第35話 高原夏希
プレシズ以降…
さくらの人気はうなぎのぼり。
毎日カプリが大盛況な上に、いくつかの音楽事務所からお偉いさんも来たらしい。
だがさくらは。
「あたし、カプリ専属なので。」
と、一蹴したそうだ。
…もったいないが、さくららしいかな。
「いよいよ来週だな。」
俺がカレンダーを眺めながら言うと。
「…毎日言ってるね。」
さくらは首をすくめた。
「楽しみで仕方ない。」
「……」
「…どうした?」
「え?」
「顔色悪いぞ?」
「…ううん。大丈夫。ちょっと疲れただけ。」
そう言えば…
毎日カプリにさくら目当ての客が来るようになって。
最近では、ランチタイムの他に、16時にもステージに立っている。
「無理し過ぎじゃないか?」
腰を抱き寄せて言うと。
「来週休みもらってるから、今は文句言えない。」
さくらは俺の首に腕を回して。
「大丈夫。若いから。」
ギュッと抱きついて来た。
…ああ…いい香りがする。
「さくら…」
さくらの胸元に顔を埋めると…
「あ…今日はちょっと…疲れてるから休んでいい…?」
「……」
「…ごめん。」
「いや、悪かった。そうだよな。毎日2ステージこなしてるのに、家の事もちゃんとやってくれて…」
いかん。
踏ん張れ…俺の理性。
「このままベッドに行こう。」
さくらを抱えて寝室に行き、ゆっくりとベッドに降ろす。
前髪をかきあげて額にキスすると、さくらは嬉しそうに目を細めた。
「…愛してるよ。」
「…あたしもだよ?」
「おやすみ。」
「…おやすみなさい…」
…プレシズで…
目の前で、あんなにセクシーに…そうかと思えばすごく熱く…
ラヴソングを熱唱されると。
当然、俺の中にある…さくらを独占したい気持ちは…いつもに増して大きな物になった。
しかも…この髪型がな…
また、可愛いんだよな…
すでに寝息をたててるさくらの前髪を、指で分ける。
…初めて出会った日を思い出すと…もしかすると、俺はあの瞬間から恋に落ちていたのかもな…なんて思う。
歌ってるから、見に来てくれ。なんてさ。
なかなか俺にそんな事言う奴、いないからな…
来週、リトルベニスで式を挙げて…
こっちに戻って、さくらの誕生日に入籍する。
…あれだけ、結婚する気のなかった俺が…まさか、だ。
さくらに独占されたい。
さくらだけに、愛され続けたい。
さくら。
どうか…
一生、俺のそばにいてくれ。
カレンダーを見るのが楽しみな毎日。
いくら見た所で、予定が早まる事はないと言うのに。
あと四日、あと三日。
待ち遠しい事がある時ほど、時間が経つのが遅い。
明後日、いよいよリトルベニスに出発する。
浮かれてる俺は、さくらの変化に気付かなかった。
「…さくら?」
「……」
「…どうした?」
「…なっちゃん…」
「どうした?泣いてるのか?」
「……」
ベッドの中。
さくらが珍しく背中を向けて寝てると思ったら…
肩が震えていた。
「…何かあったのか?」
「……抱いて…」
「…どうした?」
「…怖いの…」
「怖い?何が…?」
さくらは俺にしがみつくと。
「…幸せすぎて…怖い…」
小さくつぶやいた。
「……」
俺は小さく溜息をつくと。
「さくら。」
さくらを抱きしめたまま、起き上る。
涙を拭いて、髪の毛を耳にかける。
そのまま、ゆっくりと頬を撫でた。
「…何も変わらないよ。」
俺は、さくらの目を見つめて言う。
「今までと…同じだ。」
「……」
「死ぬまで、ずっと変わらない。」
「……なっちゃん…」
さくらは俺に抱きつくと。
「…愛してる…なっちゃんを壊してしまいそうなほど…愛してるの…」
背中に回した手に、力をこめながら言った。
「…俺は壊れないから。さくらが思うだけ愛してくれ…」
「なっちゃん…」
深い、深いキスをして。
さくらはまるで、俺の体の全てを愛してると言わんばかりに…全身に唇を這わせた。
「さくら…」
愛されている。
そう思った。
錯覚なんかじゃない。
これが夢だとしても、これは…目が覚めても醒めない夢だ。
俺とさくらは、夫婦になる。
リトルベニスで、ドレス姿のさくらは、どんなに可愛らしいだろう。
それを考えただけで、ここ数日は幸せに浸れた。
さくら。
約束するよ。
一生、おまえを笑顔でいさせるって。
式の最中…
もしかすると、俺は幸せのあまり…泣いてしまうかもしれないな。
さくらは笑うだろうか。
そんな…晴れやかな数日後に夢を馳せていた俺は。
さくらが、どんな気持ちで俺の腕の中にいたかなんて…
知る由もなかった。
朝、目覚めると。
そこにさくらはいなかった。
「…さくら…?」
リトルベニスに旅立つために用意した、さくらの荷物は、そこにはなくて。
「さくら‼︎」
俺は…一人、取り残された。
目が覚めても、醒めないはずの夢は。
「さくら……‼︎」
目が覚めると。
…消えて去っていた。
27th 完
いつか出逢ったあなた 27th ヒカリ @gogohikari
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