96・それでしたらあります!
錬金術師ソラリスさまに二つの粉末薬を渡す。
一つは出場者に盛っている薬。
もう一つは皇帝陛下が服用している薬。
「分析には一時間ほどかかるな」
そう言って早速、取りかかってくれた。
結果が出るまでの間、私たちは埃だらけの応接間で待つ。
お茶は出ない。
出されなくて安心した。
この屋敷は本当に散らかっていて、台所にも実験用品が置いてあったのだ。
お茶と間違って、劇薬が出かねない。
「みなさまはラーズさまと一緒に旅をなさっておられるのですよね」
リコレッティさまが私たちに質問してきた。
「はい、そうです」
「どのようなことをされているのですか? お父さまはラーズさまが冒険者になられたと言っておられましたが、どんなお仕事をされているのでしょう?」
あまり暴力的なことは言わない方が良さそうだ。
この少女は過激な残酷描写に弱そうな気がする。
男性の裸、上半身だけであれだけうろたえているのだから、暴力的な話はどうなるか。
「主に探索を。ラーズさまは自分の魔力に耐えられる剣を探しています」
「まあ、剣を探していらっしゃるの。まるで勇者の伝説の様ですわ」
子供のように眼を輝かせるリコレッティさま。
「もっと詳しく聞かせてくださいませ」
「リコレッティ。あまり仕事の事は聞かないで貰えないか」
ラーズさまが窘めるが、リコレッティさまは、
「そんなことおっしゃらずに。わたくし、ラーズさまの事をたくさん知りたいのです。ねえ、みなさん、ラーズさまの旅の様子を教えてくださいませ。わたくしたち、お友達ではありませんか」
会ったのは二回目で短い時間なのに、もう彼女の中では私たちはお友達と言うことになっているようだ。
怯えた小動物の様な感じなのに、警戒心が薄い感じがする。
いえ、一度 心を許すと甘えてくるタイプなのかも。
とりあえず私は、魔物との戦闘のことは避けて、当たり障りのない部分だけ話をすることにした。
「あんたたち、この薬をどこで手に入れた?」
分析を終えたソラリスさまが険しい表情で問いただしてくる。
「この二つの薬はかつて、壊滅した暗殺教団が使っていた物と同じ物だ」
一方は人間を凶暴化させる。
一方は人間を徐々に弱らせ、毒によるものだと悟られずに、死に至らしめることができる。
「五百年以上前にその危険性から、調合法は全て破棄されたはずだ。それをどうしてあんたたちが持っている?」
ラーズさまが、
「確かな証拠がないからまだ詳しくは言えないが、ある者たちが武闘祭で陰謀を企んでいて、そのために使用している。それをなんとか入手した」
「陰謀……」
「解毒することはできるのか?」
「死に至らしめる方は、服用を止めれば良いだけの話だ。自然に浄化される。
だが、凶暴化させるほうは、止めても無駄だ。服用を止めても凶暴なままで、解毒する方法もない」
そんな……
ソラリスさまは続けて、
「
完全回復薬!
「それでしたらあります!」
「なに?」
私は所持している四個の完全回復薬と調合法を記した手帳を渡した
「これをどこで?」
私たちは完全回復薬の調合法を入手した経緯を簡単に説明した。
「あの吸血鬼カーマイルからか……」
カーマイル・ロザボスイの存在は知っていたらしい。
「ただの噂だと思ってたが……とにかく、確認してみる。完全回復薬で浄化できるかどうか」
ソラリスさまは実験室に戻った。
二時間後、ソラリスさまは報告した。
「ネズミとサルを使った動物実験の結果、完全回復薬で治すことができると分かった」
やった。
これで、武闘祭で出場者たちが殺し合うのを止める方法が見つかった。
「では、完全回復薬を調合してください。とにかくたくさん」
武闘祭までに、出場者に完全回復薬を飲ませることができれば、ライザーさまと魔王バルザックの陰謀を止めることができる。
「簡単に言うな。完全回復薬の材料には貴重な物が多いんだ。とにかく金がかかる」
そうだった。
アドラ王国でも、あの時の所持金のほとんどを費やしても八個しか作れなかった。
出場者全員分を作るとなるとどれだけ必要になるか。
でも、メドゥーサ討伐でお金に余裕がある。
「今、私たちが持っているお金を全部渡します。それで作れるだけ作ってください」
ソラリスさまはお金を見て、
「残念だが足りないな」
三年は遊んで暮らせる額なのに、まだ足りないっていうの。
「あの……」
リコレッティさまが恐る恐ると手を上げて、
「お金が必要でしたら、わたくしがお父さまにお願いしますわ」
ラーズさまが少し困った顔になった。
「ストラウス大公爵にか」
「はい。大変なことが起こるのでしょう。わたくしからお父さまにお願いすれば、必ずお金を出してくださいます」
「いや、しかし……」
ラーズさまは躊躇っている。
「わたくし、ラーズさまのお役に立ちたいのです」
「だが……」
いったいラーズさまはなにを躊躇しているのだろう。
「ラーズさま。今は緊急事態です。ストラウス大公爵に私たちが調べたことを説明して、協力していただきましょう。
それに、陰謀の証拠を、これ以上 私たちだけで掴むことは不可能に近いと思います。ストラウス大公爵の力なら、証拠を手に入れることができるのでは」
大公爵の地位を持つ人だ。
悟られずに人員もかなり動かせるはず。
「……そうだな。あまり気は進まないが、ストラウス大公爵に協力してもらうしかなさそうだ。父も、ストラウス大公爵の言葉なら信じるだろうし」
ラーズさまはようやく承諾した。
なぜストラウス大公爵に協力していただくことに気が進まないのだろうか?
「何人分 調合すれば良い?」
ソラリスさまに出場者の人数を伝えると、
「そんな大量には無理だな。街中の材料を集めても足りない」
「なんとか手に入れることはできないのですか?」
「他の材料はともかく、太陽の花の入手が困難だ。あの花はラムール王朝やカナワ神国などの熱帯地域でしか咲かない。今から取り寄せても、武闘祭には到底間に合わないだろう」
「なんとかならないのですか?」
ソラリスさまはしばらく黙考して、
「……そうだな。アスカルト帝国にも咲いている場所が一ヶ所だけある。グレース火山だ。ここから西にある火山の火口付近に、火山熱の関係で太陽の花が咲いている」
「では、そこに行けば」
「ただし、五十年ほど前から、
しかも竜は魔法耐性が強く、ランクが上がるとともに耐性も強くなる。
その竜が三体。
フェニックスさまに比べれば弱いけど、ランクAが三体もいるとなると、相当厄介だ。
「凶暴で、太陽の花の採取に行った冒険者がかなりやられている。どうする?」
ラーズ様が立ち上がり、
「もちろん、採りに行く。すぐに出立しよう」
「え?」
疑念の声を上げたのはリコレッティさま。
「どうしてラーズさまが行かれるのですか? 他の冒険者に依頼するか、なんでしたらわたくしの家の者にお願いすればよいではありませんか」
「時間がないし、まだ他の者に知られたくない。他の者に任せるわけにはいかないんだ」
知られれば私たちが陰謀を暴こうとしているのが、ライザーさまに漏洩してしまうかもしれない。
「しかし、ラーズさまが危険な事をする必要など……そうだ、お友達にお願すれば……」
私たちに期待の眼を向ける。
「リコレッティ。俺は危険なことを自分がなにもせずに人任せにするつもりはない。仲間が行くのなら俺も行く」
「ですが……」
「リコレッティ! もう黙っててくれ!」
ラーズさまが声を張り上げると、居竦むリコレッティさま。
「……あ……すまない」
気まずそうに謝罪するラーズ様。
「……」
ソラリスさまが、
「とにかく、完全回復薬の調合には太陽の花が必要だ。採りに行くなら早くしたほうがいい。これだけの量となると、調合には時間がかかる」
「わかった」
ソラリスさまの屋敷を出た私たちは、再びストラウス大公爵邸へ向かった。
到着してから一時間ほどでストラウス大公爵は皇帝城から戻られ、ラーズさまと話をする。
ラーズさまの説明を聞いたストラウス大公爵は、ほとんど表情には出さなかったが、眼の色に驚愕があった。
「ライザー殿下が魔王と……なんということだ」
「これから俺たちは、毒を解毒する完全回復薬の材料の採取に向かう。
しかし、出場者の凶暴化を止めることはできても、兄が魔王と結託したという証拠にはならない。そこで、ストラウス大公爵から調べることはできないだろうか? この件は兄の騎士隊も関わっている。兄から直接 白状させることは無理だろうが、騎士隊からなら白状させることができるかもしれない」
「やってみます。いえ、必ずやりましょう。これはアスカルト帝国のみならず、人間世界の一大事。なんとしても阻止せねば」
「ありがとう」
こうしてすんなりとストラウス大公爵の協力を取り付けた。
そして、調査に関してはストラウス大公爵に任せて、私たちはグレース火山へ向かった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます