4・詰んでしもうてんねん

 意識を取り戻した時、私は馬車の上で両手に鉄枷を付けられ、さるぐつわを噛まされていた。

 しかもこの鉄枷、魔法封じが施してある。

 馬車と言っても幌はなく、鉄製の牢が剥き出しになっている。

 手の自由が利かず、魔法も使えず、もし自由だとしても、牢に入れられた状態。

 これでは逃げることなどできず、声も出せない。

 見渡せば周囲は荒野。

 馬に乗っている十数人の兵士と攻略対象の四人がいる。

 リリア・カーティスの姿は見えないが、多分、一台だけ並んで進んでいる高級な箱馬車の中にいるのだろう。

 三十分ほどして馬車が止まった。

 私は兵士に乱暴に馬車から降ろされ、地面を引き摺られる。

 っていうか、いくら処刑されるからって女性に乱暴しないでよ。

 学園でも容赦なくボディブローしてくれたし。

 しかし私が抗議の声を上げようとしても、さるぐつわをされている状態では、出るのは呻き声ぐらい。

 そして見えてきたのは大きな峡谷の姿。

 通称、竜の谷。

 この国の罪人の処刑方法の一つが、竜の谷に自ら飛び降りさせること。

 自分で飛び降りなければ、処刑人が槍で突き殺してから落とす。

 そして槍に突き殺されるくらいならばと、多くの罪人が僅かな生存の確立に賭けて自ら飛び降りる。

 そんなことをしたところで、高層ビルから飛び降り自殺するのと変わらないのに。

 しかも、奇跡的に墜落死を免れたとしても、竜の谷はその名の通り、野生の竜が多く生息していることで有名だ。

 自由落下の末に地面に激突して、運良く生きていたとしても、飢えた竜が多数生息している地域を、無事 脱出できるか否か。

 うん。

 無理。

 なにからなにまでゲームと同じ状態。

 あかん、詰んでしもうてんねん、って怪しげな関西弁も使いたくなる。



 峡谷の淵まで引き摺った兵士は、私を力任せに立たせると、離れていく。

 代わりに現れたのは、オルドレン王国の紋章が描かれた覆面の大男。

 処刑執行人だ。

 四人の攻略対象が、私に侮蔑の眼を向けている。

 そしてリリア・カーティスは怯えた様子で、リオン王子に縋りつくように、ぴったりと体をくっつけている。

 リオン王子……いや、もうリオンって呼び捨てでいいや。

 リオンが安心させようとしてか、リリアの肩に手を回し、優しく語る。

「怖がることはない、リリア。おまえに害をなした者は、もうすぐこの世からいなくなる」

 いや、怖がってないよ、絶対。

 気を失う直前、確かに見たんだからね。

 勝ち誇ったあの嫌味ったらしい薄ら笑い。

 間違いない。

 リリア・カーティスも転生者だ。

 学園に入学する以前からその可能性は考えていた。

 私が前世の記憶を思い出したように、他にも前世の記憶を思い出した人物がいるかもしれない。

 それがゲームの登場人物の中にいる可能性も、そしてヒロイン、リリア・カーティスである可能性も。

 でも 学園に入る前も、入学しても、在学中も、尻尾は掴めなかった。

 少なくとも、今迄に彼女は自分が転生者であるかのような発言はしなかった。

 だけど、その行動と結果に、私は疑念を抱かざるを得なかった。

 四人の攻略対象の心を見透かしていなければ、あるいはあらかじめ知っていなければ、到底不可能なこと。

 王子と三人の上位貴族の子息の心を捉え、自分の取り巻きにする。

 しかも四人とも争うでもなく、リリアに心酔している。

 これってミサキチが言ってた逆ハーレムエンドよね。

 リオンエンドしかクリアしていなかった私は気付くのが遅れた。

 そして確認しようがなかった。

 だって、そうでしょう。

 私、前世の記憶を持ってる日本からの転生者で、ここはゲームの世界なの。あなたも転生者なのよね。私、気付いてるんだから。

 なんて言えるわけない。

 そんな言動をして、しかも間違ってた日には、痛い子確定。

 なにこの子ー? 前世少女ってやつー? 可愛そー。

 ああ もう、みんながどういう視線を向けてくるのか、簡単に想像がつく。

 しかし、そんなことを考えているうちに卒業式が来てしまい、今、追い詰められている。



 処刑執行人は太い槍を私に向けた。

 なにやら息を荒くしているあたり、興奮しているらしい。

 危ない奴だ。

 処刑執行人の仕事に就いたのって、合法的に人を殺せるからって理由じゃないでしょうね。

 リオンが侮蔑と嫌悪の眼で、私に向かって叫ぶ。

「クリスティーナ・アーネスト! そこから飛び降りろ! 貴様に少しでも罪の意識があるならば! もっとも貴様にそんな高尚なものがあるとは思えんがな!」

 だったら やらせるな。

 攻略対象の一人が、血が通っているとは思えないほど冷酷な眼で、

「早くすませましょう。あのような汚らわしい者が一秒でも長く存在することなど、不愉快極まりない」

 もう一人が憎悪と憤怒の表情で、

「そうだ、迅速にするべきだ。でなければ、俺の手で八つ裂きにしてやりたいという、この怒りを抑えきれなくなりそうだ」

 弟が悲しそうな眼で、私に向かって言う。

「姉さん。どうかお願いします。自ら命を絶ってください。それが姉さんに残された唯一の贖罪です」

 実の弟にまで死ねと言われた。

 誰一人 味方がいないこの状態。

 やるしかない。

 わずかなチャンスにかけて飛び降りるしか。

 でも、足が震えて動かない。

 早くしないと、槍で刺し殺される。

 処刑執行人が、殺人欲求を抑えきれなくなったのか、槍を大きく引いた。

 突き刺してくる!

 跳べ!



 クリスティーナ・アーネストが崖から飛び降りた。

 やった。

 やったわ!

 全キャラ攻略した!

 ハーレムエンドよ!

 クリスティーナが悪役令嬢らしい行動を全然しないのに気付いた時は物凄く焦ったけど、でもわたしはやり遂げたわ。

 攻略対象のことは全部覚えてるし、色々細工もしたけど、とにかくゲーム通りに進めた。

 みんなの悪口を、クリスティーナが首謀者だってことにしたし、階段から突き落とされたのだって、自分からわざと落ちただけなのよね。魔法でクリスティーナの幻まで作って目撃させて。

 植木鉢を落とされるのも、ゲームのイベントにあったことだから、いつどこで起こるか覚えてたし、それでわざと狙われやすいように自分から行っただけなのよ。ちゃんと目撃されるよう、下級生の女を校庭に呼んで置いてね。

 犯人はクリスティーナじゃなくて、リオンたちとわたしの仲を嫉んでる頭の悪い女だって知ってるけど、ヒロインのわたしをケガさせようとしたお仕置きは、後回しにすればいいわ。

 毒を手に入れるのも簡単だった。学園の校庭に毒花が咲いてるなんて誰も思わないよね。これもゲームのシナリオ通り。

 暗殺者もわたしが自分で雇ったのに。

 それに暗殺者を死ぬように仕向けたのも私。

 皆は自殺だって思ってるけど、わたしが手に入れた毒を、みんなが見ていない隙に飲ませただけなんだよね。

 でも、誰も気付かない。

 だって、わたしは清純無垢なヒロインなんだから。

 わたしってば頭良いー。

 クリスティーナには悪いことしちゃったけど、しかたないよねー、悪役令嬢なんだし。

 でも、どうしてゲームみたいにちゃんとわたしの邪魔をしなかったのかしら?

 やっぱり彼女も転生者?

 うん、きっとそうだわ。

 もしかしたら、わたしを陥れて、自分がヒロインになろうとしたのかも。

 そうだわ、絶対そうよ。

 主役のわたしを差し置いてヒロインになろうだなんて、なんて女なのかしら。

 でも、もうこれで大丈夫。

 悪役令嬢のクリスティーナは処刑されたし、これからわたしはみんなを幸せにするの。

 そして聖女になるのよ。

 あーあ、クリスティーナってば処刑されちゃってカワイそ。

 でもしかたないよねー、悪役令嬢なんだし。

 わたしはヒロインに転生してホント良かった。

 アハハハ。

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