第二話 憧れの私になるの。【001】

001.

 悪魔が、笑みを浮かべながら私の首を捻る。私は苦しさと痛みに喘ぎながらその悪魔を睨む。悪魔は苦しそうな私の顔を眺めながら両親を……


 私は飛び起き、それが夢であったことに安堵する。そして、汗でびっしょりと濡れた寝間着を脱ぎ、士官学校の制服に着替え始めた。


 あの悪夢の日。全てが灰燼かいじんに帰したあの日。そして多くの大切な人を失ったあの日。私はいつの間にか、私の頬に涙が伝っていることに気が付く。


 毎度見る、赤い炎に包まれた私の村。笑みを浮かべながら村の人を無差別に虐殺する悪魔。その光景を思い返し、私は窓の外に吐く。


 私は、ラルク村という村で産まれ育った。その村の中でも両親は比較的裕福な方だったと思う。父は騎士の叙勲を受けていたため、生活に困ることは無かった。しかも、両親にできた子供は私だけであったことも相まって、私はお姫様の如く育てられた。


あの日の夜だった。


私は母の膝に乗って、寝る前のお話を聞いていた。


「エレナ。このお花、綺麗でしょう。」

そう言って母が私に、めしべが赤と青に光る、美しい花を見せる。

「この花にはね、あるお話があるの。聞いてくれる?」

私はこくりと頷き、母の話に耳を傾ける。



むかしむかしあるところに、それは美しく赤と青に光り輝く花がありました。

その花は美しく輝き、多くの人を魅了して止みませんでした。

しかし悪い魔女があまりにも美しいこの花を妬んで、その姿を醜く変えてしまいました。

そのせいで、その花は長い長い間、その美しさに誰にも気づいてもらえずに道端で咲く雑草として生き永らえていました。

しかしそこに、ある王子様がやってきました。

そしてその花を摘み、「なんと美しい花なんだ」と言いました。

もちろん彼の家臣は口をそろえて、「こんな花のどこが美しいのですか、王子様」と言いいました。

すると王子様は、「よく見てごらん。めしべが、赤と青に光っているんだ。」と言って、その花を家臣に見せたのです。

その花は形を醜く変えられた後も、小さく光り続けていたのにも関わらず、多くの人はその事実に気が付かなかったのです。

するとたちまち、その美しさは世に広まって行って、今はこうして綺麗に光り輝く花として知られるようになりました。


母は私の前で花をくるくると回しながら、私の頭に手を乗せる。

「エレナ。あなたにはこの花のように美しく、光り輝ける花になれる素質があるわ。だから、ずっとずっと、小さくでも良いから光り続けなさい。」

と言った。


その時だった。村人の悲鳴が聞こえたのは。

私たちは慌てて窓の外を見た。


村が炎に包まれていた。


「エレナ!」

母は私をきつく抱きしめた。

「大丈夫よ。あなたにはお母さんがついているから。一緒に逃げましょう。」

そう言って、私を膝から下ろし、私と父と共に逃げ出した。


外に出ると私たちは、村がほとんど炎に包まれてしまっていることに気が付いた。


耳をつんざくような阿鼻叫喚の声。武器を打ち鳴らす音。そして、足元に転がる村人の死体。

私はそれを見て、吐きそうになった。

母は私の目と耳を塞いで、「大丈夫。あなたには私がいるわ。」と言い、炎がまだ広がっていない方に走りだした。


もし走る方向が違っていれば、私たちは助かったかもしれない。

しかし炎で炙り出された村人たちは、突然の出来事に動揺し、その悪魔に心までも誘導・・されていたのだ。


私たち村人を待ち受ける先には笑みを浮かべた悪魔の姿があった。

「馬鹿な人の皆さん。ようこそ地獄の入り口へ。」

悪魔はそう宣い、怯える村人の首を一人ずつ捻り、虐殺を開始した。

そこからの出来事は正直覚えていない。人間は自分の思い出したくない出来事を無意識の奥底に沈めて思い出さないように鍵を掛けるのだろう。

ただ最近になって私は、その時の様子を、断片的に思い出していた。


「良い!良いぞ、この感覚!人が蹂躙じゅうりんされるその姿。「命だけは」と情けなく泣き叫ぶその姿。」

その悪魔はそう言い、高らかに笑った。


気が付くと、私の周りには両親を残してだれもいなくなっていた。

そして悪魔は、「さあ、次はお前にしよう。」と言い、私を首から掴んで持ち上げていた。


「どんな気持ちだ。愛する両親の前で惨殺される気持ちは?」

そう悪魔は言い、私を舐めるように見る。

「ふん。だまって殺せばいいじゃない。どうせみんな殺すつもりなんでしょ?」

そう私が言い返すと、悪魔は「面白くないな。だから生意気なガキは嫌いなんだ。ふん、まあ良いか。」と言い、私の頭をもう片方の手で掴み、捻ろうとした。


その瞬間であった。


「やめろぉぉぉぉぉぉ!」

私の父が叫びながら、その悪魔に襲いかかった。

騎士である父は、その悪魔を「斃すことが出来ない」ことくらい知っていただろう。

しかし父は力を振り絞って、一縷の望みにかけ、渾身の一撃を放ったのだ。騎士である父の一撃で、悪魔は一瞬たじろぐ。しかしそれはその悪魔にとっては肩にかかった埃くらいの事であったのだろう。

「弱い虫けらの分際で、私に歯向かうか。」

そう言って父を文字の如く、虫けらのように吹き飛ばした。母は、泣き叫びながら父の元に駆け寄る。


「うるさいぞ。」

魔王はそう言って今度は、母を吹き飛ばす。

私は泣きながら、両親のもとに駆け寄る。



両親は既に硬くなって死んでいた。



私は憎しみの表情を浮かべて、悪魔を睨む。

そして私は、泣き叫んだ。

許さない。絶対に復讐してやる。

そう言った。


「そうか。なら、来世にでも期待することだな。」

悪魔は私を見据えて、ジリジリと迫ってきた。

遂に、悪魔が私の首に手をかけようとしたその瞬間であった。


突如として、私の体が持ち上がった。

覚悟を決めて、目を開ける。

もう私は殺されるのだ、と思って。


しかし、私の体は凄まじい速度で移動していた。

「おい、嬢ちゃん。怪我はないか?」

そう言って、厳つい顔が私の顔を覗き込む。

私は突然の出来事に驚く。

「誰?」

「いいから掴まってろ。お前、死にたくないんだろ?」

私はコクリと頷いてその肩に掴まる。

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