第26話 森崎さくら 2

 世界が違う。


 そう思って…あたしはなっちゃんに、サイモンにもLipsにも来ないで。って言った。

 何となく…自分の中で自制心が働いたから。

 これ以上一緒にいたら…あたし、自分が自分でいられなくなりそうだもん…


 それに、あたし…

 嘘ついてるし。


 そう思うと、なっちゃんが素性を隠してたのなんて、可愛く思える。



 あたしなんか…二階堂の事は絶対話せないし…留学中だって言ったのに、学校行ってない時点で怪しさ満点。

 それに…21だって言い張ってるけど…

 本当は……


 14歳だし…。




 クリスマスイヴ。

 Lipsは大盛り上がり。

 あたしはその熱気で熱くなった体を冷まそうと、外に出た。

 そこへ…



「さくら。」


「…ヒロ…」


 久しぶりのヒロが、いた。


「……」


「いい加減、一度帰って来いよ。」


 ヒロはため息交じりにそう言った。


「…帰ったら…もう…」


 こっちには、戻れないよね。

 口には出さなかったけど、あたしはそんな顔をしたのだと思う。


「そんな事ないから。」


 …やっぱりヒロには分かっちゃう。

 あたしが…何をどう考えてるか。



「だって、訓練所の規約にも書いてあったでしょ?二階堂を辞められるのは、養子縁組か結婚で、それも頭が認めてくれないとダメだし…」


「それは前例がないからだよ。ちゃんと話し合ってみるべきだ。」


「…やだ。」


「さくら。」


 駆け出そうとしたけど、すぐに腕を掴まれた。


「離して!!」


「言う事聞けよ!!」


「離してったら!!」


 ヒロの手を振りほどこうとすると…


「さくらちゃん!!」


 突然…なっちゃんが走って来た。


「…なっちゃん…!!」


 ヒロが怯んだ隙に、あたしはなっちゃんの胸に飛び込む。


「…もう知らないからな。」


 ヒロは低い声でそう言うと、暗がりに消えた。


「…知り合いか?」


 ヒロが走り去った方向を見ながら、なっちゃんが言った。


「…知らない。」


「でも、最後の言葉は知ってる風だったけど。」


 …そうだけど…

 でも…言えないし!!


「…なんでここにいるの?来ないでって言ったのに…」


「…まだ怒ってる?」


「……」


「傷付けたのは…本当、悪かった。でも、君が孤児だからとか、そういう理由で隠してたわけじゃない。」


 …もう、そんなの…どうでもいい。

 本当は、ここに来てくれたの…嬉しいし。

 だけど、バツが悪くて、あたしは拗ねた顔のまま。

 それなのに…離れたくなくて。

 なっちゃんの腕の中で…どうしていいのか分からずに、もぞもぞと頭を動かしたり…



「…ちょっとした…出来心と言うか…」


「何それ…分かんない…」


「さくらちゃんが可愛かったから…俺の事知らないなら、知らないままでいてくれたらな…とも思った。」


「…意味わかんない…」


「Deep Redのボーカリストとしてじゃなく、高原夏希として一緒に居たかったんだ。」


「……」


 …ヤバい。

 今の…すごく嬉しかったかも…。



 なっちゃんは、あたしを抱き寄せたまま…


「どうやら俺は…君に、恋をしているらしい。」


 そう言った。


「え……」


 一瞬、耳を疑った。


 …恋?

 あたしに?


「困る?」


 遠慮がちな声に、あたしは…戸惑った。

 だって…

 恋って…


「…困る…」


 あたしが小さくつぶやくと。


「…そうか…そうだよな。」


 なっちゃんからは、小さな溜息が漏れた。


「でも…」


「……」


 それまで、やり場に困ってた手を…

 なっちゃんの背中に回した。


「でも、すごく嬉しい…」


 …うん…

 すごく、嬉しい。



 だけど…

 ねえ、なっちゃん。



 …恋って、どういうもの…?





 あたしに恋をしてる。と言ったなっちゃんは。

 本当に忙しいのだろうね…

 サイモンにもLipsにも来なかった。

 …仕方ないよ。

 仕事が忙しいんだから。

 分かってる。



 ……でもさあ?


 あたしに恋してるんだよね?

 恋してるんだったら、会いたくなるんじゃないの?

 実際、ミシェルは彼に会いたいがために、彼の仕事が終わるのが深夜であろうが、それに合わせて会いに行ってるもん。


 …いや…でも、そんな時間に会いに来られたら…あたしは困るな。

 そんな風にされる筋合いもないって言うか…

 だって、あたしは…?

 なっちゃんに恋してるって言われて、すごく嬉しかった。

 その前に言われた…


 ーDeep Redのボーカリストじゃなく、高原夏希として一緒に居たかったー


 あの言葉…

 すごく、すごく嬉しかった。



「さー、みんな集まってー。」


 開店前。

 店長が声をかけた。

 そう言えば今日は…アレを決めるって言ってたっけ。


 アレ。

 大晦日に、近くのビルで開催されるカウントダウンパーティーに出店するスタッフ。

 大晦日なんだから…家族や恋人と過ごしたいよ…って、みんな愚痴ると思ってたのに。

 なぜか、色めきだって出たがってる。


「言っておくけど、アーティストがそのパーティーに参加するって可能性は低いからね。」


 店長の言葉に『えー』とか『なんだ~』とか、落胆の声が上がった。


「…えっと…どこのパーティーだっけ?」


 小声でミシェルに聞くと。


「ほら、一本向こうの通りの音楽事務所。あそこのパーティー。」


「……」


 Deep Redが所属してるって言う…?


「くじで決めるわよ。この中にある○が書いてある紙を引いた人が、パーティーに行くように。」


 …くじ?


 店長は紙コップの空き箱の上をくりぬいた物を手に、わさわさと振った。


 …紙…


「じゃ、あたしから引くわね。」


 ミシェルが引いた。


「あ~!!残念!!」


 え。行きたかったの?

 彼と過ごしたかったって…


「…ラッキー。」


 ミシェルはあたしの隣に来て、何も書いてない紙を見せると。


「ふふっ…」


 それをエプロンのポケットに入れた。


「……」



 くじ引きは続いてて。


「当たった!!」


 ガッツポーズをしてるのは…アンディ。

 確か、バンドしてるって言ってたっけ。

 ちょっとキザな感じで、あたしは全然仲良くない。


「アンディ、行きたがってたもんね~。」


 ミシェルがそう言うと、アンディは紙の○印にキスをしながら。


「運使い果たしたって言われてもいい!!」


 大げさに喜んだ。



 それから、続けて四人がハズれて…


「当たったわ!!」


 サマンサが、当たりを引き当てた。

 …これで、当たりはあと一人。


「…じゃ、あたし引きます。」


 あたしは…箱に手を入れて…


「…あ。」


「あら、決まり。じゃ、サマンサとアンディとシェリーに決定ね。」


「俺、新商品が広まるよう、頑張ります!!」


「あたしも、失敗しないように頑張って来ます!!」


「…頑張りま~す…」


「シェリー、もうちょっとやる気みせてね!!」


「はぁ~い。頑張りまぁす♡」


「あはは。可愛い可愛い。」


 チクチクチクチクチクチク。

 罪悪感…たっぷり。

 行きたかった人、ほんっとごめん!!

 あたし、頑張るから!!



「店長、それ、片付けておきますね。」


「ああ、よろしくシェリー。」


 余りくじの入った箱を手にして、バックヤードに向かう。

 人がいないのを確かめてから、残った○印のついた一枚を…ちぎり捨てた。



 あたしは、ミシェルのポケットから抜いた紙に。

 アンディが広げた○の印を見て、レジにあるペンで同じように○を書いた。

 それを袖口に忍ばせて…くじを引く時に、取り出した。


 …恋かどうかは分からないけど…


 年が変わる瞬間。

 なっちゃんと同じ空間に居れたらいいな…


 なんて、思った。





「すっげーなー。」


 バンドをしてるアンディが、口をあんぐり開けてビルを見上げた。


「あんた、本気でプロになる気?」


 サマンサが腕組みをしてアンディに言った。


「バンドマンなんて、売れなきゃただのヒモよ。」


 サマンサ…この前まで意気込んでたのに。

 どうしたのかな?


「自称バンドマンの彼氏にフラれたらしいぜ。」


 アンディが耳打ちしてきた。


「…ふうん…」


「聞こえてるわよ。」


「……」


「それに、フラれたんじゃないわ。あたしが、捨てたの。」


 サマンサは頭の上に『プンプン』って文字が見えそうな感じ。


「ちょっと売れたからって…それが永遠に続くわけじゃないのにさ。バカよ。女をとっかえひっかえできるって、変な夢見ちゃってさ。」


「女をとっかえひっかえ…?バンドマンって、そんなにモテるの?」


 台車で出店道具を運びながら、サマンサに問いかける。


「人によるわよ。でも、あたしの彼はボーカルで目立ってたから…どうしてもモテたし…」


「モテたし?」


「いい気になりやがったわ。」


「……」


 ボーカリストは…

 目立って、そして…いい気になりやがる…のか。



「バカだな。それがバンドマンの特権だろ?俺だって、売れたら女をとっかえひっかえする予定だぜ?」


「バカじゃない?地獄に落ちれば?」


「…売れてる人って、みんなそうしてるのかなあ?」


「売れてるなら、特に入れ食いじゃないのか?」


「入れ食い…」


 あたしの頭の中には、なっちゃんが両手を広げて。

 駆け寄ってくる女の子達を嬉しそうに…


 ……抱きしめる姿は、想像できない。


 なんだろ。

 あたしと会ってるのが、オフのなっちゃんだとして…

 素の、高原夏希さんだとして。

 彼は…意外と真面目だよね。

 美形だし、目立つけど…地味な感じもする。

 約束したら、絶対あたしより早く来てるし…

 言葉も全然乱暴じゃないし…


 何より…

 あたしの事、さくらちゃん、って。

 優しく呼んでくれる。



 …もし、入れ食いするような人だったら…

 ハグして、恋してるって…そんな告白…しないよね?

 だって、27歳だよ…?

 そんな告白、恥ずかしいって思うんじゃないかな…?



「どれぐらい来るかな~、有名人。」


 バンドマンの彼にフラ…彼を捨てて、不機嫌そうだったサマンサも。

 開催時間が近付くと、化粧直しに余念がなかった。

 …なっちゃん、来ないかなあ…



 来るかどうかも分からないのに、あたしはなっちゃんにメモを書いた。

 1月5日が休みだから、一緒にランチしない?って。

 …来なきゃできない約束だけど…



「あーっ!!残念!!」


 追加商品を取りに店に帰ってたアンディが、悔しそうに戻って来た。


「何?」


「Deep Redのメンバーが、車で出てくの見たんだー。あー残念!!」


 …そっか。

 帰っちゃったか…。



 少し残念な気持ちになりながら、スタート時間が来た。

 そこからは…戦場さながら。

 新商品、カリカリベーコンバーガーの香ばしい匂いに釣られて並ぶ人が後を絶たず、結局途中でヘルプの電話を入れて、さらに二人来てもらった。

 あれだけ有名人に会いたがってたサマンサも、目の前に人気タレント(アンディ情報)が立っても気付かないぐらいだった。



「どうしてここに?」


「え?」


 追加のバンズを持って急いでると、声をかけられた。

 …なっちゃん!!

 一緒に商品を運んでたアンディが…さすがになっちゃんに気付いて。


「え…もしかして…ニッキー?」


 あたしとなっちゃんを、交互に見てる。


「仕事中なので、詳しくはこれを。」


 あたしはメモをなっちゃんに渡すと、アンディの体を押しながらブースに戻った。


 ドキドキドキドキ。


 仕事をしながら、さりげなくなっちゃんを探す。

 すると…


 OK


 なっちゃんの口が、そう動いた。


 …うわあ…嬉しい!!

 あたしも、同じようにOKって返す。


「おまえ…ニッキーと友達?」


 アンディが小声で聞いて来た。


「…誰?それ。」


「さっき話してたよな?Deep Redのニッキーだよ。」


「え?あたしの先生だよ?」


「…あれ…?人違いだったかな…」



 それから間もなく、カウントダウンが始まった。


「一旦ストップね。」


 会場の照明が落ちて、ビルの外に光るネオンが眩しかった。

 あたしは忍び足でなっちゃんに近付く。


『Happy New Year!!』


 外には、打ちあがった花火。

 みんな、それに夢中。


「…見事な忍び足だな。気付かなかったよ。」


 あたしに気付いたなっちゃんは、苦笑い。


「明けましておめでと。」


 あたしはそう言って…なっちゃんの頬にキスをした。


 恋…?

 ううん、分かんない。


 だけど、そうしたかった。

 年が変わって、一番のキスは…

 なっちゃんにしたかった。



 …て言うか。

 頬にでも。

 あたしのファーストキス。

 なんだけどね。


 ありがたく思えよー。


 おっさん。

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