寄り添いの探偵と夢見るミステリー作家
うたう
寄り添いの探偵と夢見るミステリー作家
これは夢だと君は言うがね、それは間違いだよ。では訊くが、夢と現実の違いはなにかね? 眠っているときに見るのが夢? ああ、そうだな。しかし、君が現実だと思っている世界が夢ではないという確証はあるのかね? たとえば本当の君は、白雪姫であるのかもしれん。あるいは、オーロラ姫であるのかもしれん。長い眠りの中で見る夢を、君は現実と呼んでいるだけかもしれん。
人は便宜上、続かない現実のことを夢と呼び、終わらない夢のことを現実と呼ぶ。実はね、夢と現実、両者に違いはないのだよ。なのに、人は愚かさ故に垣根を作ろうとする。
ああ、そうだ。これも現実だ。この世界に長く留まっていれば、君が現実だと信じている世界よりもずっと現実になる。
最初は戸惑うかもしれない。君には不思議に感じることが多いだろう。君が現実と呼ぶ世界では、りんごを手放せば、そのりんごは地面に落ちる。これがことわりであり、常識だ。引力があるのだから当然だと君は思うかもしれん。しかしね、そんなのはまやかしなのだよ。ニュートンが万有引力の法則などという妙なこじつけをする前のりんごは、地面に落ちることもあれば、当たり前のように浮き続けていることもあった。ほら、このりんごのようにね。
ああ、今、君はおかしいと思っただろう? だからりんごは落ちてしまった。君が常識と信じるものを疑いたまえ。それは君を束縛する暗示だ。君が強く信じれば、なんでもその通りになる。君はこの世界の王でもあるし、神でもある。君が願えば、この世界で最高のミステリー作家にもなれる。
さあ、これがこの世界への移住届だ。署名したまえ。こちらの世界は、君が現実と呼ぶ世界よりもずっと優しくて、ずっと刺激的だぞ。
なんだ、貴様は!? 邪魔をするな。彼はこちらの住人になろうとしているのだ。
そうか、私に化けて、彼を惑わすつもりだな? だが甘い。世界に私が一人しかいないはずだと思い込む、その発想が貧困だ。私が二人いたって、何もおかしくはない。
君、惑わされてはいかんぞ! 常識に囚われかけたら、こう考えるといい。私が双子であるのかもしれないと。なに!? また一人増えただと! いいかね、私は三つ子だ。くっ! 実は四つ子だ。いやいや、五つ子だ。ええい、六つ子だ。これ以上は譲れんぞ! 物語における限界は六つ子なのだ!
待て! 君! 六つ子からその先は私に変装している輩だと思えばいい。戻ってこい!
なに? 常識に囚われたのではない? ではなぜ君は、君が現実と呼ぶ世界に戻ろうとする? 友よ! 戻ってこい!
目覚めたか? 具合はどうだ? ふむ、熱は下がったようだな。
なにを笑っている? 常識に囚われたのではない? 私が何人もいる世界など冗談ではないと思った? 何の話だかわからんが、私は一人だよ。ああ、年の離れた妹ならいるが、双子ではない。
悪い夢でも見ていたのかね。ふむ、新しい小説のアイデアを得ることができたから、そう悪い夢でもなかった? むしろ最高の寝覚めだ? ミステリー作家というのはつくづくよくわからん生き物だな。
うーむ、しかし、その探偵が夢の世界に常識の概念を持ち込んで、夢の世界の事件を解決するミステリーというのはどうなのだろうか。突飛すぎて、到底ウケるとは思えんがね。
寄り添いの探偵と夢見るミステリー作家 うたう @kamatakamatari
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます