123・わからず屋!
バルザックは人狼の隊長に、ホブゴブリンの子供を安全な場所へ連れて行くよう命令した。
そして、子供たちの姿が見えなくなると、バルザックは私たちに目を向けた。
打って変わった冷酷な眼を。
私は前に出て、
「私たちは和平交渉のために来ました。戦うためではありません」
「ラドゥから連絡を受けている。そして、その紋章はカナワ神国使節団の物。魔物の王としての礼儀として、話だけは聞いてやる」
私はアマラ陛下から渡された書面に記された和平条項を読み上げた。
基本的な不可侵条項が主な内容になるけれど、将来的に交易開通することも視野に入っている。
バルザックは読み終えるまで沈黙していた。
しかし、
「話の趣旨は分かった。妾からの返事はこうだ。
断る」
「なぜ断るのか、理由を聞かせていただけますか」
「人間は信用できぬ。断る理由はそれだけで十分」
「そこまで人間が信用できないと言うの?」
「そうだ。五百年前、妾が魔物に転生した時、妾は理解した。魔物も知性があり感情があり心を持っていると。
だが人間は、闇の魔力を邪悪である証明といい、その力を持つ魔物を神々が滅ぼすべき存在と定めたと称し、滅ぼそうとしている。
それでも妾は人間と和平を結ぼうと努めた。だがその結果は、勇者を名乗る者どもが、妾を罠にかけて封印し、そして妾を慕う魔物たちを虐殺した。
リッグスとかいう人間を見たであろう。
前世でも、この世界でも、今も昔も、人間の本性は変わらない。理解できぬ異なる者が存在すれば攻撃し、死へと追いやる。
そのような邪悪な者の言葉など信用できるものか」
「ですが、戦争を起こせば多くの人が死にます。人間だけではありません。魔物もです」
「戦いに赴く者は皆、死を覚悟している」
「戦いに直接関係のない民間人にも被害が出ます」
「必要な犠牲だ」
「そんなやり方は間違っている!
確かに人間は完全な善とは言えない。私も悪人を見てきた。だから貴女が自分を慕う者達がいわれのない理由で殺されるのを止めようとする理由もわかる。
それでも、貴女のやり方は間違ってる!
人間の中にも善良な人は大勢いる。貴女のやり方じゃ、その善良な人たちに犠牲が出る。なにも知らない人たちを死に追いやってしまう。
それは貴女が憎む邪悪な人間のやり方となにが違うと言うの!」
「黙れ! そんな綺麗事で民を守れるものか!」
魔王バルザックは剣を抜いた。
「もはや言葉は不要。おまえたちの首を送ることで、交渉の返答としよう」
「この! わからず屋!」
ヴィラハドラが懐から宝玉を取りだした。
「それは!」
ラドゥがパワーアップした時の指輪に嵌っていた物と同じ。
「スファルとかいう小僧。貴様に斬られた腕は、自らの慢心と油断の戒めとして、貴様らを倒すまでこのままにしておくことにした。
そして私は魔王様への忠誠の証として、貴様らを命に代えても倒す」
ヴィラハドラが宝玉を握りつぶすと、その姿が変化していく。
体が巨大化し、腕が二本増え、尻尾は蛇のように長くなり、胴体と一体化する。
体長八メートルはある、三本腕の竜の姿。
そしてヴィラハドラは三本それぞれの手で、刀を抜いた。
バルザックの額にもう一つの眼が現れた。
それに伴い、内在する力が増大する。
バルザックはなにもしていないのに、私はその力に圧倒されそうになる。
「さて、今の妾たちの力を、人間の規定で定めれば、ヴィラハドラはランクSS。妾はSSSといったところか」
ランクSSS。
冒険者組合が非公式に定めている、組合では対処不可能とされる事案。
そう自称するだけの力を感じる。
「妾たちを相手に勝てると思うか? 勝てぬと思うなら大人しくしておれ。一切の苦痛を感じさせずに命を絶ってやろう」
「そう言われて大人しく殺されるわけないでしょう!」
私は業炎の剣ピュリファイアを抜剣した。
ラーズさまも構え、スファルさまが抜刀術の姿勢を取り、キャシーさんとセルジオさまもそれぞれ武器を構える。
戦いが始まった。
「
ヴィラハドラが魔法を行使。
伝説級の水の魔法。地獄の氷河を地上に出現させる。
地面が見る見るうちに凍っていく。
これに触れたら、私たちも一瞬で凍ってしまう。
「「
私とキャシーさんは風の飛行魔法を行使。
キャシーさんはセルジオさまを抱えて、そして私はラーズさまとスファルさまの腕を掴んで。
「お、重い!」
これじゃ速く飛べない。
「
バルザックが伝説級の闇の魔法を行使。
闇が空間諸共、物質を侵食し無にする。
あの闇に触れたら、体が消失してしまう。
「くぉのおおお!」
私は二人の腕を放さないよう力の限り飛んで、迫りくる闇を回避する。
ラーズさまが魔法を行使する。
「
広範囲にわたる衝撃波で、物質を消失させる闇を吹き飛ばした。
「クレア! 俺をバルザックの所へ落とせ! 魔法を使わせるのはまずい!」
私は言われたとおりに、バルザックの所へラーズさまを落とした。
そしてスファルさまが、
「俺は竜人をやる!」
自分から手を放して、ヴィラハドラの所へ。
「いきなり奥の手だ!」
スファルさまが二人増えた。
「ダーリン! 私たちも竜人をやりましょう!」
「うむ! 行くぞ!」
キャシーさんとセルジオさまもヴィラハドラの所へ。
なら私はラーズさまと一緒にバルザックを。
「
「加速」
ラーズさまとバルザックが同時に魔法を行使した。
生体時間を加速させる闇の上級魔法。
動きがほとんど見えない。
これじゃ私は迂闊に手を出せない。
バルザックの剣筋は煌めきしか見えない。
ラーズさまの拳や蹴りが空を切る音。
パンッ、と破裂音がしたかと思うと、バルザックが間合いを取り、その動きが止まった。
「
バルザックは天井すれすれまで跳躍して、火炎暴風の効果範囲の外へ。
「ラーズさま! 今です!」
滞空している間は、魔法を使わない限り、大きな動きは取れない。
ラーズさまが私の声を受けて、バルザックに向かって跳んだ。
バルザックは接近するラーズさまへ剣を大きく振る。
仰け反って剣を紙一重で回避したラーズさまは、空中で交差する瞬間、右回し蹴りを繰り出したが、バルザックは左腕で防御。
バルザックは弾かれて壁に。
だけど身を捻って足で壁に着地し、そしてその冷酷な眼が私を捉えた。
まずい!
「
私は右へ跳んで回避しようとした。
でも完全に避けきれず、左腕が切断された。
「くう!」
切断面からボタボタと出血する。
「クレア!」
「私に構わないで! バルザックに集中してください!」
大丈夫。
完全回復薬があるから、後で腕をくっつけることは出来る。
でも出血が酷い。
先ずは止血しないと。
完全回復薬は私が携帯しているのは三つだけだから、傷口を塞ぐためだけに消費するのは避けたい。
悠長にベルトで縛っているなどしている時間もない。
なら、どうするか?
こうする!
「
私は炎の矢を当てて、切断面を焼いた。
「アッガアア!」
激痛で全身から嫌な汗が滲み出る。
でも、血は止まった。
「ふー……ふー……」
息を整えて、苦痛を紛らわすと、私は魔法を行使。
「
これで私に攻撃が来た時、速度的には対処可能になった。
そしてラーズさまの援護をし、機会があれば攻撃する。
必ずバルザックを止めてみせる。
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