57・ポピー!

「さて、言い逃れはできないようですな」

 コリン隊長が、二人の衛兵に指示を出して、モランに手錠をかけさせた。

「な、な、な、なぜだ? あ、あ、あ、あの女の、言うとおりに、したのに。なにが、完全犯罪だ。ううぅ……」

 あの女?

「待ちなさい。あの女とはいったい誰のことです? 貴方は一人で犯行方法を考えたのではないのですか?」

「ち、ち、ち、違う。あの女が、コックスを殺しても、じ、じ、じ、自分がやったと、ばれない方法を、教えてきた」

「どういうことですか? 貴方はコックス団長を殺害しようとしていることを、他の誰かに話したというのですか?」

「いいや。だ、だ、だ、誰にも、話していない。それなのに、あの女は、私が、コックスを、始末しようとしているのを、し、し、し、知っていた」

「その女性の名は?」

「エミリアと、名乗っていた」

 エミリア?

 どこかで聞いたような……

 ブレッドさまが、

「ほう、面白い偶然だ。シャーロック・ホームズの作者と同じ名前じゃないか」

 そうだ。

 女流作家エミリア。

 前世の世界の名作を、この世界に伝えた女性。

 でも、その人は五百年前の人物。

 普通の人間なら生きているはずがない。

 だから普通に考えれば、偶然 名前が一緒だっただけの話だ。

 でも、普通じゃなかったら。

 もし、私の考えていることが正しかったら、そのエミリアの正体は……

「エミリアと名乗った女性の連絡先は?」

「し、し、し、知らない。あの女とは、一度しか、会っていない。私が、コックスを、始末しようとしているだろうと、突然、言ってきて、私が当初、考えていた方法を、言い当てた。そ、そ、そ、それでは、すぐにばれるから、誰にも、分からない方法を、教えると言って、は、は、は、犯行方法を、一方的に話して、それっきりだ」

「エミリアの特徴を言いなさい」

「よ、よ、よ、よくは分からない。フードを、かぶっていたから、顔は、ほ、ほ、ほ、ほとんど、見えなかった。長い黒髪で、肌が、色白だったとしか」

 コリン隊長が、

「もう良いでしょう。後は私たちが調べます。皆さん、ご協力、感謝します」



 モランは衛兵隊に連行された。

 アネット副団長を始めとした、曲芸団員四人は複雑な顔をしている。

 マーロウが犯人でないことを信じていたように、曲芸団員の中に真犯人がいるとは思っていなかったのかもしれない。

 ブレッドさまが拍手し始めた。

 空気を読めよ。

「クレア君。見事な追い詰め方だったよ。あれではモランは犯行を認めるしかない」

「どうも」

「しかし、凶器についてはいただけないね。実際に使った凶器を見つけて、それを見せてやることができていれば、完璧だっただろうに」

「見つからなかったんです」

「ふむ。すでに溶けてしまっていたか。それとも焼却炉で燃えてしまったのかな」

「いえ、捨てるところを見たと言う人を見つけることができなかったんです」

「なんだって? だが先程、君はモランが凶器を捨てるところを見た人がいると」

「あれはハッタリです。だから、どこに捨てたのか明言を避けました」

「なんと大胆な。追及されたらどうするつもりだったんだ?」

「だから質問される前に、捨てるよりもっと良い方法を私が言ったのです。食べて証拠隠滅すればよかったのにと」

「そういうことか」

 ブレッドさまは握手を求めてきた。

「君たちと共に捜査できたことを光栄に思うよ。クレア君」

「ありがとうございます」

 私は礼儀として握手に応じた。

「さて、この事件は記録に値すると思うんだ。そろそろ、僕たちの事件簿を世に出す気はないかね、ワトソン君」

「ブレッド男爵! 僕はジョン・ハードウィックだ!」

 憤慨するハードウィックさま。

「失礼した、ジョン。というか、君も僕の事はホームズと……」

 ああ もう、この二人は。

 なんだかんだで、仲が良いみたいだけど。



 私は賭博場カジノの女性にお礼を告げる。

「ご足労、ありがとうございました」

「いいのいいの。人を殺そうとするなんて許せないよ。しかも私に片棒を担がせようだなんて」

「ところで気になっていたのですが、どうして貴女はその格好で現れることにしたのですか?」

 彼女は証言をする時には、どうしてもバニーガールの格好でしたいといったのだが、その理由は?

「いやー、モランの奴、賭博場で話をしてる時、私の胸ばっか見ててさ。エッチな目でじろじろと。まあ、大きい胸を売りにして賭博場で接客業やってるんだけど。

 でね、いっつもエッチな目で見てた胸が、犯罪の証言をしてやったら、もう二度と大きな胸、エッチな目で見れなくなるんじゃないかなって思ってさ。それで、私の胸が一番大きく見えるこれで証言してやろうって」

 黒い。

 なんか、黒い。

 確かにこの人の証言でモランは逮捕された。

 もうモランは大きな胸をエッチな目で見れなくなるかも。

「それにしてもさー、貴女、なんか良いよね。カッコいい? いえ、麗しいって感じだね」

「う、麗しいですか?」

「うん。麗しいよ。よかったら、冒険者やめて私の所で働かない? 私、店長に推薦するよ。ほら、こんな感じの服、いっぱい着ることできるよ」

「ふえ?!」

 突然なにを言い出すの!? この人!

 私がそんな大胆な服着るなんて!

「あ、な、む、無理です! 私なんかがそんな格好できません! ほら、私、胸が、その」

「うふふふっ、そういうのが好きって人も多いんだよ。ねえ、考えてみて。こーんな大胆な格好で大勢の人に見てもらうの、すっごくドキドキするよ」

 え?

 ドキドキする?

 そんな肌の露出の多い大胆な格好を大勢の人に見てもらうの?

 大勢の前でそんな格好を……

「ポピー!」



 ポピー。学名・Papaver。植物界。被子植物。真正双子葉類。キンポウゲ目。ケシ科。ケシ属。ヒナゲシ種。



「落ち着くんだ! クレア!」

 ラーズさまが肩を揺すっている。

「ハッ! す、すいません、取り乱してしまって」

「あはははっ、冗談だよ。こんな素敵な恋人がいるのに、こんな仕事をさせるわけにはいかないよね」

「いえ、恋人だなんて。ラーズさまは旅の仲間でして。そうですよね、ラーズさま」

「え? ああ、そうだな……」

 なぜか残念そうなラーズさま。

「へ? 恋人じゃないの?」

 女性はキョトンとした表情。

「ええ、そうです。ラーズさまと私は旅の仲間です。まだ恋人ではありません」

「ふーん……」

 女性は私たちをジーと観察するように見ていたけれど、不意に面白いことに気付いたかのような笑みを浮かべた。

「そうなんだ。恋人じゃないんだ」

 あれ?

 なんか変な言い回しをしたような。

 女性はラーズさまに、

「ちょっと耳貸して」

 と耳元でなにかを囁いた。

 途端、ラーズさまは体が緊張したように強張った。

「あ、いや、その」

 うろたえているラーズさま。

 この人、ラーズさまに何を言ったの?

 女性はラーズさまの肩をポンポンと叩くと、

「私からはそれだけ。上手くやりなさい」

 そして私に、

「じゃあ、私はもう行くね。これから仕事あるし」

「あ、はい。ありがとうございました」

 女性が去った後、私はラーズさまに聞く。

「あの人、なんて言ったのですか?」

「……その……大したことじゃない」

 ラーズさまは言い難そうにしていたので、私は追求しなかったけれど、顔を赤くして様子がおかしかった。

 いったいなんだろう?

「ハッハッハッ」

「ウフフフ」

「ハハハハハ」

 みんなが微笑ましそうに私たちを見て笑っていた。

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