40・こんな痛みがなんだっていうのよ!

 カーマイル・ロザボスイが突進してきた。

 私はそれを横に跳んで難なく回避する。

 今の私は速力増強アジリティで敏捷力が上がっている状態だ。

 例え人間以上の身体能力を持った吸血鬼でも、動きをしっかり見ていれば回避できる。

「フン! やるな!」

 カーマイルは再び私に向かって突進してきた。

 私は冷静にその動きを見て回避する。

 変だ。

 私でも簡単に見極められるほど、カーマイルの動作は分かりやすく、まるで素人だ。

 もしかして、カーマイルは戦闘訓練を受けたことがないんじゃ。

 それに動きそのものも、ランクSの吸血鬼とは思えないほど鈍い。

 吸血魔猿ヴァンパイアエイプの方が遥かに素早かった。

 もしかして……

 私は自分から仕掛ける。

 魔法の炎を纏った細剣レイピアを連続刺突する。

「ガッ、グッ、ウアッ、アッ、グアッ!」

 全部命中した。

 すぐに再生が始まっているけど、命中した。

「おのれぇ」

 刺されたことで怒りを顕わにするカーマイル。

 思った通りだ。

 カーマイルはあの注射で弱点を一時的に克服し筋力を増強したけど、それは敏捷力を犠牲にしている。

 しかも 本人は それに気付いていない。

 ランクSに到達しているとはとても言えない。

 寧ろ戦闘力は下がっている。

 行ける。

 わたし一人でもカーマイルを倒せる。



「この! ちょかまかと! おとなしくしろ!」

「そんなこと言うとおりに従うバカがいるものですか!」

 私はカーマイルの攻撃を回避し続けた。

 カーマイルの体当たりを避けると、そのままカーマイルは壁に激突し、壁に亀裂が入る。

 動きは鈍いけど、攻撃力は凄まじい。

 絶対に当たらないようにしないと。

「ええい!」

 カーマイルは右拳を繰り出してきた。

 素人丸出しのテレフォンパンチ。

 私はその右拳その物に細剣を突き刺す。

「グア!」

 右手を抑えて呻くカーマイル。

 すぐに再生が始まるけど、刺突と火の痛みを感じている。

 もっとだ。

 もっと痛みを与えて、精神的なダメージを蓄積させるんだ。

「ハイ!ハイ!ハイ!ハイ!ハイ!!」

 私は連続刺突する。

 胸に、腹に、足に、腕に、顔に。

「グッ、ガッ、ギッ、ギィッ! ガァッ!」

 面白いほど命中する。

「小娘が!」

 カーマイルは私に掴みかかろうとするが、それを横にステップして避け、左腕を細剣で切り裂く。

「グオオオ!」

 骨まで届くほど左腕を深く斬ってやった私は、カーマイルから離れて間合いを取る。

「フー……フー……おのれぇ、小娘の分際で、よくもこの私に……」

 カーマイルは息を整えながら、私を睨みつける。

 最初のムカつく余裕はどこへやら、今は卑小な傲慢さを剥き出しにしている。

 しかも、その足が微かに震えている。

 どんな傷でも再生すると言っても、痛みを感じている以上、精神的に平気でいられるはずがない。

 今のカーマイルは攻撃を受けることに恐怖を感じている。

 でも、私の方も限界が近づいてきている。

 速力増強アジリティ武器魔法付与エンチャントウェポンの魔法を二つ同時に使っていることで、魔力の消耗が激しい。

 それに今までの戦いで魔法をたくさん使ったことも影響している。

 このままだと私は魔力切れを起こしてしまう。

 危険を冒してでも勝負に出る必要がある。

 私は硬質銀の短剣を抜いた。

 カーマイルの震えが治まり始めた。

 痛みによる精神的ダメージから回復しつつあるのか。

 それが完全になったとき、攻撃してくる。

 そこを狙う。

「オオオオオ!」

 カーマイルが突進してきた。

「あああああ!」

 私もカーマイルに向かって走る。

 カーマイルが両手を突き出し、私を捕えようとする。

 その手を私は頭上へ跳躍して回避。

 上昇が止まり、落下が始まる。

 落下地点はカーマイルの脳天。

 その頭に全体重を乗せて細剣を根元まで突き立てた。

「ゴエ!」

 顎から剣が突き出て、奇怪な声を上げるカーマイル。

 まだだ!

 私はカーマイルの背後に降り、その背中の心臓部分目掛けて短剣を突き刺す。

「ガバア!」

 脳と心臓を同時に攻撃した。

 いくら弱点が効いていないとしてもこれで平気でいられる!

「ゴオオオ!」

 カーマイルが背後の私にめがけて右腕を大きく振った。

 しまった!

「アグッ!」

 私はその一撃を腹に受けて、大きく跳ね飛ばされてしまい、壁に叩きつけられる。

「ガハッ」

 腹部の深い場所にまで痛みがある。

 これ、内臓をやられたんじゃ。

 カーマイルに目をやると、頭に刺さった細剣を抜き、短剣を身を捩って筋肉で押し出した。

「おお……おおお……おのれぇ……貴様、よくもこの私にこのような……私はカーマイル・ロザボスイ……不死の王ノーライフキングとなり世界の全てを手中に収める存在……バルザック如き何者とするものぞ……真なる永遠の命を手に入れた暁には平伏してくれるわぁ……」

 カーマイルはふらついた足で私に近付いて来る。

 戦闘態勢を取らないと。

「ッ!」

 体を動かした途端、私の腹部に激痛が走る。

「クッ、この……」

 痛みで体が思うように動いてくれない。

 速力増強の魔法も途切れてしまった。

 掛け直さないと。

 動くのよ、クレア。

「貴様のような小娘に私の野望の邪魔立てはさせんぞぉ……ああ……あああ……あっ……アッ、アッ、アッ」

 カーマイルの体が痙攣し始めた。

「ギギギギギ……」

 そして膨張していた筋肉が縮小し始める。

 注射の効果が切れたんだ。

 チャンスだ!

 動け!

 私の体、動いてよ!

「血だ……血を飲まなければ……」

 カーマイルが私に近付いて来る。

「くううう!」

 動け!

 一発だけでも良い!

 アイリーンさまが待ってるんだ!

 アイリーンさまを建国祭で歌わせてみせるんだ!

 こんな痛みがなんだっていうのよ!

氷風アイスウィンド投槍ジャベリン!」

 渾身の一撃を込めたそれは、吸血鬼カーマイル・ロザボスイの胸を貫いた。




 カーマイルが灰になっていく。

 中位ミドル吸血鬼ヴァンパイアは魔法の攻撃での傷は再生しないけど、一発で死ぬとは考え難い。

 もしかすると、あの注射は完全ではなく、ダメージが蓄積していたのかもしれない。

 それが注射の効果が切れたことで押し寄せ、私の魔法がとどめになったのかも。

 とにかく倒した。

 私は玉座のところへ、痛みをこらえて行くと、ボタンを押す。

 扉を塞いでいた鉄格子が上がった。

 そして次は四階研究室に繋がっている階段の扉へ向かう。

「クゥッ」

 足を進めるごとに腹部に激痛が走る。

 全身に嫌な汗が滲む。

 正直、気を失いそうだ。

 でも、意識を手放すわけにはいかない。

 早くラーズさまたちと合流しなければ。

 それにスファルさまは治癒ヒーリングが使える。

 この腹部の痛みもスファルさまなら治してくれるはずだ。

 十メートル程度の距離が、とてつもない長さに感じる。

 ようやく扉に辿りつき、扉の鍵を開ける。

 今までと違って内側からなら開けられるタイプだったのは良かった。

 そして扉を開けると、そこにはラーズさまたちがいた。

「クレア!」

 ラーズさまが私に駆け寄る。

 私はそこで全身の力が抜けてしまい、倒れそうになったが、ラーズさまが支えてくれた。

「クレア! しっかりしろ!」

「だ、大丈夫……そんな顔しないでください……」

 私は精一杯笑みを作り、勝利のブイサインを見せる。

「私、やりました……カーマイルを倒しました……」

 そう宣言した途端、腹から喉に何かがせり上がって来て、思わず吐き出してしまう。

「ゲフッ」

 血だ。

 私、吐血した。

 やっぱり内臓を痛めてたみたい。

「スファル! 治癒ヒーリングを!」

「おう!」

 スファルさまが私に治癒を掛け始めてくれた。

「まったく、おまえといいお嬢さんといい、みんな無茶するぜ」



 十分後、治療が終わり、私は動けるようになった。

 お腹に変な違和感があるけど、そのことについてはスファルさまが、

「多分、血が内臓の外側に残ってるんだろ。時間が経てば元に戻る」

 ともあれ、調査開始だ。

 先ずは、カーマイルが玉座の脇にあるテーブルに置いた小さな箱から。

 鍵がかかっていたが、それはセルジオさまが、

「ふんっ」

 と力任せに開けてくれた。

 中に合ったのはやはり一冊の手帳。

 手帳にはカーマイルの研究成果が記されていた。

 弱点を一時的に克服する薬の調合法や、猿を吸血鬼にする方法。

 そして目的の完全フル回復薬ポーションの調合法。

「やりました! みなさん! これでアイリーンさまの喉を元に戻すことができます!」

 私は嬉しくて声を上げてしまう。

「よーし! みんな! 俺の舞を見ろ!」

 突然スファル様が刀を抜いたかと思うと、踊りだした。

「よい よい よい! ほい ほい ほい! そいや そいや そいや!」

「……なんですかそれは?」

「勝利の剣舞だ」

 ああ、わかっていたけど、この人、変人だ。

「うむ、見事な舞であった。勝利を表すのに相応しい」

「ほんと、見惚れてしまったわ」

 ああ、そういえば、この二人も変人だった。



 城を出た私たちは、三匹の猫を回収。

 二百体はいた下位ロゥ吸血鬼ヴァンパイアは全滅していた。

 ちなみに最後の一体は、クロにオシッコをかけられて灰になっている最中だった。

「みんな! 無事でしたのね!」

 フッ、俺たちがやられるわけないだろ。

 クロが不敵な目で語る。

 こんなの私たちの敵じゃないわ。

 シロが余裕で毛繕いしている。

 それよりゴハンちょうだい。いっぱい運動したからお腹すいちゃったよ。

 ミケがご飯をねだる。

「うんうん。待っててください、今お腹いっぱい食べさせてあげますから」

 私は城壁の外で待たせてある馬に載せてある猫の餌を取りに走った。

 後ろでみんなが、

「ずっと気になっているのだが、クレアはどうやって猫と会話しているのだろう?」

「俺も気になってたけど、本当にどうやってんだ?」

「謎でありますな」

「まあ、クレアちゃんですから」

 とか話してるけど、なにを言ってるんだろう?

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