第30話 森崎さくら 6
なっちゃんと暮らし始めて、一年が過ぎた。
…早いなあ…
愛に溢れた毎日で、あたしは本当に…幸せで。
これ以上なんて望めないって言うか…
望むのが怖い。
だから…なのかなあ…
何も変えたくないって気持ちがずっとあって。
…いまだに…キスもしてない。
サマンサに相談したかったけど、年が明けた頃にアンディが転勤になって、サマンサは彼と共にこの街を去った。
…寂しかったけど、頑張ってねって笑顔で見送った。
一緒に暮らし始めた記念日には、なっちゃんがホテルのディナーに誘ってくれた。
堅苦しいのは嫌か?って聞かれたけど、ほんの数時間なんて、我慢できないわけがない。
ましてや、なっちゃんと一緒のディナーだもん。
それに、記念日。
なっちゃんが…その日を大事にしてくれたって気持ちが嬉しかった。
いつも家の事をきちんとしてくれて、ありがとうって言ってくれた。
何だか…くすぐったかった。
トレーラーハウスでの食事も楽しいけど、いつもと違う雰囲気も楽しめた。
なっちゃんはフォークとナイフの使い方もスマートって言うか、すごく綺麗で。
そういうの見ると、ちょっと…
今まで大人の女の人とばかり付き合ってたのかなあ…
こういう所に、よく来てたのかなあ…
なんて、余計な事を考えたりもしたけど。
そんな事、あって当然だよね。
うん。
今はあたしと居てくれるんだもん。
昔の事は、昔の事でしかないよ。
それから一週間後の…4月4日。
今日は…あたしの誕生日。
「なるべく早く帰るから。」
「えー、ちゃんと仕事が終わってから帰ってよ?」
「…どうかな…」
「なっちゃんっ。」
「あはは。冗談だよ。ちゃんと仕事してから帰るって。」
いつものように、外に出てなっちゃんを見送る。
見上げると、今日は朝からいい天気…!!
「よし。洗濯しよっと。」
いつも通り、片付けをして洗濯物を干して。
カプリに行って、歌を歌った。
『温かい拍手、ありがとう。実は…今日、あたし…誕生日なんです。』
ステージの上でそう言うと、大きな声で『おめでとう!!』と、あちこちから声がかかった。
…嬉しいな。
あたしは…今日で16歳。
…結婚できる年齢になった。
なっちゃん…今夜、プロポーズしてくれるのかな…なんて…
ちょっとだけ、期待…してるようなしてないような…
結婚願望のない彼が、この一年…あたしと暮らして、何か変化はあったかな…?
…キスもしてないのに、こんなの望む方がおかしいのかな…
でも…あたし…
今夜求められたら…
絶対、応えちゃうと思う。
むしろ、どうして求めてくれないんだろう…って。
たぶん…ずっと思ってたんだと思う。
髪の毛も伸ばしたし…
胸が大きくなるストレッチっていうの…試したり…
テレビに出てくる、色っぽい女優さんのポーズや歩き方を勉強したり…
まあ…全然効果はないんだろうけど。
「シェリー、誕生日おめでとう。」
ステージから降りると、いつも来てくれるおじさんが、紙袋を抱えてやって来た。
「えっ?プレゼント?」
「ああ。今、急いで買って来たんだ。気に入ってくれたらいいけど。」
紙袋の中身は、薄いピンクに大きな白い花がプリントしてあるTシャツだった。
「わあ…可愛い。嬉しいな。」
「俺はシェリーの大ファンだからね。これからも応援してるよ。」
「ありがとう。」
すると…その後ろから。
「シェリー、今日も良かったよ。誕生日おめでとう。」
「マーク…ありがとう。」
ガソリンスタンドの店員、マーク。
実は…もう二度告白された。
彼氏がいる。って断ってるけど、いつもステージを見に来てくれる。
…悪い人じゃないんだけどね…
あたしには、なっちゃんがいるから。
そして…
「こんにちは。」
「…え。」
突然、日本語で話しかけられた。
「たまたま出張で来てたんですが…いいステージを見せてもらいました。」
「あ…ありがとうございます。」
こっちで会う日本人は、みんな背が高いなあ…なんて思いながら、その人を見上げる。
「誕生日プレゼントらしき物は…ないんですが…」
その人はカバンをゴソゴソとあさると。
「あ、これ…」
「?」
「これで、日本を懐かしんで下さい。」
そう言って…絵ハガキを差し出した。
「わ…きれい…」
その絵ハガキは、金閣寺と、東京タワーと…桜の花。
「あたし、さくらって名前なんです。」
「え?そうなんですか?」
「はい。平仮名だけど。」
「…ピッタリな名前ですね。」
「シェリー、ちょっと。」
「あ、はーい。」
オーナーに呼ばれて、あたしはその人に。
「これ、ありがとう。」
笑顔でお礼を言う。
「…また、来ます。」
その人は優しい声でそう言った。
スプリングコーポレーション。
その人の持ってる紙袋に、そう書いてあって。
確か…そんな名前の、日本で一番大きな映像の制作会社が、最近こっちに進出して来たってニュースを見たな…なんて思い出した。
カプリの帰りに、買い物をして。
両手いっぱいの買い物袋を持って、家に帰った。
自分の誕生日に料理なんてしなくていいって、なっちゃんは言ったけど。
先週贅沢させてもらったし、何より…あたしは炊事が苦じゃない。
Deep RedのCDを聴きながら、あたしはゴキゲンに料理をする。
夕方には、ケーキも届いて…
こんなに幸せな誕生日…生まれて初めてだよ…って。
一人で感激してた。
夜になって…なっちゃんは予定より少し遅く帰って来た。
「ただいま。」
「おかえりー。」
目の前に…チューリップの花束…
わああああ‼︎
「ありがとう!!なっちゃん!!」
嬉しくて…嬉しくて…!!
あたしは、なっちゃんに抱きついた。
それから、ケーキにロウソクを立てて…願い事を…
…願い事って…一つじゃないといけないのかな…
なっちゃんが健康でありますように。
なっちゃんが毎日幸せでいられますように。
なっちゃんが自由に歌っていられますように。
なっちゃんが…
…二階堂のみんなが、幸せになれますように…
あたしは、願いを込めて…火を吹き消した。
他愛もない話をしながら、料理を食べた。
二人で洗い物をして、それぞれシャワーして。
コーヒーを飲みながら、今日のあたしのステージの話をした。
「プレゼント、もらっちゃった。」
「ほお。」
「Tシャツと、バラの花束と、日本の絵ハガキ。」
「日本の絵ハガキ?」
「うん。日本から出張で来た人だって言ってた。何もないから、これ見て懐かしんで下さいって。」
あたしが絵ハガキを見せると。
「金閣寺は…行った事ないな。」
なっちゃんは、ハガキを表にしたり裏にしたりしながら言った。
「あたしもないよ。」
「…この桜、きれいだな。どこの桜だろ。」
「ね…ほんと…」
二人で、顔をくっつけるようにして…絵ハガキを見た。
そうしてると…
「…じゃ、俺からも…その男達に負けないプレゼントを。」
なっちゃんが、あたしの大好きな笑顔で言った。
「えー。そんなの、なっちゃんが一番に決まってるじゃない。」
「分からないぞ?つまんないって言われるかもしれないしな…」
「何?どんなプレゼント?」
ああ、なんだろ。
ワクワクしちゃう。
なっちゃんは、ソファーの下に置いてるアコースティックギターをケースから出すと。
「さくらのために作った曲。」
「…え?」
「If it's Love」
そう言って…
英語の歌を歌い始めた。
誰もが、俺の愛し方を『それは愛なのか?』と言うだろう。
だけど俺は、胸を張って言える。
愛だ。
いや。
愛以上だ。
愛以上なんだ。
最初は…何が何だか分からなくて。
え?え?
なっちゃん…何歌ってるの?
それって、あたしの気持ちだよね?
…って…
なっちゃんの声は、Deep Redのニッキーとは違って。
シャウトもない、ハイトーンでもない。
優しい、語りかけるような歌い方。
あたしの知ってる…『なっちゃん』の、声…
あたしの目から…とめどなく涙が溢れて。
もう、これ以上愛せないよ…って思うほど。
なっちゃんを愛してるって思った。
「16歳、おめでとう。」
「…なっちゃん…」
なっちゃんが、あたしの頬を包んで…
「愛してるよ。」
「…あたしも…」
ゆっくりと、唇が近付いた。
もう…拒む理由なんてない。
本当は…ずっと触れたいって思ってた、なっちゃんの唇。
だんだん…キスが深くなって来て…
腰を抱き寄せられて…膝の上に座らされた。
もう…あたし、ダメだ。
なっちゃんが欲しい。
自分でも驚いた。
まさかあたしが…こんな気持ちになるなんて…って。
なっちゃんは優しくあたしの体中にキスをして…
愛してるって、何度も言ってくれて…
すごく、大切に…あたしを抱いてくれた。
幸せで…すごく幸せで…
もう、これ以上なんて望めるはずがないのに。
あたしは、少し…欲張りになってた。
…プロポーズ…待ってたのに…
…してくれなかった。
って。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます