86・わたしがあなたを幸せにしてあげる

 わたしたちは男たちの家から、服や旅に必要な道具や武器、そしてお金を手に入れた。

 これから長い旅になる。

 準備はしっかり整えないと。

「こんなもので良いわね。外に男たちが使っていた馬があったはず。それで旅をしましょう」

 そうね、ローレス。

「うふふふ。楽しみね。聖女と旅をするなんて、今まで夢にも思わなかったわ」

 そして わたしは魔王を倒す。

 世界を救うのよ。

「ええ、貴女ならできる。必ずやり遂げられるわ」

 そしてあなたは、世界を救った聖女の隣にいるの。

 ずっと一緒よ、ローレス。

 わたしがあなたを幸せにしてあげる。

「ええ、リリア。私たちはずっと一緒よ」

 さあ、こんなところ早く出ましょう。

「そうね」

 あ、ちょっと先に行ってて。

 忘れ物があるから。

 わたしもすぐにこの家を出るから。

「分かったわ」

 ローレスが出口に向かった。

 わたしに背を向けて。

 えい。

 ドスッ。

 わたしはローレスの背中を短剣で刺した。

「……え?」

 大丈夫よ、ローレス。

 すぐに楽になるから。

 かわいそうに。

 旦那さまを殺されて、あげくに殺した奴らに犯されて。

 ホントにつらい目にあったわね。

 でも大丈夫。

 聖女のわたしが幸せにしてあげるから。

「な……なにを言ってるの?……」

 貴女は幸せになるの。

 こんな辛い目にあったんだから、死んで楽になって幸せになるのよ。

「……いや……いやあ! 死にたくない! 私はどんなことがあっても最後まで生き続けたい!」

 ローレスが体を捩って短剣を引き抜くと、出口に向かって走り出す。

 慌ててわたしはそれを捕まえる。

 もう、なに言ってるよの。

 こんな酷い目にあったのよ。

 こんな酷い目にあったんだから、あなたは死んだ方が良いの。

 死んだ方が幸せなの。

 わたしはローレスの背中をもう一度 刺す。

 倒れたローレスは出口に向かって這って行く。

「……私は死ねない……あの人と約束したのよ……」

 いいから、じっとしててよ。

 動くと苦しいだけよ。

 えい。

「がっ」

 えい、えい。

「あっ、うっ」

 えい、えい、えい。

「……死にたくない……私は死ねない……約束したの……」

 えい、えい、えい、えい、えい。



 ローレスの体を何度も刺して、やっと死んでくれた。

 まったく。おとなしくしてれば、もっと早く楽になって幸せになれたのに。

 ホント、頭悪いわね。

 でも旦那さまも酷い人よね。

 奥さんにこんな酷い約束させるなんて。

 それにしても、あの男どもを誘惑する方法、手慣れてたわね。

 案外、浮気とかしてのかも。

 そうだわ、きっとそうよ。

 絶対、浮気してた。

 あの様子じゃ一人や二人じゃないわね。

 旦那さまがいるのに、何人もの他の男と浮気するなんて、なんて女なのかしら。

 あんな酷い目にあって当然ね。

 これじゃ死んだ旦那さまには会えないわね。

 だって浮気なんかする女よ。

 地獄に落ちちゃうに決まってるわ。

 さて、わたしがこんな目にあったことを知ってる人間はみんな死んだし、これで安心安心。

 聖女は清らかな人間でなければならないもの。

 わたしが汚らわしい男どもに犯されただなんて知られるわけにはいかないもんね。



 こうして行商人の妻ローレスは、野盗の家から出ることもできずに死んだ。



 さて、馬に荷物も積んだし、旅の準備はこれで良いかしら。

 あとなにか持っていく必要のある物はあるかしら?

 あ、そうだ。

 あの宝玉。

 人の心を見ることができるっていう魔法具。

 あれも持っていこう。

 そうよ、ラーズにわたしの心を見せるのよ。

 そうすれば、一緒にいるクリスティーナが悪役令嬢だってすぐに分かってくれる。

 聖女のわたしの清らかな心に触れれば、ラーズは呪われた闇の力を封印して、光の力に目覚めるに違いないわ。

 そしてラーズは勇者になる。

 聖女のわたしがラーズを光の勇者にするのよ。

 さ、そうと決まれば、早速出発よ。

 クリスティーナの行き先の見当はついてる。

 きっとゲームの通りに進めてるはず。

 ドキラブ学園の続編、ドキドキラブラブ魔法学園プラスマイナス2・聖なる乙女と五人の勇者は、わたし八回もクリアしたんだから、全部覚えてるのよ。

 攻略本も読んで、隠しイベントとかも全部知っている。

 クリスティーナ・アーネスト、わたしから逃げられると思わないで。

 おまえは悪役令嬢。

 断罪される運命なの。

 そう決まってるのよ。



 こうしてリリア・カーティスは、殺した野盗から装備や路銀を手に入れ、悪役令嬢クリスティーナ・アーネストの追跡を開始した。

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