35・これが両手に花ってやつかぁー

 ラーズは扉を開けて中に入った。

 応接室らしい。

 大きな丸いテーブルがあり、その上に燭台に三本の蝋燭が灯っている。

 その他には葉巻入れと灰皿。

 テーブルの周りに、柔らかそうなクッションの椅子が五つ並んでいる。

 壁には酒棚があり、高価そうな酒が並んでいる。

 吸血鬼は普通の人間の食事は栄養にならないはずだが、味は分かると言うことなのだろうか。

 応接間にはもう一つ扉があり、鍵がかかっていて開けることができなかったが、部屋の配置から考えて、玄関大広間に繋がっているのだと思われた。

「ダーリン」

 キャサリンが廊下につながる扉の所でセルジオに声をかけた。

「クレアちゃんが見つかったわ」

 ラーズが喜びの声で、

「本当か!?」

「勿論です。ほら、クレアちゃん」

「ラーズさま」

 キャサリンの後ろから現れたクレアは、ラーズに走り寄ると、そのまま抱きつく。

「お、おい?」

 戸惑うラーズ。

「ラーズさま、会いたかった」

「そ、そうか」

「薄暗い地下で一人ぼっちで、私とても寂しかった。そして分かったんです。自分の気持ちに」

「なに? なにを言ってるんだ?」

「ラーズさま、お慕いしております」

 突然の告白に動揺するラーズ。

「待て。落ち着くんだ、クレア」

「待てません。ラーズさま、私、体が火照ってしかたないんです。どうかこの火照りを鎮めてください」

 潤んだ瞳で胸のボタンを外し始めるクレア。

「よせ。こんな時になにを……」



 キャサリンがうっとりとした表情でセルジオにすり寄り、

「ああ、クレアちゃんったら、大胆。ダーリン、アタシも体が疼いて来ちゃった。ねえ、良いでしょう」

 セルジオは兜の面を上げると、キャサリンの腕を撫でる。

「ふむ、わかった」

 そしてキャサリンの体を抱きしめた。

「そうよ、ダーリン。我慢することなんてないわ。たくさん愛し合いましょう」

 セルジオはキャサリンの体を強く抱きしめる。

「情熱的ね、ダーリン」

 セルジオは抱きしめる力を強くする。

「ダーリン、ちょっと痛いわ」

 セルジオはキャサリンの言葉に構わずに、力をさらに強くする。

「ダーリン、く、苦しい」

 セルジオは無言で力をどんどん強くする。

「ダ、ダーリン。や、止め、て」

 ゴキン。

 背骨の折れる音が部屋に鳴り響いた。

 ラーズは驚愕に声を上げる。

「な!? セルジオ! なんてことを!?」

「落ち着くのです、ラーズ殿下。よくご覧になりなされ」

 セルジオの両腕から解放され、床に倒れたキャサリンの体から、霧が発生し、それが治まり拡散すると、そこにはキャサリンには似ても似つかない姿の魔物がいた。

淫魔サキュバスでありますな」

「なに!? じゃあこのクレアは!?」

 クレアの姿をした者は、ラーズから離れると、一目散に扉へ向かって走った。

 しかし、

「グゲッ」

 奇怪な声を上げて、動きが止まった。

 その背中から剣先が突き出している。

 そして仰向けに倒れると、霧が発生し、その正体を現す。

 淫魔だ。

「ダーリン!」

「おお、ハニー」

 逃げようとした淫魔を刺したのは、キャサリンだった。

 セルジオはそのキャサリンの腕を撫でる。

「今度は本物であるな」

「ダーリン、偽物だってすぐにわかったのね」

「うむ、筋肉の付き方が違っていたのでな。ハッハッハッ」



「あれ? スファル殿下は?」

 キャサリンの疑問に、ラーズはスファルの姿が見えないことに気付く。

 セルジオは、

「スファル殿下も淫魔に遭遇したのやもしれませぬな」

「なら、早くスファルを見つけよう」

 と言っても、まだ調査していない場所は一ヶ所だけだ。

 廊下を曲がって奥の扉。

 ラーズたち三人は急いでそこへ向かった。



 扉を開けて飛びこむと、ベッドに腰かけるスファルがいた。

 満面の笑みで、扇情的な服の十代と思わしき可愛らしい少女を二人、腕に抱いている。

「よう、みんな。聞いてくれ。こんなカワイコちゃんが二人も俺に惚れたんだってさ。しかも二人一緒で良いから結婚してくれって。これが両手に花ってやつかぁー。アーハッハッハッ。んーっチュ。んーっチュ」

 二人にキスするスファル。

 完全に術に掛かっている。

 そのスファルの言うカワイコちゃんは、ラーズたちが飛び込んできた姿を見て青ざめた。

「スファルさま、この人たち怖いです」

「悪い事、考えてます、スファルさま」

「やっつけてください」

「倒してくださいませ」

 スファルはそれを聞いて気色ばむ。

「なんだとぉ。俺のカワイコちゃんたちになにをするつもりだ!?」

 太刀に手をかけるスファル。

 ラーズは無視して、

衝撃波ショックウェーブ・連」

 カワイコちゃん二人が、見えない拳に殴られたかのように、体が仰け反り、くの字に曲がり、弾き飛ばされ、それが終わった時、力なくベッドに倒れた。

「あー! テメェ! 俺のカワイコちゃんたちになんてことを!」

「落ち着け、スファル。おまえのカワイコちゃんをよく見ろ」

「なにぃ?」

 怒りを剥き出しにするスファルだが、一応ラーズの言うとおりに見てみる。

 すると、カワイコちゃんから霧が発生し、それが治まると、淫魔の正体が現れていた。

「……え? なに、これ?」

 事態に付いて行けないスファル。

「淫魔だ」

「え? 淫魔って……え?」

 ガマガエルの様な肌。白髪混じりのぼさぼさの髪。頬まで裂けた口から見えるのは並びの悪い歯。骨が浮き出たミイラのように痩せた体。

「おげえええ! 俺こんなのとキスしちまったよ!」

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