アマラの結婚

「アマラ、起きてください。もう朝ですよ」

 朕を起こす者がいて、目を覚ました。

 朕の寝室に男がいて、そいつが朕を起こしたのだ。

 一瞬、なぜ この者がいるのか理解できなかったが、すぐに思い出す。

 そうだ。

 朕は結婚したのだ。

 この冴えない男は朕の夫だ。

「目が覚めましたか。朝食はもうできていますよ。顔を洗ってきてください」

 うむ。

 朕はベッドから出て、洗面台で顔を洗うと、朝食の置いてあるテーブルへ。

 朝食を作ったのは夫だ。

 朕の夫は料理が美味い。

 掃除も上手で、洗濯も手際が良い。

 理想的な専業主夫だ。

「今日の朝食はベーコンエッグにトースト。温野菜スープと、フルーツブレンドジュースと牛のミルクです」

 朕は椅子に座る。

 夫も椅子に座る。

「いただきます」

 いただきますのだ。

 ベーコンエッグは黄身がとろとろの半熟で、実に上手く焼いており、バターをたっぷり塗ったトーストに実によく合う。

 温野菜スープは野菜がとろけるほど火がよく通っておる。

 ジュースはブレンドの配分が実に巧みだ。

 栄養満点の朝ご飯。

 朕は成長が遅いせいか、食事には気を遣わねばならぬのだ。

 朕の夫は、そのあたりのことをよく考えておる。

 理想の専業主夫だ。

「子供をたくさん作らないといけませんからね」

 うむ。

 世継ぎはどの王家にとっても重要なことだからな。

 そのためにも、朕はもっと成長して、ボンキュンボンなナイスバディにならねば。

「フフ。それもありますけど、アマラが寂しくないようにしないといけませんから」

 なにを言っている。

 朕が寂しくなることなどありえぬ。

 おまえがずっと朕と一緒にいるのだからな。

「でも、僕はいつか死んでしまいますから」

 ……死ぬ?

 なにを言っているのだ?

「人間の僕は、エルフのアマラより先に死んじゃいます。その時、子供がたくさんいれば、寂しくないでしょう」

 ……

 なにを言っている?

 そちはなにを言っているのだ?

 死んではならぬ。

 死ぬなど許さぬ。

 朕をおいて死ぬなどダメだからな。

「え? アマラ、でも」

 ダメだ!

 死ぬな!

 命令だ!

 死んではならぬのだ!

 朕を一人にしてはならぬ!

 朕の命令が聞けぬのか!?

「……」

 夫は優しく朕を抱きしめる。

「わかりました。死んだりしません。アマラを一人ぼっちにしませんよ」

 そうだ。

 朕を一人にしてはならぬのだ。

 だから死んではダメなのだ。

 朕たちはずっといっしょなのだ。

 ずっといっしょだ。

 ずっと……



「アマラ様、起きてください。もう朝ですよ」

「……あ?」

 朕は目覚めた。

「怖い夢でも見られたのですか? 泣いておられます」

「……いや、懐かしい者の夢を見ていたのだ」

 そうだ。

 あの者はもういない。

 あの者は朕より先に死んでしまった。

 約束は守ってくれなかった。

 当然だ。

 人間であるあの者が、長生きできるはずがない。

 無茶な命令をして、あの者を困らせてしまった。

「さあ、アマラ様。顔を洗って涙をお拭きになってください。

 今日はカノイ皇国からの使者との面会です」

「そうだったな」



 カノイ皇国は元々はカナワ神国の領土だった。

 しかし、広大な面積で、地形的な問題もあり、それ故に統治が難しく、朕は思い切って二つに分けたのだ。

 あれから長い年月がたち、お互い独自の文化を築いてきたが、国交は密に行い、それゆえ両者の国は先祖を同じくする友好国として交流している。

 そのカノイ皇国からの使者の顔を見て朕は驚いた。

「その顔は!?」

 朕の夫と同じ顔をしていたのだ。

「はい。私は貴女の子孫なのです。そして私は、貴女の愛する夫の顔の特徴を受け継ぎました。

 貴女にお会いしたかった。大祖母様」



 ああ、そうだ。

 寂しくない。

 朕には夫との子供がたくさんいるのだから。

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