第34話 森崎さくら 10

 プレシズ当日。

 朝、なっちゃんがホテルの前まで送ってくれた。

 あたしは衣装を持って、いざ中へ。



「おはようございます。」


 エレベーターで22階に上がって、大勢の人がいるフロアに立つと、一瞬…変な空気が流れた。


「えーと…シェリー…ね。ちょっと、いいかな?」


 実行委員の一人が、あたしを呼んだ。


「…はい?」


 その人はあたしを控室の前まで連れて行くと。


「…Deep Redのニッキーと…付き合っているっていうのは…本当かな?」


 低い声で、そう言われた。


「ああ…はい。」


「…今日、彼は…その…来るのかな?」


「え?」


 どうして、そんな事聞くんだろう?


「来ますけど…」


 男の人は困ったような顔をして、一旦人の集まっている場所に走って。

 少しして…また戻ってきた。


「シェリー、君の順番なんだけど、トップはどうかな?」


「は?あたし、4番目でしたよね?」


「う、ううううん…でも、ちょっと事情が…色々…」


「……」


 彼氏がDeep Redのニッキーだから。

 当て馬から外せ。って事?


「そ…」


 あたしが言葉を出そうとした瞬間。


「そんな困ります!!」


 背後で、大きな声がした。


「今更順番変更なんて、困ります!!」


「いや、君…これには色々ね…」


「どうしてですか!?彼女が有名人の彼女だから!?」


「あああああ、いや…」


「……」


 天下のプレシズって…ほんっと、腐ってる。


 実行委員の人に任せようと思ったけど…やめた。


「すみません。あたし、トップだとバンドメンバーが揃わないので、予定通りでお願いできますか?」


 嘘だけど。


「……」


 実行委員の人達は、困ってた。

 困ってたけど…

 他の出演者や、その関係者の怒号に負けて。


「…分かりました。当初の順番で…」


 何とか、元に戻った。



「…ふん…何がDeep Redよ。」


 カチン。


「彼氏の名前でステージに立てるなんて、羨ましいわ。」


 カチンカチン。


 …くっそ~…!!



 控室に入ると、そこには煌びやかな衣装が…

 小さく溜息をつきながら、鏡の前に座る。


 ドン


「あら…失礼…」


 クスクスクスクスクスクス。


 …なんなのよ…ほんとに…

 どうやらあたしの敵は、出演者だけじゃないらしい。

 この部屋にいる、出演者が連れて来てるメイクや衣装を担当してるスタッフも。だね。


 …リハーサルまで、まだ時間あるし…

 外にでも出るか。


 エレベーターで下に降りて、外に出ようとすると…


「あっ…あの…」


 フロントで、声を掛けられた。


「はい?」


「髪の毛に…」


「え?」


 頑張って伸ばしたあたしの髪の毛には。

 ガムが、ベッタリとついて、髪の毛が残念な感じに絡まってる。



「…どうも。」


 教えてくれた人に、ニッコリ笑って。

 あたしはホテルを出る。


 腐れプレシズめ!!

 見てろ!!



「さくら。」


 ホテルを出たところで、声をかけられる。

 振り返ると…


「丹野さん。」


「何やってんの、おまえ。もう入りの時間じゃねーの。」


「…早速やられちゃって。」


 あたしが髪の毛を見せると。


「…マジかよ…」


 丹野さんは、あたしの髪の毛を手にして。


「…許せねーな。」


 ホテルを見上げた。


「ちょっと、切って来る。」


「え?」


「バッサリ。」


「お、おい…何も切らなくても…」


「ううん。なっちゃん、出会った頃のあたしの髪型が好きだから。」


「……」


「先に行ってて。」


「…さくら。」


「?」


「ロビーで待ってる。」


 丹野さんは、笑顔。


「…うん。分かった。」



 ナオトさんちで二度、みんなで打ち合わせをして。

 丹野さんと、浅井さんは…二人でカプリのステージを見に来てくれた。

 FACEの三人は25歳。

 Deep Redのみなさんには、どうしても敬語になっちゃうんだけど…

 丹野さん達には、友達みたいに喋れちゃう。


 特に丹野さんは、あたしの事…歌を聴いてすぐに呼び捨てし始めて。


「廉、チャレンジャーやなあ。」


 って、浅井さんに言われてたけど…


「一緒にステージに立つんだぜ?別に構わねえよなあ?」


 丹野さんは、笑いながらそう言った。


 丹野さんはなっちゃんより4つ年下だけど…お兄ちゃんみたいな存在だなって思う。


 ホテルに近いサロンを見付けて、あたしはそこでバッサリと髪の毛を切った。

 …残念ながら、すごく幼くなっちゃったけど…

 なっちゃんが、この髪型好きだし…ま、いっか。


 ホテルに戻ると、一階のロビーで丹野さんが待っててくれた。


「お待たせ。」


「……」


 丹野さんは、ボブカットになったあたしを見て…無言。


「…どうせ、ガキみたいだとか思ってるんでしょっ。」


 唇を尖らせて言うと。


「いやー…こっちのが似合うぜ?」


 って、頭をポンポン。

 ふふっ…ほんと、お兄ちゃんみたい。


「あ、ねえ…丹野さん。」


 あたしは、ギターを担いだ丹野さんを覗き込んで言う。


「ん?」


「ガムの事…内緒にしててくれる?」


「…え?なんで…」


「出来るだけ、みんなに嫌な想いさせたくないの…って、丹野さんはもう見ちゃったから、ごめん。」


「……」


 丹野さんはしばらく真顔で何か考えてるみたいだったけど。


「…おまえって…16のクセに抱え込み過ぎ。」


 そう言って…あたしの頭を抱き寄せた。


 …丹野さんって…こういうの、さらっとやるよね。

 本当に日本人?


 ふふっ。




「えっ。なっちゃん、もう来たの?」


 開場までに来るとは言ってたけど…

 まさか、こんなに早く来るなんて。

 FACEのみんな…控室にいるかなあ…


「さくら…髪の毛…どうした?」


 あ。

 そうだった。

 忘れてた。


「ん?切っちゃった。どう?」


「似合うよ。俺はこっちのが好きって、ずっと言ってただろ?」


 なっちゃんはそう言って、あたしの腰を抱き寄せた。

 …ふふっ。

 嬉しそうな顔してる。


 ハグをして、キスした。


「リハ、どうだった?何歌ったんだ?」


「ん?映画音楽のやつ。すごく歌いやすかった。本番楽しみ。」


 ほ…ほんとは、サウンドチェックだけして、歌わなかった。

 ごめん…なっちゃん。

 映画音楽の曲も、今夜は歌いません!!


「…いい度胸してんな…」


「毎日なっちゃんに聴いてもらってたんだもん。怖いものなんてないよ。」


「……」


 あたしがそう話してる時…


「…らしいよ…」


「…って…本当?」


「…で…なんだって…すごいよね…」


 なっちゃんの耳は、すでに周りの声を拾ってた。

 あー…やば…


「…さくら。」


「大丈夫よ、なっちゃん。」


「…え?」


「あたし、何言われても平気なの。」


「…さくら…」


「大丈夫。なっちゃんの株を下げるような歌、あたしは歌わない。」


「そんな心配は要らない。俺は…」


「安心して聴いてて?」


「さくら…」


「だって…あたしを歌わせるのは…」


「……」


「愛以上の物なのよ?」


 本当に。

 怖い物なんてないよ。


「…まいったな。俺はおまえを尊敬するよ。」


 なっちゃんが、あたしの前髪をかきあげる。

 あたしはガッツポーズをして。


「レストランシンガーの意地、見せてやるっ。」


 言い切った。



 それから…あたしは別室でナオトさんの変装を手伝った。

 実は、FACEの面々はナオトさんがキーボードを弾くのを知らないらしい。


「なんで言わないんですか?」


 打ち合わせも一緒にしてたし、てっきり知らせてるのかと思ってた。


「深い意味はないよ。ただのサプライズ。」


 そう言って、ナオトさんはニッコリ。


 …前から思ってたけど…

 ナオトさんって、ちょっと天然だよね…

 そして、なんて言うか…

 謎の多い人のような気もする…

 でも。

 ナオトさんには、本当に感謝だ。


 なっちゃんも言ってたけど、ナオトさんの存在って…バンドにも、なっちゃんにも…すごく大きい。



「さくらちゃん。」


 ヒゲをつけてると。


「会場を、あっと言わせるついでにさ。」


 ナオトさんは、ニヤリと笑って。


「ナッキーの度肝も抜いてやろうね。」


 すごく…楽しそうに、そう言った。





『今日は、ここに5名の初々しく素晴らしいアーティストが登場します!!彼らはプレシズに名を残すアーティストになれるかどうか!!さあ!!皆さん、温かい拍手を持って、お迎えください!!』


 プレシズが始まった。

 まずは全員がステージへ。

 客席は…うーん…やっぱり違うよね。

 Lipsみたいに狭くないし、カプリみたいにどうでもいい格好の人はいないし。

 みんなフォーマルで、どこから見ても金持ち!!みたいな集まり…


 …なっちゃんは…どこかなー…

 あっ、いたいた。


 ステージ中央に向けて歩きながら、あたしはなっちゃんに手を振る。

 すると、なっちゃんは『ぷっ』って感じで吹き出しながら、あたしに手を振り返した。



 一旦ステージを降りて、控室へ。

 すると、そこではFACEのみんなが変装したナオトさんと『初対面』中。

 …本当に気付いてないのかな…

 あたしは笑いを我慢して、みんなの隣を通り抜けると。

 鏡に向かって立って…お腹の前で指を組んで…目を閉じた。


 そして…If it's Loveを小さく口ずさんだ。



 …怖くないって言ったらウソになる。

 だって…あたしの足、ほら…震えてるよ。

 でも…なっちゃん、来てくれてる。

 いつもみたいに…あたしの歌、聴いてくれる。

 それも、すごく楽しみにしてくれてる。


 大丈夫。

 守ってくれてるよ。

 …愛が。



「さくら。」


 丹野さんがあたしに声をかけて。


「そろそろ出番だぜ。」


 あたしが振り向くと…みんながあたしを見てた。


「うん。」


 すうっと息を吸って。


「ぶちかましてやる。」


 そう言うと。


「口の悪い歌姫やな。」


 浅井さんが、笑った。



『次のアーティストは、街の人気者!!シェリー!!』


 ステージから、司会者の声が聞こえる。

 少し…緊張…と思ってると…


「さくらちゃん。」


 背後から、ナオトさんのひそひそ声。


「…はい?」


「ここはカプリ。いつもよりすこーし…贅沢なカプリ。」


「…ふふっ。はい。」


「それとさ…」


「はい?」


「廉の奴、さくらちゃんの事呼び捨てるなんて…ナッキーに挑戦状でも叩きつけてんのかな?」


「え?」


「さくらちゃんを見る目が、男になってる。」


「……」


 あたしは口を開けて、ナオトさんを見た。

 い…今、そんな事言う!?


「なっななな…」


「俺の勘は当たるんだよ。廉の奴、さくらちゃんの事、好きだね。」


「……」


「さ、ステージ行こうか。」


 …ナオトさんが変な事言うから…

 ステージへの緊張なんて…どっか行っちゃったよ…



 セッティングが終わって、ステージへ駆け出る。


『こんばんは!!シェリーです!!今夜は一緒に盛り上がりましょう!!』


 そして…

 あたしは歌い始めた。

 なっちゃんがバンドを始めたキッカケになった、Deep Redの絆の曲。


『Burn』を。





 あー!!もう!!

 どうしよー!!


 ナオトさんのキーボードは当然だけど…

 FACEのみんなの演奏も、サイコー!!

 しかも…


『Burn~!!』


 コーラスまでバッチリだなんて~!!

 自分で歌ってて鳥肌だよ!!

 何コレ!!

 いつもより声出るし、動けるし、ずっと歌っていたーい!!



『みんな!!一緒に楽しもうよ!!』


 二曲目は『I Feel The Earth Move』


 …なっちゃんとしてる時…あたしの頭の中で、この歌がグルグル回る。

 恋してるって言われた時は、嬉しいけど困るって思ってたクセに…

 体の関係なんて、無理!!って思ってたクセに…

 今じゃ、顔見ただけで…声聞いただけで…名前呼ばれただけで…

 抱きしめられたい。

 抱かれたいって思っちゃう。


 たぶん…この歌を知った時と今じゃ、あたしの感情移入が違うだけに、歌い方も全然違うと思う。



 三曲めは『Joy to the World』


 これはカプリでも歌ってる曲。

 だんだんステージ前に人が集まって来た。

 楽しい!!みんな踊ってくれてる!!

 ヤバいよ~!!



『ふう…熱いっ。みんな、盛り上がってる!?』


 前髪をかきあげながら言うと、どういう事…?

 それまでの出演者達が、ステージ前に集まって来た。

 …何々?


「シェリー、あなたの歌、とても素敵!!あたし達も一緒に盛り上がっていいかしら!?」


 …えっ!?

 うわあ!!嬉しい!!


「…おい、さくら…」


 丹野さんが小声で何か言いかけたけど。

 あたしは、一人の手を引いてステージに上げようとして…


 パシャッ


『あ。』


 あたしの白いワンピースの胸元に。

 ワインがかかった。


「あっ、ごめんなさい!!どうしよう…!!」


「……」


 …これ、わざとじゃないよね?

 手が…滑ったんだよ。

 うん。

 大丈夫。


『次の曲、聴いて下さい。』


 あたしはニッコリ笑うと、次の曲『All through The Night 』を歌い始めた。

 歌いながらゆっくり客席に降りて、テーブルに置いてあった花を手にした。


 大丈夫よ…あたし。

 こんなの…なんて事ない。


 そばにいた男の人に、マイクを持ってもらおうとすると…


「……」


 あ。

 この人…


 目が合って。

 その人、あたしに笑顔を向けた。

 カプリで、絵ハガキくれた人だ。

 あたしはその人のネクタイピンを借りて、花を自分の胸に飾った。

 それから…その人の胸ポケットにも、挿し込んだ。

 マイクを受け取って、ステージに戻る。


 …もっと…ちゃんとした形で、この曲を歌いたかった。

 ありきたりなラヴソングかもしれないけど…

 あたし達に終わりなんてないから。


 もっと、ちゃんと…歌いたかったな…。



 何とか…嫌がらせはワインぐらいで済んでる。

 当て馬にしては、いいステージが出来てる。

 そんな気がする…

 このまま、ちゃんと終わればいいんだけど…


『次が最後の歌にな』


 プツッ


「…え…」


 突然、会場の照明が落ちた。


「何だよこれ…」


 丹野さんと浅井さんが、近寄って来て。


「…どうする?」


「……」


 何なのよ…プレシズ。


 最後の曲は…盛り上がる曲を用意してた。

『What A Feeling』だったんだけど…

 この状況見てたら…違う曲を歌いたくなった。


 少しだけ途方に暮れたけど。

 …二階堂で、夢も知らずに育って来たあたしが、こんな場所に立ってる。

 …それだけでも、すごい事だよね…

 そう思えて。


「次がー!!最後の歌でーす!!」


 あたしは、大声で言った。


「ナオトさん、アコギあったっけ。」


「…あるよ。」


「えっ?ナオトさん…?え!?えーっ!?」


 あたしに言われて、やっとナオトさんに気付いたFACEの三人を笑いながら。

 あたしはギターを担いで客席に降りた。



 客席では、テーブルにキャンドルを灯してくれたり。

 ライターを掲げてくれたり。

 …なんだ。

 お客さんは、まともだなあ。



「こんな事になったから、曲変えるね。一緒に歌ってもらえたら嬉しいかも。イマジン。」


 頭とヒロに…歌った曲。

 あたしは会場を歩きながら歌った。

 自然と道ができて、みんなは知らない者同士でも肩なんか組んでて。

 ちょっと笑っちゃったけど…今、この瞬間は平和だなあ…なんて思った。


 歩いてると、みんな一緒に歌ってくれて。

 ほんと…こんな風に、みんなが仲間になって。

 世界が一つになればいいのに。

 そう思った。



 歌い終わる頃に、照明がついた。

 あたしはステージに戻ると。


『どうもありがとう!!シェリーでした!!』


 生き返ったマイクに向かってそう言うと、ステージを駆け下りた。



「さくら。」


 控室の前で、なっちゃんに腕を取られた。

 だけど…あたしは振り向けなくて…


「…さくら?」


「…悔しい…」


「……」


「なんで…こんな晴れ舞台で…」


「…おまえ、サイコーだったけどな。」


 振り向けないままでいるあたしを、なっちゃんはゆっくりと抱き寄せて。


「…All Through The Nightで廉とハモってたのは、ちょっと妬けた。」


 耳元で、そう言った。


「…ふっ…」


 悔しくて、止まる事のない涙。


「どの曲も、アレンジカッコ良かったな…ほんとお前って…」


 髪の毛にキス。


「どこまでも…俺を刺激しやがる。」


 涙を拭って…目元にキス。


「さくら。」


「……」


「俺は、おまえを誇りに思うよ。」


「…っちゃ…」


 なっちゃんは優しく笑うと…両手であたしの頬を包んで。

 ゆっくり…キスをした。

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