第33話 森崎さくら 9
「では、これで説明会は終了です。」
プレシズに出演するシンガー五人と、実行委員会の人達のミーティングが開催された。
何だか、とても本格的な人達ばかりで驚いた。
そもそも、プレシズを詳しく知らないあたしは。
久しぶりにLipsに行って…ショーンに聞いてみた。
「プ…プレシズに出る!?」
「うん…」
もれなくショーンも驚いた。
「やったな‼︎シェリー‼︎」
そして、喜んでくれて。
色々教えてくれた。
元々は、ホテル・ファレディナで開催されていた富裕層のパーティーに、プロのミュージシャンを集めて演奏させてたところ…
これはコンテストにした方が、ミュージシャンも士気が上がるはず。と、いつの間にか出演者の中でもランクがつけられる事になった。
金持ちのバカ騒ぎだ。と、非難の声が上がるかと思いきや…
『プレシズに出演して、自分の力を試したい!!』
『プレシズでトップに立って、名を売りたい!!』
そうして…プレシズはだんだんと『金持ちのパーティー』から、『ミュージシャンの夢のイベント』になったらしい。
その出演者を決めるのは、実行委員会のメンバーがアメリカ中を一年かけて歩き回り。
五名、もしくは五バンドに絞るらしい。
そして、そのプレシズには…音楽事務所やレコード会社の関係者が、わんさか来るらしい。
無名のシンガーには、デビューの道が。
プロには、さらなる大舞台が約束される…と。
「…あの子じゃない…?」
「ふふっ…よく見つけて来たわよね…」
……何だろ。
あたし、注目されてる…っぽいけど。
書類を見てた顔を上げて、周りを見渡す。
どうも…クスクス笑われてるみたいなんだけど…
感じ悪いなって思いながら、あたしはレストルームへ。
すっごく広くてきれいで、落ち着かないなあ。なんて思いながら。
あたしは個室に入った。
「見た?さっきの子。」
「ああ…例のレストランシンガーね。」
…レストランシンガー?
あたしか?
「彼女が?」
「たぶんね。」
あたしが何!!
「その情報、どこから仕入れたの?」
「サインに来た日、実行委員の人達が話してるの聞いちゃったのよ。当て馬が初日にサインしに来たって。」
「当て馬って、どういう事だろ。」
「人選の時に、一人だけ劣る子を選ぶんですって。その方が他のミュージシャンも引き立つし、何より…最優秀者の契約に有利になる順番で出されるらしいから。」
「えーっ、何でそんな事?」
「最優秀者と契約する会社から、がっぽりマージン取れるらしいわよ。」
………えーと。
つまり。
あたしがプレシズに出れるのは。
…最優秀者の引き立て役…と。
「見た目子供だったし…可哀想ねえ…」
そう言いながら、笑い声が聞こえる。
「そうね…レストランシンガーって…ふふっ…田舎者だわ。」
………プチッ。
手にした書類を見つめる。
『誇り高きプレシズ』
…何が誇り高き…だ………!!
話し声が遠くなって。
あたしはドアを開ける。
「…やってやろうじゃないの…」
自分の事みたいに喜んでくれた人達のためにも。
…誰よりも…
あんなに、はしゃいで喜んでくれた、なっちゃんのためにも。
絶対…負けない!!
なっちゃんは今日、一人で雑誌の取材。
もらったスケジュール表にそう書いてあったのを見て。
あたしは…ナオトさんの家を訪ねた。
メンバーがオフなのは、調査済み。
「あの…」
庭にいるナオトさんに声をかけると。
ナオトさんは、じっとあたしを見た後。
「………さくらちゃん?」
まん丸い目で、言った。
「はい。えっと…ご無沙汰してます。」
ペコリ。と、お辞儀。
「ほんと、久しぶりだね。元気?」
「はい。あの…ちょっとお願いがあって…」
「ん?」
たぶん…なっちゃんって…
あたしの事、みんなに話してないよね…
それには何か、理由があるのかもしれないけど…
「あの、できれば…なっちゃんに秘密にしてもらいたいんですけど…」
庭先じゃあ何だから…って。
リビングに通されて。
今、奥さんが不在だから…って、ナオトさんはあちこちに電話して…
あれよあれよと…
「よー。」
「おっす。」
「何?何の企み?」
Deep Redのメンバーが集まった…!!
ああ~…どうしよう…
こんなつもりじゃなかったんだけど…
「…こちらは?」
お三方が…あたしを見る。
「ああ、ナッキーの彼女。」
ナオトさんがあたしをそう紹介して。
「はじめまして…さくらです。」
ぺこり。
「………もしかして、今一緒に暮らしてる…?」
ベースのゼブラさん…ね。
「あ、はい…」
「もしかして…シンガー?」
ドラムのミツグさん…
「あ…全然下手ですけど…」
「若いな~。いくつなん?」
ギターのマノンさん…
「え…えっと…」
「愛美より一つ上だったよね?て事は、23?」
ナオトさん…ごめんなさい…
「…すいません。本当は16です。」
「……」
「……」
「……」
「……」
「…16だと何か問題が?」
あたしが低い声で言うと。
「あ…いや、えーと…」
ナオトさんが困ってる。
「あの時は、21って言わなきゃ歌わせてもらえなかったから。」
「…って事は、バーで歌ってたのは14の時って事?」
「はい。」
「ナッキーは知ってたの?」
「いいえ。」
また…沈黙が流れた。
「……いつも呼んでるようにして、話しますね。たぶん、おかしく聞こえちゃうかもしれませんが…」
あたしが小さく言うと、ナオトさんが。
「…『なっちゃん』、ね。」
優しく笑った。
「…あたし、彼が有名人って知らなくて…ボイトレしてもらってたんです。」
「ナッキー、自慢そうに言ってた。育てるのが楽しいって。」
ナオトさんの言葉に、少し和む。
「14だって告白した時、なっちゃん…すごく困ってました。あたしの事、21だと思って好きになってくれたし。」
あの夜を思い出すと…今も胸が痛む。
なっちゃんは、あたしが14だと打ち明けると、無言になって困った顔をした。
そして…何も言ってくれなかった。
「それでも…悩んだ末に、一緒に暮らす事を選んでくれて…おかしな事告白しちゃうけど…その…あたしが16になるまで、本当に…大切にしてくれて…」
あたしの妙な告白を、メンバーのみなさんは…真剣に聴いてくれてる。
「…あたし…プレシズに出るんです。」
「えっ!?」
四人は大きな声で驚くと。
「すげえやん!!もしかして、めっちゃ金の卵ちゃうん!?」
マノンさんは大興奮。
「いや、あ…あの…」
「ん?」
「あたし…当て馬らしくて。」
「……当て馬?」
あたしは、トイレで聞いた一部始終をみんなに話した。
「…でも、あたし…負けたくないんです。」
手をギュッと握る。
「なっちゃん…すごく喜んでくれた。自分の事みたいに。」
「……」
「だから、純粋に…なっちゃんには楽しんでほしいんです。」
「…それで、俺たちは何をすればいい?」
「あ…」
四人は優しい笑顔で。
「何日?」
「あっ…さ…3月1日です。」
結局…3月1日は夕方まで色々スケジュールがあって。
特に、マノンさんとリズム隊のお二人は、夜まで予定が。
「俺、ナッキーと同じぐらいか…早めに上がれるな。」
唯一ナオトさんが笑顔でそう言ってくれて。
「プレシズ出てみたかったし。何でも弾くよ?」
もったいないお言葉ー!!
でも…
「バンドの人達に、譜面の提出しなきゃいけないんです。」
「ああ…譜面書けないんだっけ?書こうか?」
「いえ、アレンジを…したので、ちょっと意見をもらえたらと…」
「へえ、アレンジもしちゃうんだ。」
「負けたくないんです。」
「……」
それからあたしは、世界のDeep Redの面々に。
選曲した歌のアレンジを話して。
「…さくらちゃんって言ったっけ。」
「はい。」
「…ナッキーが刺激受けるわけやな…」
「本当にな…」
「え?え?」
キョトンとするあたしに、みなさんは。
「ここ二年ぐらいの、あいつの創作意欲半端ない。さくらちゃんの影響だな。」
そう言って、笑った。
その後あたしは、なっちゃんに秘密にしたまま…
「ああ、ええな。これでイケるんちゃう?」
「なるほど…斬新なアレンジだな…」
なっちゃん以外のDeep Redメンバーどころか…
「よし。こっからここまでのソロ、はしょって…俺がここ弾く。」
そう言って、ペンをプラプラさせてるのは…FACEのギタリスト、
「俺のギターソロを披露する日が来るとはな。」
そう言って笑うのは…同じくFACEのボーカリスト、
「その廉のソロデビューがプレシズってのもなあ。」
そして、この方も…FACEのベーシスト、
ドラムは、FACEのサポートメンバーのアレンに頼むことになった。
…なんだか大それた企みになってしまって、あたしはほんのり汗をかきそうだ…
元々は、ナオトさんにアレンジを聴いてもらうつもりだけだったのに…
プレシズには、お抱えのプロのバンドがあって。
ソロシンガーは彼らをバックに歌うか、自分でバンドメンバーを従えて行く事になっている。
最初はバックバンドに頼もうか…って思ってたんだけど…
「当て馬だと、バンドも信用できないんじゃないか?」
ナオトさんの意見に、皆さんも同意されて…
こんな展開に…。
「さくらちゃん、なんでこの曲選んだの?」
ナオトさんが、あたしのセットリストを見ながら言う。
「…あたし、Deep RedがDeep Purpleで繋がったって知らなくて…」
「ははっ、マジで?すっげ有名な話なのにな。」
丹野さんが笑う。
「ま、それだけナッキーは、さくらちゃんとはオフの高原夏希として接してたって事だよな。」
ナオトさんの、優しい声…
「…今思い出しても恥ずかしいんですけど…」
「うん?」
「あたし、初めてなっちゃんに会った時、自分はロックシンガーだから、ライヴを見に来てくれって言っちゃったんです。」
あたしの告白に…
「ぷっ…」
あたしに背中を向けてた、ゼブラさん達までもが吹き出した。
「あ…あ、失礼…でも…ふふっ…」
「……」
「……ぷはははははは!!ナッキーを知ってたら、確かに言えないわな!!」
…ごもっともです…
「…そしたら、なっちゃん…本当に来てくれて。」
「意外と真面目だからなあ、あいつ。」
「…その時、あたし、カバーバンドのライヴで。」
「うん。何の?」
「…Deep Peopleっていう…Deep Purpleのカバーバンドで…」
「……」
「……ぷぷーーーーっ!!ぶははははは!!」
…やっぱ、そうだよね…
ウケちゃうよね…
「しかも…彼が初めて聴いたあたしの歌、Burnだったんですよね…」
「……」
「……」
あれ。
誰も笑わない…
「それじゃ…」
ナオトさんは自分が書いてた譜面から顔を上げると。
「さくらちゃんとナッキーも、俺らとナッキーみたいに、Burnで繋がったんだ。」
何とも言えない…目で言ってくれた。
回りを見ると、みんなも…すごく優しい顔…
「ぶっちゃけ、16って聞いた時は、おいおいナッキー!!思うたけど…年齢どうこうやないなあ…」
マノンさんが、首をすくめる。
「ほんと。ナッキーが認めるシンガーって事だからな。」
「シンガーってだけじゃないだろ。ナッキー、仕事終わったらすっとんで帰るし。」
「ほんっと、付き合い悪いよな。」
「えっ…あ、す…すみません!!」
「ははっ、冗談だよ。むしろ…ナッキーが幸せで良かった。」
「…え?」
ミツグさんの言葉に、あたしはみんなを見る。
「知り合った頃から、ナッキーはいつも誰かのため、バンドのために動く奴だったからさ…」
「あー、そうそう。俺もどんだけ世話んなったかなあ…」
「ああ、間違いない。マノンが一番世話になって迷惑もかけてる。」
「なんやねん、みんな…」
「ナッキー、さくらちゃんに愛してるって言う?」
ナオトさんに真顔で聞かれて…
「え…」
あたしは…キョトンとしながら…
「…ま…毎日…言ってくれます…」
赤くなって答えた。
「じゃ、間違いない。」
「…間違いない…ですか?」
「ああ。ナッキー、今まで誰にもその言葉言えてなかったから。」
「……」
「これ、ほんと。一番は常に音楽だったから。」
見渡すと、Deep Redの皆さんが『うんうん』って頷いてて。
何だか…あたしは、胸がいっぱいになる。
「…あたし、頑張ります…あ…でも、その前に…」
「ん?」
「あたしの歌…聞いてないのに、引き受けてもらって…良かったんですか?」
あたしの問いかけに、Deep Redの皆さんはまた…
「ぷっ……ぷはははは!!」
ふきだした。
「…え?え?」
戸惑うあたしとFACEのメンバーに。
「ナッキーもさ…歌う前に、俺とナオトとゼブラに言ったよな。」
「そうそう。俺をメンバーに入れてくれ!!ってな。」
ミツグさんとゼブラさんが言った。
「ま、ナッキーがボイトレしてんねやろ?間違いないって。」
マノンさんがそう言って立ち上がって。
「プレシズ、当て馬が大逆転する所、見せたろやない。」
ニッと笑って言ってくれた。
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