56・真犯人は……貴方です!
日が完全に落ちて星が見え始めた頃、
舞台にいるのは、私の仲間のラーズさまたち。
合同捜査をした、ハードウィックさまとブレッドさま。
曲芸団員からは、アネット副団長に、マーガレットさまとディーパンさま、ユスタスさま。
そして、衛兵隊長のコリンさまと、部下の衛兵の二名。
もう一人、とある若い女性にも来て頂いたが、彼女にはちょっと劇的に登場してもらうため、カーテンの裏に隠れて貰っている。
この場でモランの犯行を明らかにする。
真実を詳らかにする探偵役は私が立候補した。
ラーズさまたちやハードウィックさまも賛成してくださった。
ブレッドさまは不満気だったが、彼は当てにならないので、黙っててもらう。
呼び出されたモランは、落ち着かない様子で、私たちを見ている。
「いったい、な、な、な、なんの用だ? わ、わ、わ、私は、忙しい」
「モランさま。単調直入に言います。コリン団長を刺した真犯人は……貴方です!」
私は指を突き付けて断言した。
「あ! な!」
モランは明らかに動揺した。
「な、な、な、なんのことだ? 犯人は、マーロウに、き、き、き、決まっているじゃないか。コリン隊長の、推理を、わ、わ、わ、私は聞いた。手品のトリックを、つ、つ、つ、使ったに、違いないと」
「どうやってですか? コックス団長の簡易小屋は鍵が掛かっていました。それに、外側は私たちが見ていました。どうやって外に出ることができるのです」
「だから、て、て、て、手品の仕掛けだ。マーロウは、箱の中に、入って、そ、そ、そ、その中から、姿を消す、手品をする。同じ、トリックを、つ、つ、つ、使ったに、違いない」
「いいえ。そのトリックで簡易小屋から外にでることはできません。箱から姿を消す仕掛けは、単純な方法なんです」
私は箱から姿を消す手品の仕掛けを説明した。
箱の中に鏡を設置し、正面からなら箱が空っぽに見えると錯覚するだけのトリックを。
しかし、空っぽに見えるだけで、鏡の裏に中に入った人が隠れているだけだということを。
「そんな方法だったのか……」
コリン隊長が呆気にとられていた。
「箱の中から本当に姿を消しているわけではないのです。このトリックでは簡易小屋から外に出ることはできません」
「なら、そ、そ、そ、その前だ。マーロウが、コックス団長と、話を、し、し、し、している時に、刺したんだ」
「いいえ。コックス団長はハッキリ証言しました。マーロウさまは自分にまったく触れていないと。それだけではありません、コックス団長は当日、話をした人物は誰も自分に触っていないと証言しました。貴方以外は」
「わ、わ、わ、私も、触っていない」
「いいえ。コックス団長は、一瞬ですが貴方と接触しています。貴方が簡易小屋に入った時、貴方は転びそうになり、それを支えたとコックス団長は証言しました」
「そ、そ、そ、それが、なんだ。その時、刺したのなら、血が出て、た、た、た、大変なことに、なるじゃないか。私が、団長と、会った後も、だ、だ、だ、団長は、普通にしていたんだろう」
「そのトリックも分かっています」
ベルトが止血帯の役割を果たしていた事を説明する。
「この方法なら、ベルトを外すまで出血せずに、しかも刺された事にも気付かない。貴方はこの方法で自分のアリバイを作ったんです」
「わ、わ、わ、私は、アリバイなど、作っていない。ソフィーと、会ったのは、ぐ、ぐ、ぐ、偶然だ」
「その通り。偶然です。あなたは偶然を利用することにしたんです。しかし、偶然だけに頼るとは思えませんでした。だから調べました」
「調べた?」
「入ってください」
私はカーテンの後ろに隠れていて貰っていた彼女に、姿を現すように言った。
カーテンから出てきたのは、赤毛に赤い瞳の、活発的な二十歳頃の女性。
なぜかバニーガールの格好をしている。
そのバニーガールの格好は本人たっての希望だったのだけれど、なんの意味があるのかは教えてくれなかった。
ただ、その姿は彼女の大きな胸を強調している。
いえ、今はそんなこと気にしてはいけない。
自分の真っ平らのことなど気にしてはいけない。
「五日ぶりだね、モランさん」
彼女はモランに明るく笑顔で挨拶するけれど、こめかみに怒りで青筋が浮かんでいた。
「お、お、お、おまえは……」
コリン隊長が、
「知り合いかね」
「し、し、し、知らん。こ、こ、こ、こんな女、見たことない」
「つれないなー。少し前は毎日私に会いに来てくれたのに」
と女性が言う。
コリン隊長が理解できないようで、
「いったい誰なのですかな? この女性は」
「モランさまが通っている、
「賭博場? 接客? ああ、だからその様な格好を。しかし、この女がいったい何の関係があるというのですかな?」
「モランさまは巡業している街の賭博場に入り浸っています。そして、この街の賭博場では、この女性に声をかけていました。ようは、ナンパしていたのです。
ですが、その目的は、元々の計画を遂行するために必要だったから。この女性にそうとは知らせずに犯行に加担させるつもりだったのです」
「それはどういう意味なのですかな?」
「お話をお願いします」
私は女性に促した。
「私はそのお嬢さんが言った通り、賭博場で働いているんだ。でね、モランさん店に来ると必ず私に声かけてくるわけよ。まあ、接客するのが仕事だから、話し相手になってたんだけど、一週間前モランさん、曲芸団のショーを特等席で見せてくれるって言ってくれたのよ。
ようはデートの誘いなんだなって思ったから、断ろうとしたんだよ。話してたのはあくまで仕事なんだからさ。でもさ、私の弟も一緒にって言うから、それなら弟に曲芸団、特等席で見せてやれると思って承諾したのよ。
でね、予定じゃ事件の合った日に、曲芸団を案内してくれる約束だったの。だけどさー、二日前に突然、連れて行くことができなくなったって言って来たのよ。
モランさん、私、怒ってるんだよ。弟すっごい楽しみにしていて、私もあの日の休暇もきちんと取ったのに。それなのに、約束を破るなんて、酷いじゃない」
「だ、だ、だ、黙れ! 商売女が!」
モランは激昂して叫ぶ。
その商売女を利用しようとしたのは誰よ。
コリン隊長が、
「あー、つまり、元々はこの女性にアリバイの証言をさせようとしていたわけですかな」
「その通りです」
賭博場の女性を特定することができたのは、スファルさまのお手柄だ。
事件が起こる前に私がみんなに説明した、ゲームでのモランの基本的な計画を、スファルさまはずっと考えていて、モランが真犯人なら、計画通りアリバイを証言する人間を、賭博場の女性に頼んでいるのではないかと思った。
スファルさまは、
「俺は一目見たときからモランが犯人だと睨んでいた。俺の冴え渡る第六感を超えた、第七感が告げていたからな」
とか言っていた。
第七感っていったいなんなのかはわからないけど、とにかくスファルさまは、賭博場でモランと話をよくしていた女性を突きとめ、詳しい話を聞き出すことに成功した。
彼女はモランが約束を破ったことに怒っていた。
弟に曲芸団を特等席で見せられると思ったのに、その約束を一方的に破り、しかもモランが彼女に曲芸団を見せようとした目的は、犯罪計画に加担させること。
そのことを教えると、彼女は憤慨して、少しの質問で全部話してくれたそうだ。
「ですが、この方にアリバイを証明してもらう必要はなくなりました。失礼な言い方ではありますが、賭博場などで働いている方より、もっと信憑性のある女性と知り合いになり、しかもその人の方から曲芸団を見せて欲しいとお願いされたからです。これは完全な偶然でしたが、モランさまはこれを利用することにしました」
そしてアリバイは成立したかのように見えた。
「しかし、異なる偶然も重なりました。事件当日、コックス団長と話をした人物が少なく、しかも誰もコックス団長に触ってもいないという偶然が」
「だ、だ、だ、だからなんだ! 全部! ぐ、ぐ、ぐ、偶然だ! 第一、私には、コックス団長を、こ、こ、こ、殺す理由など、ない!」
「動機はあります。それはお金です。会計士にすぎない貴方が、なぜ毎日のように賭博場で賭けに興じることができるのか。ギャンブルに必要なお金はどこからきているのか」
「か、か、か、勝っているからだ! 賭けに、勝っているから、金が、ある!」
「いいえ。貴方は賭けに負け続けています。この女性の協力で、調べることができました。貴方は多額のお金を賭博につぎ込んで、全部すっています。
貴方の給金ではすぐに底が付く。でも貴方は賭博に興じ続けている。そのお金はどこから手に入れたのか。
貴方は曲芸団の売り上げを横領していますね」
「私は、そ、そ、そ、そんなこと、していない!」
「それも調べは付いています。アネットさんに頼んで、貴方には秘密で会計帳簿を調べていただきました。結果、実態と会計に差があることが分かりました。アネットさん、そうですよね」
「ああ、確かに、会計帳簿がおかしいことがわかった。客席はいつも満員なのに、売り上げじゃ七八割にとどまっている」
「コックス団長は売り上げの低下を気にして、自分で会計帳簿を確認しようとしていました。そうなると、横領していることが判明してしまうかもしれない。
そうなれば、貴方の会計士としての信用は失われる。横領罪で衛兵に突き出されるか、良くても曲芸団は解雇されるでしょう。
これは立派な動機になります」
「あ、あ、あ……」
モランは言葉に詰まっている。
コリン隊長が、
「どうやら、じっくり調べる必要があるようですな」
「きょ、きょ、きょ、凶器は、なんだ!? 私は、凶器と、なるような物は、持っていない。ショーで使う、
まだ言い逃れをするつもりのようだ。
「本当に何も持っていないのですか?」
「あ、いや。
「できますよ。使い方次第で」
「ど、ど、ど、どうやってだ!?」
「その小さな短刀で、凶器を作ればいいんです」
「あ……な……」
コリン隊長が、
「凶器を作ると言うのは?」
「これですよ」
私はポケットから凶器となる物を取りだした。
「それは?」
「スティックキャンディーです。曲芸団の売店で販売しているお菓子ですよ」
長さ十五センチ以上、直径二センチ近くの大きなスティックキャンディー。
甘い物が大好きな子供たちに大人気。
「あー、それでコックス団長を刺したと?」
コリン隊長は疑問の声。
「もちろん、このままでは刺せません。スティックキャンディーの先端は丸いですから。しかし、短刀で削って鋭くすれば話は別です。刃物状にすればさらに刺しやすくなるでしょう」
「しかし、スティックキャンディーは柔らかく脆い。刺した時、折れたり曲がったりしまうのでは」
「それもモランさまなら解決できます。モランさまは、魔法を一つだけ使うことができます。それは水を氷に変える魔法。売店で販売している飲み物を、モランさまの魔法で作った氷で冷やしています。ならば、柔らかい飴を硬く凍らせることも可能です。
刃物の様に鋭くしたスティックキャンディーをあらかじめ凍らせておく。これで立派な凶器になります。
この方法を思いついて、私は販売店で確認しました。事件当日、モランさまが売店にいた時、スティックキャンディーを持っていかなかったか。売店員は見ていました。気にも留めなかったそうですが、確かにスティックキャンディーを一つ持っていくところを見たと証言しましたよ」
「そ、そ、そ、それは、おやつに、食べようと、思って」
「捨てるところを見ていた人もいました。ほとんど残っているスティックキャンディーを、どうして食べずに捨てたのですか? コックス団長を刺したスティックキャンディーを食べることは、さすがにできなかったようですね」
「あ、あ、あ……」
モランは足を振るわせ、崩れるように地面にへたり込んだ。
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