別れ話とループ

幻典 尋貴

別れ話とループ

 僕の頬をって、走って行ってしまった彼女を追いかけ、遠くまで来た。

「ここどこだよ、森? どう言う事? どこまで行くんだろう」

 周りを見渡すと木しか無い。木、木、木。気が狂いそうになる。

 ずっと彼女を追いかけているのに、近付く事もなく同じ距離の隙間がずっと空いている。それも手を伸ばして届きそうで届かない距離なのだからタチが悪い。

 もう何キロと言う距離を走った気がするが、疲れを全く感じていない。僕は本当に狂っているのでは無いか。

 そう思い始めた頃、森を抜ける。


 ――僕はこの先を知っている。


 彼女を追いかけ、湖に出る。

 突然、彼女を見失い左右を何度も見た後、突然疲れを感じ出した僕は、湖の澄んだ水を手ですくって飲んだ。

「ザッ、ザッ、ザッ」

 そこで背後で草を踏む音が聞こえる。

彩絵さえッ!」

 振り向くとそこには追いかけていたはずの彩絵がいて、だんだんと近付いてくる。

「やっと止まってくれた」

 僕が笑い、彼女は僕を湖に突き落とす。

 宇宙のような空間を何時間も落ちて行く。

 地面に叩きつけられる直前――。


 目が覚める。

 ただ、ここはまだ夢の中だ。多重夢と言うやつだろう。ついでに直前までの記憶を失う。

 リセットされてやり直し。

 彼女に打たれ、彼女を追いかけ、森に迷い込み、湖で落とされる。

 何度も何度も、何度も、何度も繰り返し、ようやく気付く。

 彼女の平手打ちを避ければ良いのだ。そうすればきっと、このループから抜け出せる。

 記憶は無いのに、ループをしている事だけ理解していて、何の確証もないのに、それを正解だと思い込んでいた。

 彼女が何か言って、僕を打とうとする。僕は少しだけ避けて、それを回避。

 刹那、世界が紙を丸めた時のようにグチャッと音を立てて歪む。

 真暗まっくらな空間が僕を包み込む。

「…くん…け…くん…けんくん」

 僕を呼ぶ声が聞こえてくる。

 僕は何故か目を瞑ったまま、そちらに向かって歩き出す。

“目を開けてはいけない”

 脳の中にその言葉が浮かんでいた。

 後ろで金属がぶつかるような音が聞こえ、僕は走り出す。

 目の前に光が見え始め、それはだんだんと近付いてくる。

「うっ」

 転ぶ。

 その拍子に目を開けてしまい、後ろを見てしまう。

 彼女が立っていて、「もうおしまい」「さようなら」と繰り返している。

「いやだ。絶対にいやだ」

 まるで恋人が別れる時の会話だ。

 先程打たれる前も、そんな会話をしていたんだった。

「僕は、ずっと君と一緒にいるんだ」

 突然目の前の彼女は消え、僕は光に向かって歩き出す。


「…くん…けんくん、寝ちゃった?」

 目を開ける。

 豆球の淡いオレンジ色の明かりだけが灯った、暗い僕の部屋。

 僕の身体はベッドの上にあって、先程から聞こえる僕を呼ぶ声は、右手に持ったスマートフォンから出ている。

「あ、もしもし」

「ありがとう」

 突然、感謝を述べられたので驚く。

 そして彼女の次の言葉で、僕はしっかりと目覚める。

「私も、けんくんとずっと一緒に居たい」

 僕史上、最高の目覚めの瞬間であった。


 ――後にこの二人が結婚するのはまた別の話。

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