さらにまた春
やはり春は嫌ですね。これはもう誰の目にも触れないメールです。貴方がいなくても、こうして貴方にメールが書けるなんてなんか不思議なものですね。そちらからはこのメールは見れるのでしょうか?とにかく書いてみます。
昨年混乱していた最中に貴方を誘ってしまったことは、私の心の奥底に鉛を作ってしまいました。あの夜から、貴方のことを思い出さない日はありませんでした。恥ずかしい話ですが、もしあのときに戻れたとしても、きっと同じことをしたでしょう。なぜかはわかりません。
貴方が欲しかったと言えばそうかもしれません。私は一生を貴方に捧げるつもりでした。でも貴方は、結局誰のものでもなかった。最後まで自由だった。なんと貴方らしい生き方だと思います。貴方は多くの物事を飲み込んで、私の目の前だけでなくこの世から退場しましたね。
今、私は6年前のこともうまく思い出せません。でも貴方が笑うと、本当にこの世に生まれてよかったと心から思えたのです。なんだか陳腐な表現ですね。でももう、誰にもみられることのない文章だからいいのです。貴方がこれを見てくれてればいいけれど。
さて、また春が来ましたね。少し風が吹いたら泣いてしまいそうになる季節です。私は貴方と最後に出会った日のことを覚えています。駅のベンチで、二人で話しました。とりとめのないことから、貴方の両親のことまで。最後の最後で、母のことは憎んでいるけれど愛されたいと仰っていましたね。
貴方はもう忘れてしまいましたかね?でももうそれでいいのです。そちらでは犬はいますか?犬が好きでしたよね。何もかもが貴方を平穏にしていると良いと思います。
私は今、何をしても何故か涙が出そうになります。どうしてでしょうね。歩くとか起き上がるとか、そんなことでさえ、一つ一つがすごく重いように思えて、泣けてしまうのです。また今日も、近くの幼稚園の子供の声で泣きました。
私はもともと一人でした。貴方ももともと一人だった。誰にも侵されるべきではなかった。それに貴方自身も気づかなかった。ただそれだけのことだと思います。
そうそう、そういえば私の作品が映画になるそうです。いまいちピンときませんね。
私としては、貴方だけにこっそりと物語を書き、貴方が喜んでくれる、ただそれだけで良かったのですが、なんか沢山の人に読んでもらってるそうです。光栄ですね。そちらでは私の作品は読めますか?気が向いたら読んでみてください。また趣向を変えて、今度は王道エンタメです。
私だって貴方に出会った頃は、ほら、犬の作品とか、ハッピーエンドばかり書いていたでしょう。ああいうのを書いているのです。あのときよりももう少し壮大ですけどね。
私の暮らしはそんな感じです。隣には誰もいません。特に誰からも私は求められていないみたいですね。幸運なことに。
多分これからも貴方のために書き続けるでしょうね。どうしてかはわかりません。もう貴方が読める保証なんてないのにおかしい話ですが、なんとなくそうすると思います。そうですね、もっと明るい話を書くと思います。美しい少女が愛されて育っていく話です。コメディにしてみます。でも私はきっと、そうですね、泣くでしょう。あなたが笑ってくれればいいのだけれど。
ここまで書いておいてなんですが、これは本当に送信されるのでしょうかね?
なんだかまた、貴方への手紙が誰か知らない人に届いているような気もしますが……。
もう貴方にはメールを送らないでしょう。
その代り、そちらで私の作品を読んでてください。
いつになるかはわかりませんが、いつかまたそちらに行った際には、昔話でもしましょう。
それでは。
【送信】
春、そして修羅 阿部 梅吉 @abeumekichi
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