124・俺は無力だ

 三人のスファルがヴィラハドラに攻撃を仕掛けていた。

 一つの意思の下、同じ三人が連携する。

 それは普通なら一瞬で決着がつくだろう。

 だが、ヴィラハドラはその連携攻撃を全て防御し、捌き、攻撃を返していた。

「小僧。分身体ドッペルゲンガーを二つ作りだすとは、なかなかやるな。私の左腕を切り落としただけの事はある。だが、それだけでは今の私には勝てん!」

 分身体の一つが、胴体を輪切りにされ、消失する。

 スファルはいったん間合いを取って、分身体を再び作った。

「くそ! なんで通じねぇんだ? 腕三本に、俺が三人。数は合ってるのに」

「なぜ私に敵わないか教えてやろう。それは、思考能力の鍛錬不足だ。

 鏡水の剣シュピーゲルによって作り出せる分身体は、一つの意思の下、複数の己が連携を取れる。だが、その動きを統率するのは結局の所、一つの思考によるものなのだ。分身体を多く作れば、それだけ思考を分散させてしまうことになる。

 おまえは鏡水の剣シュピーゲルを手にしてからまだ日が浅い。その短期間で分身体を二つ繰り出せるようになったのは褒めてやる。だが、その分身体を操るために必要な思考能力の鍛錬が、おまえには足りないのだ。だから連携が単調になってしまう。

 十二トェルヴ武鬼デーモンズには通用したかもしれん。だが、その太刀の本来の持ち主は私だ。分身体を操ることは、私がもっとも知りつくしている!」



「ならさらに二人加わったらどうなるの!?」

 キャサリンがヴィラハドラの頭上から強襲した。

 飛翔フライの魔法で宙を高速移動しながら攻撃を仕掛ける。

「速さだけでは私に通用せん!」

 ヴィラハドラはキャサリンの攻撃を三つの刀で応戦する。

「ならば吾輩の筋肉はどうだ!?」

 セルジオが大地の剣ディフェンダーを、ヴィラハドラの胴体を狙って横に振るう。

 ヴィラハドラはそれを太刀で受け止める。

 大鐘が鳴ったかのような金属音。

「なんという剛剣! 宝玉で力を増幅していなければ受け止めることができなかっただろうな!」

 言いつつヴィラハドラは、セルジオの剣を押し返した。

 スファルがそこに攻撃を仕掛ける。

 分身体は一つだけ。

「確かに二つより一つの方が思考の分散が少なくすむ! だが今の私の攻撃手段は太刀だけではないぞ!」

 ヴィラハドラは尻尾を鞭のようにしならせて、スファルへ。

 スファルの本体は跳躍して、空中で横回転し回避。

 分身体は太刀の峰で受け止めたが、刀ごと壁際まで弾き飛ばされた。



 ダメだ。

 こうなったら最後の手段を取るしかない。

 スファルは覚悟を決めた。

 このままじゃ、和平を成立させる以前に、俺たちが殺される。

 殺される前に、殺すしかない。

「「おおお!!」」

 二人のスファルが両手を頭上に掲げ、魔力を凝縮する。

「「氷結フリージング処刑エクスキューション!!」」

水氷アイス障壁ウォールじゅう

 十二枚の氷の壁と、対象を一瞬で凍らせる二つの魔力の塊が、激突した。

 二つの魔力の塊は氷の壁を貫く。

 一枚、二枚、三枚。

 まだ貫いて行く。

 四枚、五枚、六枚。

 そして八枚目で、弾けた。

 氷の壁がさらに低温へと下がり、それは絶対零度へ。

 極低温によって物質の結合力が消失し、残った四枚の氷の壁が、塵となって崩れた。

 その向こう側にはヴィラハドラが何事もなかったかのようにいた。

「……あ……」

 スファルは最後の手段が通用しなかったことに愕然とする。

「魔力を消費し続ける分身体を作った状態から、魔法を同時に行使するとは。それは、私でさえできなかったこと。それをおまえの様な小僧が成し遂げるとは。見事と言う他ない」

 ヴィラハドラの称賛の言葉も、スファルには皮肉にしか聞こえなかった。

 これ、本格的にヤベェんじゃないか?



衝撃波ショックウェーブ・連!」

「衝撃波・百八」

 ラーズさまとバルザックが放った無数の衝撃波が対消滅を起こす。

 だけど、数で勝っているのはバルザックの方。

 相殺できなかったバルザックの衝撃波がラーズさまの身体を打つ。

「ウッ! アッ! ガッ! グアッ! アアッ!」

 見えない拳に殴られているかのように、ラーズさまの身体が衝撃波を受けるたびに仰け反り曲がる。

水氷暴風ブリザード!」

 私はバルザックに魔法を放ち、その攻撃を中断させる。

 しかし、その時にはバルザックは疾走して、ラーズさまに剣が届く位置へ。

 剣の光だけしか見えない速さで、剣戟を打ち込むバルザック。

 ラーズさまはそれを回避しようとしているけど、浅い切り傷が次々と。

 手に、腕に、足に、頬に、横腹に。

 そしてラーズさまの胸が深く切り裂かれた。

「クッ!」

 血がダラダラと流れるラーズさまめがけ、私は完全回復薬を投げて、風の矢で瓶を砕く。

 完全回復薬がラーズさまに降りかかり、傷口が再生して出血が止まった。

 バルザックが私に疾走してきた。

 落ちつけ。

 カウンターを狙うんだ。

 だけど、剣の間合いに入ったかと思った瞬間、バルザックの姿が視界から消える。

 バルザックが直前で方向を変えて、それを私は視認できなかった。

「右だ!」

 ラーズさまの声に反応して、私は右に剣を振る。

 剣筋は直感だ。

 剣と剣がぶつかり合い、金属音が鳴る。

 バルザックは続けて剣戟を繰り出す。

 私はそれを目に捕えることはできなかったが、直感ですらない山勘で、剣を受け続けた。

「あああああ!」

 私は自分でもわけのわからない声を上げて剣を振るう。

「ほう。魔法だけに頼っているのだと思っていたが、剣もなかなかではないか。クリスティーナ・アーネスト」

 バルザックは余裕。

 ラーズさまの姿が私の視界の端に入ったかと思った瞬間、バルザックがラーズさまの飛び蹴りを右手で防御して、私から間合いを取った。

 そして頭上に左手を掲げ、魔力を集約する。

時空スペースタイム破壊ディストラクション

大地アース障壁ウォール!」

 私が咄嗟に作りだした壁は、強烈な衝撃波によって破壊された。

 そして衝撃波の余波が、私とラーズさまに襲いかかり、吹き飛ばされ壁に叩きつけられた。

「グゥ!」

「ガフッ!」

 息が少しの間できなくなり、私たちは動きが止まってしまった。

 しかし、バルザックは攻撃してくることなく、私たちが回復するのを待っていた。

「そろそろ諦めてはどうだ。おまえたちでは妾に勝つことはできぬ。これ以上 苦痛を味わいたくなければ、大人しくしておれ」

 バルザックはまだまだ余裕がある。

 それなのに私たちは一方的にやられている。

 どうすればいい?

 彼女は間違った方法で魔物を救おうとしている。

 間違ったやり方では、失敗すると分かっているのに、私はそれを正すことができないの?

 言葉は届かなかった。

 力で止めることもできない。

 私はどうすればいいの?



 ラーズは自分の自惚れを思い知らされていた。

 武闘祭に出場してから負けたことはなかった。

 剣を使わぬ最強の剣士。

 そう称賛され自分一人の力で敵と戦ってきた。

 一人でどんな敵にも勝ってきた。

 やがて仲間ができて、共に戦い、仲間と力を合わせることで、自分はさらに強くなったと思っていた。

 とんだ思い上がりだった。

 真の強者にはまるで通じない。

 これが、魔王の力。

 魔物の王には、自分など足元にも及ばない。

 力があれば、クレアを助けられる。

 クレアが魔王バルザックを救う手助けができる。

 クレアの力になれる。

 だが、自分にはその力がない。



 俺は無力だ。



 汝、力が欲しいか?

「……え?」

 汝、力を望むか?

「……誰だ?」

 汝、力を求めるか?

「いったいなにを言っている?」

 突如として聞こえてきた声にラーズは戸惑う。

 ここにいる誰でもない、だが確かに聞こえる力強い声。

「どうしました? ラーズさま。バルザックに集中してください」

「クレア、聞こえないのか?」

「なにをです?」

「なにって……」

 力を求め望み欲するならば……

「この声は……まさか!?」

 くれてやる!!



 ラーズさまの体から強い光りが発せられた。

「これは!?」

 一呼吸で光は収まり、しかし余韻のように揺らぐ朧な光を纏い続けている。

 これ、古代都市ガラモで私があの声を聞いた時と同じ。

 プラグスタ島で、キャシーさんたちが声を聞いた時と同じ。

 ゲームでレベルアップしたような現象。

 バルザックが驚愕する。

「神託を受けたのか!?」

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