8・後ろー!

 私の案内で洞窟を進む。

 ゲームを二度もクリアしているので、基本的な道は覚えている。

 内部は入り組んでいると言っても、本格的な迷路ほどではないし、それにファンタジーゲームにありがちな宝箱なども存在しない。

 ドキラブ学園2では、宝箱と言う物が存在せず、アイテムは店で買うか、敵が落とすドロップするかのどちらかだ。

 まあ、現実的に考えれば、魔物がわざわざ敵である勇者のために宝箱を配置すると言うこと自体おかしいのだ。

 そして敵はアイテムや素材以外、落とすことがなく、アイテムや素材を売却することで金銭を得るシステムになっている。

 だから私は寄り道せずに最深部へ向かった。

「そろそろ、明かりを消してください。最深部に到着します」

 私の言葉で、ラーズさまは明かりを消す。

 そして曲線を描く曲がり角から、私は最深部を窺う。

 大きな空間の奥に、四つの松明に照らされて、玉座の様な椅子がある。

 そこに座すのは青い甲冑を装備した竜人ドラゴニュート

 体躯は大柄な人間という程度。

 その体表面の鱗は深淵の青。

 蜥蜴人リザードマンに姿が若干 似ていないこともないが、正確に形容するならば、やはり竜人だろう。

 瞑想するように瞼を閉じている。

 手にするのは鏡水の剣シュピーゲル。

 剣と表されているが、かすかに反りの入ったそれは、太刀と言った方が正しい。

「あれが、魔王四天王の一人か?」

「はい。魔王四天王の一人、竜人の剣士ヴィラハドラです。そしてあの者が持っているのが、鏡水の剣シュピーゲル」

「倒さないと、手に入れるのは無理だな」

「だから、倒そうと考えないでください」



 悠長に話などしたのが良くなかったのかもしれない。

「おい、そこにいる者どもよ。隠れていないで出てこい」

 ヴィラハドラが明らかに私たちに向けて言葉を発した。

 見つかった。

「ラーズさま、逃げましょう」

「逃げるな。話がしたいだけだ」

 あ、聞こえてる。

 ラーズさまは、ヴィラハドラの言葉を受けて、臆することなく前へ進み出た。

「ちょ、ちょっと、ラーズさま」

 私が制するのも構わずに、ラーズさまは足を進める。

「人間か。人間がこの地に何用だ?」

 ヴィラハドラの問いにラーズさまは答える。

「鏡水の剣シュピーゲル。それを手に入れるために来た」

「この剣を欲するか。なにゆえに?」

「己の力を制するために」

 己の力を制する?

 どういう意味?

「この剣は魔王バルザック様から頂いた大切な剣。おいそれと渡すわけには行かぬ。この剣が欲しければ、私を倒して見せよ」

 ヴィラハドラは玉座から立ち上がり抜刀する。

 ラーズさまが半身になり拳を構える。

 あれほど言ったのに戦う気満々じゃないですか!

 いったいなにを考えてるの?!



 一瞬、ヴィラハドラの体が朧に揺らめいたかと思うと、その姿が消え、そして私が再認識した時には、ヴィラハドラはラーズさまの後方に移動していた。

 違う、姿が消えたんじゃない。

 見えなかったんだ。

 でも、いったいどういう理屈なの?

 速いわけじゃなかった。

 普通の速度だったのに見えなかった。

 だけど、ラーズさまの位置も少し動いていて、回避していた。

「今の攻撃を避けるとは、中々なの強者。戦士よ、名はなんという?」

「ラーズ・セルヴィス・アスカルト」

「ほう、聞いたことがある。同胞を無手で倒す、剣を使わぬ最強の剣士。しかし、我が刀技に無手で対抗しきれるか?」

 ヴィラハドラは正眼に構えると、次の瞬間、連続した斬戟を繰り出す。

 その動きは鋭く、しかし水のように流れて途切れることがない。

 ラーズさまはそれを回避しているけれど、いつまで持つか。

 彼は無手だ。

 剣も盾も持っていないから、直接防ぐことができない。

 それに鎧も装着していないから、一撃でも受けたらその時点で重傷を負うことになる。

 しかし、ヴィラハドラの連戟が途中で止まる。

 上段から振り下ろされた剣を、ラーズさまが腕を十字にして、ヴィラハドラの腕を直接、抑えることで止めたのだ。

 そして、そのまま力比べが始まる。

 力任せに真っ二つに斬り落そうとするヴィラハドラ。

 押し返すラーズさま。

「ふん。やるな。ならば、これはどうだ?」

 ヴィラハドラが言うと同時に、私は警告する。

「後ろー!」

 私の警告が届くや否や、ラーズさまは防御していた腕を解くと、地面を転がって回避した。

 そして、振り下ろされた斬撃が、前と後ろから二つ、ラーズさまが直前まで立っていた地面を切り裂く。

「「ふむ、警告の前に動いたか」」

 その言葉を発する者は二人いた。

 ヴィラハドラが二人いる。

 これが一人では勝てない理由。

「ラーズさま! 逃げましょう! ヴィラハドラは分身体ドッペルゲンガーを作ることができるのです!」

「分身体だと?」

「そうです! 幻術イリュージョンの魔法ではありません! 実体を持っているのです! しかし本体は二つの内のどちらか! それを見極めるのは不可能! 二つ同時に相手をしなくては勝ち目はありません! それが一人では勝てない理由なのです!」

「知っていたのなら、最初に言ってほしかった」

「そんなことより早く逃げましょう!」

 ヴィラハドラは不敵な笑い声を上げる。

「「フッフッフッ、いまさら見逃すわけにはいかぬ。このような強者を相手にするのは久しぶりでもあるしな」」

 あー! 絶望的!

「クレア、問題ない。これなら対応策はある」

「「ほう、私を二つ同時に相手にして勝算があると?」」

「ああ」

 ラーズさまは改めて構えをとると、一言呪文を唱えた。

加速ヘイスト

 ラーズさまの姿が消えた。

「「なに!?」」

 ヴィラハドラが驚きの声をあげたと同時に、一体が弾かれるように飛ばされ、壁に激突する。

 続いて二体目が、なにかの打撃を受けているのか、体を何度も弾かれる。

 加速ヘイスト

 生体時間を加速させることによって対象の速度が飛躍的に増加する魔法。

 魔力の属性が闇でなければ使えない、基本的に魔物が使う上級魔法。

 走竜を倒した時のあの速度は、この魔法を使ったからなんだ。

 ラーズさまの連撃を浴びたヴィラハドラの一体は、その姿が消滅する。

「こっちは、本体ではなかったか」

 そして壁に叩きつけられたヴィラハドラが立ち上がる。

「貴様、なぜ我ら魔物の力である闇の魔力を持っている?!」

「知らん。生まれつきだからな」

「ふん、まあいい。貴様が予想以上の強さを持っていることだけはわかった。ならば、これはどうだ!?」

 ヴィラハドラの姿が二つ増えた。

「って、分身体は一つまでじゃなかったの?!」

 ゲームではヴィラハドラは一つまでしか出現しないはずだった。

 それなのにどうして?!

「「「行くぞ!」」」

 三つのヴィラハドラがラーズさまに攻撃を仕掛ける。

 実質三対一。

 三体の連続斬撃を、速度で回避し、時折攻撃するラーズさま。

 三対一の数対速度。

 どうしよう?

 このままじゃラーズさまがやられてしまう。

 そうなれば、世界は魔王に支配される。

 私も加戦するべき?

「手を出すな!」

 ラーズさまが考えを見抜いたかのように、私に叫んだ。

「一人でやらせてくれ」

 どうしよう?

 一人で戦う気だ。

 これで手を出したら、勝っても怒るだろう。

 でもラーズさまが倒されたら、ゲームのシナリオが崩れてしまう。

「「「ふむ、加勢は求めないか。見事な信念。その信念に対し、全力で応じよう!!!」」」

 三体のヴィラハドラが改めて剣を構え、一斉にラーズさまに疾走し、ラーズさまを取り囲もうとする。

 だけど、ラーズさまは加速の魔法で生体時間そのものが早くなっている。簡単に囲まれたりはしない。

 それに対してヴィラハドラは、単純に囲みこむだけではなく、連携して攻撃を繰り出してくる。

 なにせ同じ意思の下、一つの思考によって、三つの存在が動くのだ。

 まったく別人の三人が連携するよりも、遥かに練度が高い。

 数で勝るヴィラハドラと、速度で勝るラーズさま。

 お願いだから勝ってください、ラーズさま。

 でないと、魔王が世界制覇してしまいます。

 ラーズさまは右側のヴィラハドラへ残像が残るほどの速度で間合いを詰め、振り下ろされた刃を紙一重で回避すると、中段右回し蹴り。

 腕で防御したヴィラハドラだけど、衝撃で弾き飛ばされ、真ん中のヴィラハドラと衝突する。

 左側のヴィラハドラが、その二体を飛び越え、ラーズさまの頭上から刀を振り下ろすが、ラーズさまは後ろに後退して避けた。

 ラーズさまから見て、三体のヴィラハドラが一直線に並んだ。

その瞬間、ラーズさまが魔法を行使した。

次元断裂ディメイションセイバー

 空間そのものの位置がズレて、景色が少しだけ分断され、それが元に収まると、三体のヴィラハドラの体が袈裟切りに切断されていた。

「「「み、見事……」」」

 ヴィラハドラは息絶えて倒れ、残りの二つの分身体が消滅した。

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