20・束になってかかって来い!

「や、やった」

「今の、なんなの?」

 キャシーさんが眼を丸くして聞いてくるが、正直、私はどう答えれば良いのかわからなかった。

 自分でも自分の身に何が起きたのか、理解しきれていなかったのだ。

 ただ分かるのは、まだ残っている魔獅子カシャームなどの魔獣を、私が引き受けることができるということ。

「キャシーさん、セルジオさま、ラーズさまの援護を。私は他の魔獣を引き受けます」

 白剣歯虎ホワイトサーベルタイガーの動きをキャシーさんの強弓コンポジットボウでけん制して、セルジオさまが巨大魔熊ドゥップと対等に渡り合った怪力で抑え込むことができれば、ラーズさまが攻撃できる。

 それにはまず、神殿の入口にいる魔獣を排除しなくては。

 しかし、倒すまでもなく、事態を見ていた魔獣たちのその眼は恐怖に彩られ、逃走を始めた。

 どうやら、白剣歯虎一体だけでは、形勢不利と見るだけの判断能力はあったようだ。

 残っていたのは魔獅子カシャームたちだけ。

 オスの魔獅子が、

「白剣歯虎様! 私たちも加勢いたします!」

「駄目だ! 貴様も撤退しろ! 戦いに巻き込まれるぞ!」

「しかし! 三獣士が倒されてしまった以上、貴方様お一人では」

「だから言っているのだ! 三獣士がいない今、俺様が倒れた後、誰がこの地を治める!?」

「白剣歯虎様!?」

「百獣の王に相応しき魔獣となれ! それに俺様はただではやられん。必ずやこの者どもを道連れにしてくれるわ!」

「うう……ご武運を!」

 魔獅子たちは体を翻すと、その場から離れた。

 残ったのは私たちと、白剣歯虎のみ。

「女神の戯言を真に受けた人間ども! 束になってかかって来い! 俺様の牙と爪の餌食にしてくれるわ!」

 私は魔法を行使する準備をする。

 キャシーさんとセルジオさまも、それぞれ武器を構え、ラーズさまに加勢しようとした。

「待て!」

 しかし、当の本人であるラーズさまが止めた。

「俺一人でやらせてくれ」

「ラーズさま!?」

「頼む」

 どうして、有利な状況を、わざわざ不利にしてまで一人で戦おうとしているのか、私には理解できなかったけど、ラーズさまのその目には揺るぎない意思があった。

「わかりました。必ず勝ってください」

 セルジオさまとキャシーさんも

「ぬう、しかたない。男が筋肉をかけているのであるのに、手出しをするのは不粋と言うものであるしな」

「ホント、男の子って筋肉がかかっているとムキになるんだから」

 いえ、筋肉は関係ないと思います。

「ありがとう」

 ラーズさまは一言感謝の言葉を述べると、白剣歯虎に向かって、半身になり両手を構えた。

「来い、白剣歯虎ホワイトサーベルタイガー

「自ら有利な状況を捨てるとは。一人で俺様に勝てるとでも思っているのか? 貴様の思い上がった身の程知らずの考え、その体に教えてやる!」



暴風ストーム!」

 白剣歯虎が魔法を行使。

 強烈な突風が巻き起こり、ラーズさまの体が吹き飛ぶ。

 しかし、ラーズさまは壁に激突する寸前、空中で体を捻り、壁に着地。

 そのまま壁を足場にして、白剣歯虎に向かって跳躍し、魔法を行使する。

空間斬撃スペースカッター・連」

 白剣歯虎は横へ走って回避するが、一発だけ後右足に命中して、小さな傷ができる。

「その技を使えるか!」

 白剣歯虎は牙をむき出しにして威嚇すると、魔法を行使した。

風の矢ウィンドボルト・十撃!」

 十発の風の矢がラーズさまに迫る。

 白剣歯虎も魔法を同時行使した!

衝撃波ショックウェーブ・連」

 ラーズさまも魔法を同時行使して、風の矢を迎撃する。

 二種類の魔法が相殺して、対消滅を起こす。

 しかし、その時には、白剣歯虎が次の行動を起こしていた。

 風の矢に追撃するように、白剣歯虎が牙を剥き出しにして、ラーズさまに跳躍していた。

 ラーズさまは回転するようにして、その攻撃をかわし、白剣歯虎の腹を蹴り上げる。

 蹴りの衝撃で空中に浮く白剣歯虎は、しかし身を捻ると、右前脚の爪を横へ切り裂く。

 ラーズさまの胸が裂ける。

「ラーズさま!?」

 私は思わず悲鳴を上げる。

「大丈夫のようである。良く見るのだ」

 セルジオさまに言われて、ラーズさまを見ると、胸から血は出ていない。

 切り裂かれたのは、皮布一枚だけの様だった。

 良かった。

 でも戦いは、やはり白剣歯虎の方が優勢の様に思える。

 白剣歯虎は攻撃を受けているけど、たいしたダメージになっていない。

 さすがにランクSの魔獣ともなると、人狼ウェアウルフ走竜ランドラゴンと違って、生身でも耐久力が高い。

 それに対して、ラーズさまは身につけているのが旅装束と黒革のコートぐらいだから、一撃でも受ければ致命傷になる。

「ふん。いくら魔法を使うと言っても、所詮は人間。身体能力に勝る俺様が強いようだな」

 勝利を確信している白剣歯虎。

 やっぱり、今からでも加勢したほうがいいんじゃ……

「みんな、外に出ていてくれ」

 ラーズさまが私たちに指示を出す。

「でも、ラーズさま……」

「大丈夫だ」

「分かり申した」

「分かりましたわ」

 了承するセルジオさまとキャシーさん。

「ちょっと、二人とも、何言ってるんですか?」

「いいから、外へ出るわよ」

 キャシーさんに手を引かれて、私は神殿の外へ出る。

 どうしよう?

 私は門の陰に隠れて様子を窺う。

「聖女どもの助力を乞えばまだ勝機はあったものを。何を考えている?」

「彼女たちを巻き込むからな」

「なに?」

時空破壊スペースタイムディストラクション!」

 強烈な衝撃波が私たちのところまで届くかと思うほどの轟音。

「ガオオオッ!」

 白剣歯虎の叫び声。

 時空破壊スペースタイムディトラクション

 時空を破壊し、その収斂によって強烈な衝撃波を広範囲に発生させる、達人級の闇の魔法。

 広範囲に発生するあれなら、俊敏な白剣歯虎でも避けられない。

「ま、まさかこれを使えるとは……」

 だけど、まだ生きている。

 ラーズさまは満身創痍の白剣歯虎の懐に飛び込むと、連続突き、連続蹴りと、連撃し、さらに魔法を行使する。

重力グラビトン!」

 重力を増加させることで一定時間ダメージを与え続ける達人級の魔法。

 重力が増加したことによって白剣歯虎は地面に伏して動けなくなる。

「グオオオ! おのれぇ!!」

 その重力の中でも立ち上がった白剣歯虎は、魔法を行使する。

大気断裂エアリアルブレード!」

 達人級の風の魔法。一直線上にいる敵を切り裂く大気の刃。

 石造りの壁が切断され、神殿の一角が崩れる。

 だけどラーズさまは、それを事前に来るのが分かっていたかのように回避していた。

次元断裂ディメイションセイバー!」

 白剣歯虎の体が上半身と下半身に分断された。

「魔王様……申し訳……ありません……」

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