33・なんなのよ、こいつ

 私は洞窟を進み、マッチの本数が心許なくなってきた頃、壁や床が石造りになっている場所に出た。

 そこは壁にいくつか松明が付けられているのでよく見える。

 そして、そこには誰かがいた。

 二メートル近い、上半身裸の太った巨漢で、布で目隠しをしている。

 口からは牙が覗いている。

 吸血鬼だ。

 下位ロゥなのか中位ミドルなのかは判らない。

 手に大きな戦斧バトルアクスを持っている。

「GUUU……」

 唸り声を上げて、周囲を窺うように顔を動かしているが、目隠しをしているので見えないはずだ。

 それでも念の為、私は曲がり角の陰に隠れて姿を出さないようにしていた。

 だけど、

「GUOOOOO!」

 戦斧を振り上げて私に突進してきた。

 どうして私がわかったの!?

 私は胸中、疑念に思いつつも、転身して退避する。

 巨漢の吸血鬼は、直前まで私がいた位置に戦斧を振りおろして、床石を砕いた。

 私は硬質銀の短剣を構えて、戦闘態勢を取る。

 ラーズさまたちはいないけど、こんな敵一体くらい一人で倒せないと、完全回復薬の調合法を記した手帳を手に入れるなんて不可能だ。

 落ち着くのよ、クレア。

 大きな魔法を使えば簡単に倒せるだろうけど、城にどんな影響が出るか分からないから使ってはいけない。

 でも、あいつが吸血鬼であることには変わりはない。

 どうやって私を察知しているのか分からないけど、弱点を突けば倒せる。

 吸血鬼は私を見失ったのか、戦斧を構えて周囲を窺っている。

 よく見ると、その鼻がひくひく動いている。

 匂いだ。

 匂いで私に気付いたんだ。

 なら、風の方向に気を付けなければ。

 いえ、匂いだけじゃないかもしれない。

 音にも気を付けないと。

 あの吸血鬼は目が見えない代わりに、他の感覚が鋭くなっていると考えた方が良い。

「GUUUUU……」

 巨漢の吸血鬼は私の方向へ足をゆっくり進め始めた。

 音は立ててない。

 だとしたら 匂いを辿っている。

 よし。

 私は腰の小瓶を手に取った。

 ニンニクを付けこんだ聖水。

 聖水とは光の魔法を付加エンチャントした水で、一本作るのに丸一日かかると言われている。

 そのため 多く入手できず、ゴドフリーさまに用意していただけたのは十本。

 私が持っているのは、その内 三つだから温存しておきたかったけど、あの吸血鬼を確実に仕留めるには、この方法が一番良い。

 私は小瓶を一つ吸血鬼に向けて投げた。

「GAAAAA!」

 吸血鬼は私の動きのなにかに反応して突進して来た。

 慌てるな。

 吸血鬼の眼前に小瓶が位置したタイミングを狙って、私は魔法を行使する。

風の矢ウィンドボルト!」

 風の初級魔法。

 遠距離から攻撃できるという以外は、特に利点の無い、威力の低い攻撃魔法だけど、今は十分。

 私の狙いは吸血鬼ではなく、小瓶だ。

 小瓶に命中した風の矢は、それを砕き、中身のニンニクエキスたっぷりの聖水を撒き散らす。

「GIYAAAAA!」

 吸血鬼はそれをまともに顔に浴びて、悲鳴を上げる。

 鼻も耳も聖水を浴びたから、これで匂いも音も分からなくなったはず。

大気ウィンド切断カッター!」

 さらに私は、風の中級魔法 大気切断を行使。

 真空を作り出すことでカマイタチを発生させる魔法。

 狙いは吸血鬼の戦斧。

 戦斧に命中し、斧の部分を斬り落とす。

 これで吸血鬼に武器は無くなった。

 私は短剣を腰に構えて、吸血鬼に向かって全力で走り、体当たりするように吸血鬼の腹部へ突き刺した。

「GIA!」

「やった!」

 突き刺した個所から灰になり始める吸血鬼。

 ラーズさまたちがいなくても、一人で倒せた。

「GUOOOOO!」

 吸血鬼の大きな両手が私の首を掴んだ。

 しまった!

 私の首を万力のような力で締めあげる。

 呼吸もできない。

 この! しぶといやつ!

 私は短剣を吸血鬼の腕に刺す。

 でも、力は緩むことはなく、どんどん強くなっていく。

 このままじゃ、窒息死する前に、首の骨が折れる。

 私は死に物狂いで刺し続けた。

「GAAAAA!」

 もう、ダメ……意識が……

 私は最後の力を振り絞って吸血鬼の眼の部分に短剣を突き刺した。

「GOBOU!!」

 吸血鬼は奇怪な悲鳴を上げて手を放した。

「ウゲホッ、ゲホッ、ゴホッ」

 解放された私は咽返った。

 目から涙が出て、鼻から鼻水が流れる。

「OOOOO……」

 巨漢の吸血鬼は、短剣を刺した腕や眼、腹の個所から少しずつ灰へと変わっていった。

 今度こそ、倒した。

「なんなのよ、こいつ」

 吸血鬼なのに、弱点の銀の効果が薄かった。

 下位ロゥ中位ミドルなら、銀の武器で攻撃すればほぼ一撃で倒せるのに、十回以上 刺しても死ななかった。

 いったいどういうこと?

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