第3話 高原夏希 3
ダリアに置いてもらったカセットも、順調に売れた。
店長は、俺たちのカセットテープをキッカケに、色んなバンドにその手段を手解きしては、どのバンドの曲もいい部分だけを編集して店内で流してくれるというCMのような事をしてくれている。
まさに、バンドマンの味方だ。
昼間は喫茶店、夕方から夜にかけてはライヴハウスになるダリアは、俺たちにとってなくてはならない場所だった。
「高原くん、電話だよ。」
二月。
高校三年の俺は、もう学校に行く事もない。
あとは卒業式を迎えるだけだ。
バイトとバンドで充実した毎日。
マノンが羨ましがっている。
「あ、はい。すみません。」
バイト先に電話なんて、珍しい。
俺がバイトしてるのは、南国風の飲食店。
根っからチャラチャラしてるわけではないが、そういう風貌に見られがちな俺が、何も気にせず楽に働けるバイト先。
俺目当てに来る女性客も少なくはない。
そんなわけで、就職しないかと誘われてもいる。
ここには恩がある。
だから、ここの客には手を出さないし、ライヴにも誘わない。
「もしもし。」
『あ、ナッキー?』
「ああ、マノン。どうした?まだ学校だろ?」
『あー…悪いけど、一週間ぐらい実家帰って来る。』
「え?」
『俺がおらんからって、曲作り手ぇ抜くなよ?』
「なんだそれ。実家って…何かあったのか?」
『……』
「マノン?」
『…親父が、死んだらしい…』
「えっ…?」
『……』
「おまえ、今どこだ?」
『…ガッコ…さっき担任に言われて…今からマンション帰って、荷物まとめたら新幹線乗る。』
「待て。俺も行く。」
『…え?』
「俺も行くから。すぐ帰るから。待ってろよ。いいな?」
マノンの返事を待たずに電話を切ると、店長に理由を説明して帰らせてもらった。
ついでに、休みももらった。
走ってマンションに帰ると、マノンは制服を着替えてる最中だった。
「…別にナッキーが来んでも…」
マノンは苦笑い。
「…こっちでは、親代わりのつもりだから。」
「親って。二こしか違わへんのに。」
「それでも、だ。」
「……」
「さ、急いで支度しよう。」
マノンはあきらかに落ち込んでいた。
四番目なんて、本当は要らなかったと思う。と、笑いながら話してたが…親父さんは、末っ子のマノンが可愛くて仕方なかったらしい。
『まー坊が世話んなるなあ。』
時々、そう言って電話をくれて。
何度か、バイト先にも飯を食いに来てくれた。
出張で来たんやけど。って、手土産を持って。
新幹線では一言も喋らなかった。
駅からは、マノンが近道だから。と、細い路地を抜けた。
家に近付いてくると、緊張したのか…足取りが遅くなった。
近所の人達が、忙しなく行きかう。
「あっ!!まーくんやないの!!」
「…ただいま。」
「はよ、はよう行ったげて。お父ちゃん、あんたに会いたがってたんよ。」
「……」
近所のおばさんの言葉に、マノンはゆっくりと家に向かった。
そして…大きく開かれた玄関からは、走り出していた。
靴を脱ぐのももどかしい感じで中に入ると。
畳の間に敷かれた布団に横たわる親父さんのそばに、崩れるようにして。
「っ…親父…っ…」
声を殺して…泣き始めた。
「…夕べな、具合が悪いゆって…」
長兄が、マノンの背中に手を置いた。
「はよ寝て…今朝は普通に起きて来て、調子ええ事言うて…けど病院は行くわ言うててん…」
マノンは顔を上げられないまま。
「そろそろ、まーの中間試験の結果が届くなあ言うて、なんや楽しみにしとったで。」
「……」
「ぶっちゃけ、バンドなんか、て俺らみんな呆れとったのに…親父は、ちゃあんと、おまえの事…信じてたんやな…」
マノンの涙が止まらない。
俺は少し離れた位置から、それを見ているしかなかった。
小さい会社と聞いていたが、通夜には多くの人が訪れた。
病院に行く。と、家を出た途端…倒れた親父さんは、そのまま目を覚ます事はなかったそうで。
それでも、笑いの好きな人だったから。と、通夜の後は大宴会となった。
マノンも笑っていた。
親父さんの遺影に缶ビールを掲げて。
「なんで俺が成人する前に逝くねん。」
そう言って、一気飲み。
周りからは拍手が沸いた。
葬儀も、賑やかだった。
ずっと笑顔な朝霧家の面々を見ていると、母が亡くなった時の自分を思い出した。
俺は途方に暮れるばかりで、母との別れは涙涙だった。
こんなに笑顔で送り出すなんて…思いもよらなかったし、できるはずもなかった。
俺と母は、15年間…ほとんど二人きりだったからだ。
もし兄弟が居たら。
もし父親がいてくれていたら。
俺も…母の最期を笑って見送る事が出来たんだろうか。
今更思っても叶わない事。
俺は静かにマノンの親父さんの冥福を祈った。
* * *
「ナッキー。」
バイトの帰り道。
これまたバイトの帰りと思われるナオトに遭遇。
ナオトは今、小学生を相手にピアノを教えている。
何人生徒がいるって言ったっけな。
そいつらに言いたい。
先生の名前、ちゃんと憶えておけよ、と。
将来、あの人にピアノを習った。って自慢ができるぞ、と。
「マノン、大丈夫そう?」
結局マノンは、二週間大阪に滞在した。
その間はギターも弾かなかったらしい。
一瞬…もうこっちには戻らないんじゃないかと思ったが。
先週、バイトから帰るとソファーに座ってギターを弾いているマノンがいた。
…あきらかに、少し様子が変わっていた。
「本人は大丈夫って言うだろうから聞かないけど、たぶん大丈夫じゃないだろうな。」
「そっか…そうだよな。口説きに行った日、反対に何回も頭下げて、お願いしますって言われたの思い出すと…俺だって胸が痛い。」
「……」
どう、様子が変わっていたかと聞かれると答えにくい。
だから、俺からは何も言わなかった。
ただ…今までマノンから感じてた、ギラギラした物が無くなった気がした。
ギターに関する熱とか…バンドに対する熱とか…女に対しても。
顔は笑ってるが、どこか冷めた風に感じる。
「そう言えば、ダリアに置いてるカセット、追加して欲しいって店長が言ってたぜ。」
「ありがたいよな。いつも推してくれて。」
玄関の鍵を開け…開いてる。
「……」
ゆっくりドアを開けると…女物の靴。
マノンめ…
学校行ってないな?
「…連れ込んでんだ。」
ナオトは俺の後で苦笑い。
全く…
「きゃっ!!」
「うわっ。」
なんと。
部屋でならともかく…マノンはリビングでコトを開催中。
「あー…もうそんな時間やったんか…」
「おまえ…部屋でしろよ。」
「部屋まで待てへんかった。」
女は服をかき集めて着ると、そそくさと出て行った。
ナオトは首をすくめてカーテンを開けたついでに、窓も少し開けた。
「今の誰だ。」
「知らん。音楽屋で声かけて来た。」
「……」
「あれ、説教せえへんの。」
「説教されるって思うなら、ちゃんとしろ。そのまま座るな。シャワー浴びて来い。」
全裸のままソファーに座りそうになったマノンにそう言うと。
「……はいはい。」
マノンはめんどくさそうに、バスルームに向かった。
「…なんか、フヌケだな。」
ナオトが小声で言った。
「ああ…」
マノン以外は高校を卒業した。
誰も進学も就職もしなかった。
バイトのかけもちはしても、極力バンドに時間を割けるようにした。
マノンも週に三日、音楽屋でバイトを始めた。
完全復活したように見えたが、まだ熱は戻っていなかった。
それでも…
マノンのギターテクニックは落ちなかった。
新曲を作って、ライヴを繰り返した。
ファンもついて、人気も出てきた。
だけど、相変わらず…俺には何かが足りないように見えた。
マノンは、まだ戻ってない。
色んな作業が大変になり始めた頃。
思いがけず…俺に女が出来た。
最初はそんなつもりじゃなかった。
ダビング作業やライヴ告知、スタジオ調整やスケジュール管理をしてくれるコマメな女で、便利だった。
が、気付いたらマンションに居座っていた。
マリ。
見た目がきれいな女だった。
少し悪ぶる所が可愛く思えた。
それがカッコ良くも映ったのか、マリには女のファンが多かった。
バンドをしているわけでも、何か目立って何かをしているわけでもないのに。
何かと女に声をかけられていた。
「ナッキー、今日も帰らないの?」
マリがうちに住み着いて一年が経った頃。
俺はボイストレーニングに通うようになっていた。
少し離れた町だったため、バイトが終わってからの受講の日は、帰り道にあるミツグの家に泊まったりしていた。
「明日の朝帰る。」
「絶対よ?」
「ああ。」
この時は、何も疑わなかった。
マノンとマリに、何かある。なんて。
「…なあ、ナッキー。」
「あ?」
スタジオの日。
早く着いたナオトと二人で、ロビーにいると。
「告げ口みたいで嫌だけど、気になるから言う事にする。」
「なんだ?」
「…マノンとマリ、怪しいぞ。」
「…マノンとマリ?」
「この前、偶然見たんだ…二人が腕組んでるとこ…」
「へえ。」
「へえって…いいのか?」
「うーん…」
不思議と何の感情も湧かなかった。
マリを心の底から愛している。
とは、思った事がない。
俺には愛情が欠落しているのか、どんな女と付き合っても、執着するほどの気持ちが湧かない。
でも、同じ部屋に住んで、マノンとマリを共有するのは嫌だ。
とりあえず…もうマリと寝るのはやめよう。
…俺の気持ちがこの程度だと知ったら、マリは嘆くだろうか。
言わないけど。
「マノンの奴…いったいどういうつもりなんだろうな…」
「ま、聞いた所で言わないだろうけど、聞いてみるさ。」
「…ナッキーはお人好しだな。」
「マノンを巻き込んでるのは俺だからな。」
「そっか?みんな目指してる所は同じだから、それはないだろ。」
「結局、俺はマノンが可愛いんだよな…」
「ふっ。笑わせるなよ。」
そんなマノンは、高校二年の冬を迎えても、相変わらずの節操なしだった。
マリがいるならいいじゃないか。と思うのに。
相変わらず、部屋に女を連れ込んでいた。
よくも飽きずにするもんだ。
俺は見た目がこうだから、女好きにも思われているようだが…
適当に寝れる女と付き合ったりはするが、たぶん周りが思うほどの数ではない。
たぶん理想が高いのだろう。
いまだに、本気で好きになった女はいない。
これか?これが本気ってやつか?と、女が出来るたびに思うが…
どうも違う。
その証拠に、別れた女の事は、名前すら思い出せない。
…俺も節操なしか。
「マリ。」
たまたま、その夜はマノンがナオトの家に泊まりに行くと言って、スタジオで別れた。
ちょうどいい機会だと思って、マリに別れ話を切り出そうとした。
「…おまえ、マノンと何かあるのか?」
静かな声で問いかけると。
「あるわけないじゃない。何?急に。」
マリは笑顔。
「…あちこちで噂んなってるぜ?」
嘘だけど。
言ってみた。
「ああ…マノンにしつこいファンがいてね。だから、彼女のフリをしてあげてたからかしら。」
「え?」
マリは意外な事を言った。
マノンのしつこいファンを追い払うために、彼女のフリ?
「…なるほど。」
その時の俺は、妙に納得して。
そして、『使える』と思った。
て言うか、もうマノンと本当に付き合えばいいのに。とさえ思った。
が、それは飲み込んだ。
それ以降、二人は俺の前で妙に余所余所しくなった。
バレバレだろ。と苦笑いするしかなかった。
それでも。
俺がいない夜、二人は…
ヤリまくってた。
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