129・和平会談を始めましょう

 ラーズはクレアとバルザックの様子を呆然と見ていた。

「……あ……あぁ……こんなことが……このようなことが起こるとは……」

 バルザックは涙を流し、クレアに両手を差し出す。

 クレアとバルザックが前世の記憶を持っていることは分かっていたが、まさかその前世に置いて友人同士だったとは。

 クレアは神銀の剣カリバーンを地面に落とすと、バルザックの下へ。

「ミサキチ……」

 パンッ。

 クレアはバルザックの頬を引っ叩いた。

「ッ!……あ?」

 呆然とするバルザック。

「このバカ! あんたいったいなにやってんのよ!」

 クレアは純粋に友人に怒っていた。

「悪い奴らに負けちゃダメだって言ったでしょ! どんな卑怯な手を使われても自分が同じことをしちゃダメだって言ったでしょ! 忘れたの!?」

「だが……だが、妾はなにもできなかった。おまえが殺されて、それなのにおまえの方に非があると責められたのに、妾はなにもできなかった。おまえの家族まで責めたてられて、それなのに妾はなにもできなかった。

 同じことがこの世界でも起きていると分かった時には、妾はなんとしてでも止めなければと。同じことは繰り返させぬと。今度こそ助けるのだと。妾はただそれだけを考えて……」

「だからって悪い連中と同じことをしてどうするの!? それじゃ結局あんたまで卑怯者と同じじゃない!」

「そんなこと……そんなことは……そんなことは分かっていた!」

 バルザックは慟哭する。

「だが妾には他に方法が思いつかなかったのだ!

 なにかしなければと! なんとかしなければ皆がおまえと同じように殺されてしまう! 五百年前の時と同じように妾を慕う者たちが殺されてしまう! 妾の大切な者たちが謂れの無い理由で殺されてしまう!

 だから止めなければと! なんとしてでも止めるのだと! 妾はただそれだけしか考えられなかった!」

 彼女は分かっていたのだ。

 魔物を救い人間と共存共栄することを目的としながらも、その手段が間違っていることを。

 それでも、なにもせずにはいられなかった。

 邪悪な魔王と非難を受けようとも、世界中の人間から命を狙われることになっても、それで大切な者達が守れるのなら、彼女は構わなかった。

 魔王バルザック。

 賢王ではないだろう。

 全能の王とはとても言えないだろう。

 それでも、守るべき者たちを純粋に思う気持ちは、王として相応しかった。



 ヴィラハドラは立ちあがった。

 宝玉の効果は無くなり、その姿はすでに元の状態に戻っていた。

「あ! てめ!」

 スファルが警戒するが、ヴィラハドラは手で制する。

「もう戦う気はない。魔王様が敗北を認めたのだ。私は魔王様の御心に従う」

 そしてヴィラハドラはバルザックを見つめる。

 泣いておられる。

 魔王様が幼子おさなごのように泣いておられる。

 自分の過ちを悔いておられるからなのか。

 二度と会えぬと思っていた友と再会したからなのか。

 その友に叱咤されたからなのか。

 その全てか。

 自分は魔王様に忠義を捧げた。

 その強大な力に憧憬し、その理想に感服し、自分の全てを捧げたつもりだった。

 だが、はたして本当にそうだったのだろうか?

 全てを捧げたと言えるのか?

 自分は魔王様の一面しか見ていなかった。

 魔王様の強さだけしか見ていなかった。

 だが、魔王様の弱さは?

 魔王様は強くあられていた。

 強くあろうとしておられた。

 だが、完全に強い存在などいるだろうか。

 どんなに強大な魔力を持っていても、どれほど剣技を極めていたとしても、その心まで強さの極みに達することなどできるだろうか。

 魔王様には心の支えが必要だったのだ。

 忠誠とは、仕える主君を守ってこそだ。

 だというのに、自分は魔王様の強さに依存していた。

 己の未熟な部分を、魔王様が補ってくれる。

 自覚なしにそう思っていた。

 だから、今まで魔王様の命令ならばどんなことでも考えもせずに無条件に従っていた。

 真の忠義を示すならば、主君の過ちを正さなければならなかったのだ。

 そのことを今、思い知らされた。

 魔王様の友が、そうとは知らないうちに、ただ同郷であるという理由だけで、その過ちを正したように、自分も魔王様の過ちを正し、その心を支えねばならなかったのだ。



 私はミサキチが泣くのが治まったのを見て、

「さあ、ミサキチ……いえ、魔王バルザック。和平会談を始めましょう」

 私はバルザックに言った。

「和平……会談……」

「そうよ。そのために私たちはここに来たのだから」

「そうであったな。……あ、腕が」

 バルザックは私の左腕が無いことに狼狽し始める。

 左腕をまだくっつけてなかった。

「すまぬ、妾はおまえの左腕を。ああ、おまえの左腕を、こんな。そればかりか殺そうとまで。なんということを。妾はなんということを」

「大丈夫よ。完全回復薬があるから、くっつけることができるわ」

 正直、鈍痛はするけど。

「では まず腕を治そう。早く治そう。話はそれからだ」

「きちんと話を聞いてくれる?」

「ああ、聞く。聞くとも。だから早く治そう。おまえの話しならば、妾はいくらでも聞く。妾はおまえの話を……話を……」

 また泣き始めた。

「また話ができる。妾はおまえと話ができるのだな」

「いつまでも泣いてるんじゃないわよ! あんた魔王でしょう!」

「その様なこと言われても……おまえにもう二度と会えぬと思っておった……妾はおまえと二度と話ができぬと思っておったのだ……それが、また会えて、話が……」



 ズドンッ!

 突然、玉座の間の大扉が吹っ飛んで破壊された。

「なにごと!?」

 私が目を向けると、そこにいたのは、

「……リリア・カーティス?」

 どうしてこの女がここにいるのよ?

 神託を受けていなければ、旅も始めてないんじゃなかったの?

 バルザックがリリア・カーティスの持つ剣を見て、

「その剣は、破滅の剣ベルゼブブ」

 なんですって!?

 じゃあ、餓鬼魂神社から剣を抜いて姿を消した旅の女って、リリア・カーティスだったの!



 見つけたわ!

 クリスティーナ・アーネスト!

 それにラーズ!

 間に合った!

 まだ魔王を倒してない!

 ラーズ!

 二人で魔王を倒すのよ!

 さあ、私の清らかな心を見て!

 邪悪な闇の魔力なんて封印するのよ!

 そして光の魔力に目覚めて!

 その女が、クリスティーナ・アーネストが悪役令嬢だって気付いて!



 宝玉が発動し、その場にいる全員に、リリア・カーティスの心が見えた。

 リリア・カーティスが今までなにをしてきたのか、その記憶が。

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