107・良い運勢だと良いな

 大陸の東側には二つの国がある。

 一つは南のカナワ神国。

 そしてもう一つが今、私たちのいる北のカノイ皇国。

 カノイ皇国は全体的に和の雰囲気があって、はっきりいって日本風だ。

 民族服は着物風。

 住宅などの建築物も江戸時代を思わせる。

 この世界と前の世界になんらかの影響があるのか、それとも私や魔王のように転生した人が他にもいて、バルザックのように前の世界の文化をこの世界に伝えたのかもしれない。

 このカノイ皇国の首都には世界一の鍛冶師と謳われるムドゥマさまがいる。

 彼だけが神金オリハルコンの剣エクスカリバーを再現できる。

 私はラーズさまたちを連れて、そのムドゥマさまの鍛冶屋を訪ねた。

 だがお弟子さんが言うには、ムドゥマさまは忙しくて予定が埋まっており、面会できる時間が空いているのは二週間後だと言う。

「ジョルノ曲芸団サーカスからの紹介状があるのですが」

「紹介状があっても会えないよ。親方は本当に忙しいから。面会予定は入れとくから、悪いけどそれまで待ってて」

 しかたがないので、私たちは宿を取ってその日まで滞在することにした。

 だが、次の日 お弟子さんが来て、ムドゥマさまが会ってくれると言って来た。

 そしてムドゥマさまと面会した。

「あんたら、ジョルノ曲芸団の紹介状を持ってるんだってな。それを聞いてりゃすぐに会ったのによ」

 ムドゥマさまは背が低く、樽のような体型だが筋肉質で、茶色のモジャモジャの髭が胸まで伸びている。

 ドワーフ。前世のファンタジー作品でも腕利きの職人が多いことで有名な、大地の妖精。

 この世界に生まれてから一度として妖精を見たことのなかった私は、感激してしまった。

 ドワーフ。リアルドワーフ。

 ああ、ほんとにドワーフだ。

 ムドゥマさまは厳つい笑みを浮かべながら、

「いやぁ、ジョルノ曲芸団には、昔 世話になってな。まだ鍛冶屋を開いたばかりの俺に、曲芸団で使う器具の製作の仕事を任せてくれたんだよ。あの時 ジョルノ曲芸団が俺に仕事を回してくれなかったら、店をここまで盛り立てることはできなかっただろうよ」

 なるほど。

 ゲームでは語られなかったけど、そういう背景があったのか。

「それで、俺になにを作って欲しいんだ? たいていの物なら作れるぜ」

「まずはこれを見てください」

 私は神金オリハルコントロフィーをテーブルに置いた。

「ほう、こいつは……」

 ムドゥマさまは目を輝かせた。

 説明しなくても、この杯がなにで出来ているのかすぐにわかったみたい。

「これを素材に剣を打っていただきたいのです」

「ぶあはっはっは! 剣だと! あんたら、伝説の剣エクスカリバーを俺に再現して欲しいわけか!」

 ムドゥマさまは一頻り笑うと、

「いいぜ! 俺に任せろ! 最高の一振りを打ってやるよ!」

 ムドゥマさまは快く引き受けてくださった。



「これでラーズさまの魔力に耐えられる剣を、遂に手に入れられますね」

「ああ。楽しみだ」

 とはいっても、神金ほどの素材で剣を作るとなると、準備も念入りに行わなければならず、完成には一週間ほどかかるとのこと。

「完成まで街を観光しないか?」

 とラーズさまが提案してきた。

 この街は観光名所が幾つもあるという。

 ラーズさまは旅を始めた時、最初に来た国がここだったそうだ。

「色々あって忙しかったし、少しくらい休んでもいいだろう」

「そうですね」

 私も考えることが多く、少し頭が疲れている。

 気分転換も良いだろう。

 みんなも賛成してくれた。



 時計塔。

「大きいですね。立派です」

「三百年前に建てられて、それ以来、街の人々に時刻を報せている。そろそろ時報だ。もうすぐ鐘が鳴るぞ」

 カーン。カーン。カーン。

「わぁ、なんて綺麗な音」

 皇居周辺公園。

「広いですね。走っランニングしている人たくさんいますね」

「皇が民衆のために一般使用を認めているんだ。季節に咲く花々を愛でたり、彼らのように健康のために走っている人が大勢いる」

 博物館。

「おお、色んな物が」

「この国の歴史を語る品々を展示している。すべて由緒あるものだ」

 美術館。

「うわあ、なんですか この絵? 前衛芸術? ピカソ?」

「俺もこれだけは斬新すぎて理解できなかった。ところでピカソってなんだ?」

 こんな調子で観光名所を巡った私たちは、餓鬼魂神社へやってきた。

「餓鬼魂?」

 どこかで聞いたような?

 スファルが説明を始める。

「この神社の奥の院には邪神でさえ手に余った魔物、餓鬼魂が封印されてるって話だ。そのため一般人は絶対立入禁止。神社の関係者でも高位の者しか立ち入ることは許されず、警備は厳重。まあ、俺たちは見物に行けないだろうな」

「なに得意げに知識をひけらかしてるの。汚らわしい豚の分際で」

「ねえ! ラーズの時は感心してたのにどうして俺にはきついの?! まだ怒ってるの?! っていうかなにを怒ってるの?!」



「ねえねえー、お姉さんたちー。お守り買ってかないー?」

 お守りなどの販売所から、神官見習い服の十歳くらいの男の子が声をかけてきた。

 髪も瞳も肌も黒く、その特徴からセルジオさまとキャシーさんと同じ、ラムール王朝の出身か、その血筋だと思われる。

 その子供は天真爛漫といった感じの笑顔で、

「色々あるよー。家内安全、商売繁盛、無病息災。あ、恋愛成就はどーおー、麗しいお姉さん。好きなあの人と結ばれるよー。それで好きなあの人と結ばれたら、これだよねー。子宝祈願」

 この子、意味分かって言ってるのかな?

「旅先安全はある?」

「あるよー。はい、これー」

 私はお金を払い、一つ購入。

 気休めだとわかってるけど、元日本人としてはこういう物を持っていると、ちょっぴりだけ安心してしまう。

 スファルが男の子に、

「なあ、友達と仲直りできるようなお守りってあるか?」

「なにー? ケンカでもしたのー?」

「いや、それがよくわからなくて。なんか向こうは怒ってるんだけど、俺がなにしたのか教えてくれないんだ」

「いけないなー。友達とケンカしちゃだめだよー。怒ってるのに理由を教えないんじゃ、仲直りもできないじゃないかー。ねー、お姉さん。せっかく麗しいのに台無しだよー」

 え?!

 この子、私がスファルに怒ってるって見抜いた!

「お姉さん。ほらー、友達と仲直りしてー。友達は大切な宝物だよー」

「う……いや、でも……」

「仲直りー」

 ニコニコとした笑顔だけど、譲れないことに対して、有無を言わせぬ迫力が。

 なんかカスティエルさまもそうだった。

「……分かりました。スファルさま、今まで理由も説明せずに怒り続けたりして、申し訳ありませんでした」

「い、いや、いいんだ。いったいなにを怒ってたのかわかんないけど、もう許してくれたのならそれで」

「ですが、スファルさまに対して私は恋愛感情など一切持っていないことを明確に告げます」

「へ?」

「そして、貴方の特殊な性癖に、私は付き合うつもりもない事もハッキリ言っておきます。私は人にお仕置きして喜ぶ趣味は一切ありません」

「えー! なんで?! なんで知ってるの!? 誰から聞いたの?! ええ!? いや誰にも言ってないよ! 誰にも言ってないのになんで知ってるの?! なんで?! ねえ! なんで!?」

 私はにっこりとほほ笑んで、

「スファルさま。恋愛成就のお守りでも買ってみてはいかがですか。貴方と同じ趣味の人と出会えるかもしれませんよ」

「だからなんで知ってるの!? ねえ! どうして?! えー!?」



 ラーズは、クレアとスファルが仲直りしているのか仲直りしていないのかよくわからないやりとりをしている間に、お守りを一つ購入した。

「あー、恋愛成就だねー。なにー、好きな人がいるのー?」

「まあ、そんな感じだ」

「いけないなー、こんなものに頼っちゃー。自分からちゃんと求愛アプローチしないとー」

「クレアには勧めたのに、どうして俺には否定的なんだ?」

「男と女じゃ違うんだよー」

「そうなのか?」

「そうだよー。それに、うかうかしてると他の男にとられちゃうよー。お姉さん、とっても麗しいからー」

 見抜かれた!?

 なんだこの子?

「えへへー」



「あ、お御籤だ。ラーズさま、お御籤やりませんか?」

「オミクジ? なんだそれは?」

「この箱の中に入っている紙を一枚引くんです。その紙に運勢が書かれているんですよ。まあ、占いの一種ですね」

「ふむ、やってみるか」

 私たちはそれぞれお御籤を引いた。

 良い運勢だと良いな。



 大凶。



「……ねえ、ちょっと」

「なにー? お姉さん」

「ここの神社のお御籤には大凶があるの?」

「もちろんあるよー。その人の運勢を占うんだから、悪い運勢も知らせないとー。悪い運勢だったら警戒して災いに備えないとねー」

「……そうなの」

「あー、お姉さん、大凶引いたねー。気を付けてねー。きっと悪いことが起こるからー」

「……そうね」

 気分転換のために観光してたのに、一気に気分が曇ってしまった。

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