
秋月さんはそう言って、その奴隷商について、もとい奴隷という存在自体の問題点について語り始めた。
*
この国では奴隷売買は基本的に禁止となっている。
しかしながら、捕虜奴隷や犯罪奴隷など命を助ける代わりに奴隷にされた人々は、奴隷になることで命が助かっているというのも事実であり、国はこれらの人々を守るためにある一定の基準を満たす環境での奴隷売買を黙認しているのである。
ただその「基準」は曖昧なものであり、実際には人間に対する扱いとは思えないような扱いが為されている場所もあるということも言い添えておかねばならない。
しかし実際のところ、これらの存在について、勇者が召喚されるようになる以前はあまり問題視されることは少なかったという。そもそも以前は奴隷を農奴として買う場合が多く、その需要は一部の豪農にのみに限られていたのだ。しかし勇者が召喚されるようになってからは、その考え方が大きく変わった。
彼らの登場により、多くの商人や貴族などが、奴隷を「武力」として使うことが増えたのだ。
この流れを決定づけたのは、ある勇者ルークの起こした事件であろう。
彼が召喚された頃には奴隷制度が表立って禁止されていなかった。そのため、大きめの街の少し治安の悪い裏通りには大抵、奴隷市場と呼ばれる奴隷の見世物市場が開かれていたという。
それを見た彼は、その光景に衝撃を受け、「奴隷を助ける」という名目の元、奴隷商を惨殺して多くの奴隷を武力によって強奪し、自分の配下としたのだという。彼はこの世界に来てからまだ日が浅く、奴隷に関する知識にあまり審らかではなかったということもあり、このような行動に出たのではあるが。
その後勇者ルークは、この奴隷たちを一流の戦士に育て上げた。貴族や商人が自分たちの領土で仕事をする足として使うように、彼は奴隷を自身の「武力」のために用いたのである。
この行為自体が、今までの常識を破る考え方であり、世間が彼に注目をしたことは言うまでもない。さらに彼は、この奴隷たちを多くの財力、有り余る武力で強化し、いつしかこの奴隷たちは王国の中でも最強と呼ばれるまでに至ったのである。
しかしながら、問題は思いもよらぬところから湧いて出た。
勇者の持つ最強の奴隷集団、というのは忽ち有名になって、「奴隷は戦わせるのに向いている」という噂が立ち始めたのである。
もちろんのこと、そんな馬鹿げた話など存在しないのであるが、ある一種の広告塔としての役割を果たしている勇者が、このような「武力を持つ奴隷」を公にしたことで、それを羨む有力商人や貴族が一斉に奴隷を欲するようにまでなったのであった。
国はこの事態を重く見て、奴隷の売買を禁止したのであるが、需要という武器を手に入れた奴隷商はますます活発に活動を始めた。
需要が増えれば供給も増える。
それによって、多くの村が襲われて村人が奴隷にされたり、それによって自衛が手薄になった村が魔王によって攻め滅ぼされたりと、様々な問題が発生したのだ。
この理由により、遂に国王からモブに対して、奴隷商の中で最も大きな奴隷シンジケートを持つ奴隷商、ドラフを暗殺するよう命令が下ったのである。
「つまりこれから私たちはその奴隷商ドラフを暗殺するために、そのシンジケートに乗り込むわけです。」
そうネビルさんが言うと、エレナさんが言い返す。
「でも、そのシンジケートには、最大のシンジケートということも相まって、恐らくたくさんの敵がいるんじゃないでしょうか?そうなると敵を倒しながら内部に潜入するというのは、難しい気がするのですが……」
「ああ。そうだ。それは難しいと思う。だから、みな変装をして潜入する。」
「変装ですか?」
エレナさんは不思議そうな顔をする。
「私たちは今から、アルドーフという貴族の者になり切って、客の振りをして内部まで潜入するんだ。」
アルドーフ家。
国王に仕える貴族の中でも非常に位の高い「侯爵家」である。
そのアルドーフ家当主、アルドーフ=ヴャチェスラーフ=ツァレゴロドツェフは、今回の任務のために協力をすると申し出てくれたそうで、僕たちには特別に変装する許可が出たのだ。
「潜入班は私、ネビルと茜音。そしてエレナだ。私がアルドーフ家当主になり、茜音とエレナはメイドとして同伴しているという体になる。」
茜音さんとエレナさんは「了解」と言う。
「もしも何かが起こった時のためにルドルフさんを護衛として後ろに付けて、それを秋月さんが監視、指示をする。そしてスピカは、監視の補助だ。」
それは実質上、僕が「役立たず」であるかのような指示であった。しかしながら、僕は戦える武力も交渉力も持ち合わせていないため、黙って聞いているしかなかった。
「これが魔法屋のお婆さんから貰った装置だ。」
ネビルさんは小さな金属でできた魔道具を懐から取り出す。
僕はそれを見て、思い出した。
最初僕が、師匠のところに「弟子にしてくれ」と頼み込んだ時に、師匠が僕に見せようとした装置であったこと、そして、これこそ僕のスピカ号の「独立マナ生産システム」と「認識システム」を用いたものであることに。
「これはどうやって使うんですか?」
そうエレナさんは言って、首を傾げた。
「これは耳の中にこうやってはめ込むらしい。すると、指示班と連絡が取れるようになる。しかも、皆の動きまで指示班が完璧に把握できるらしい。」
ネビルさんは「こんなもの、今まで見たことが無い。」と言って不思議そうにそれを見つめる。
するとエレナさんが目を輝かせてそれを耳にはめて喜んでいる。
「これ、本当にすごい!秋月さんの声がこんなに離れていても聞こえるし、秋月さんからも私の場所とか周りの状況とかがわかるなんて……こんな凄いものが作れる人は本当に尊敬するわ。」
僕は心の中で、「それはほぼ僕が作ったんだよ。」と言いながら、少し嬉しくなっていた。
決して僕がこの技術を師匠と共に開発したということ、そしてその大本はスピカ号であるということは誰も知らない。しかしながら、僕は自分の作ったモノが認められたことが嬉しくて仕方無かった。
「そう言うわけで、今からドラフのシンジケートに潜入する。絶対に気を抜かないように。潜入班はそれぞれの衣装に着替えて、魔法屋の婆さんから支給された魔道具を懐にしまっておくこと。使い方は伝えられていないが、その時になればわかると言われているので、心配しなくても良い。」
僕は心の中で師匠に感謝する。師匠はきっと、僕に役割を作るためにわざと使い方を教えなかったのだろう。
これは、師匠が弟子に与えた試練だ。
僕自身が僕の努力の結晶、即ち皆が持っている魔道具の力を引き出す。
僕はこう決意し、奴隷商ドラフの暗殺任務は幕を開けたのである。
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