第2話 高原夏希 2

「…あいつが欲しい。」


 俺がそう言うと。


「…俺も思った。」


 隣でナオトもつぶやいた。


 仮りのギタリストで、ダリアという店でライヴをした。

 それでも十分に認められた気がしたが…

 全然これじゃダメだ。


 そこで俺とナオトは、少し幅を広げてギタリストを探す事にした。



 夏休み。

 当時付き合っていた大学生の彼女が関西人で。

 運良く実家に遊びに来ないかと誘ってくれた。

 オマケとしてナオトも連れて行った。

 最初彼女は渋ったが、そこは俺の甘え勝ち。

 年上の女はいい。

 俺の甘えを受け入れてくれる。


 彼女は金持ちの娘で、大きな家に招待してくれた。

 でも、困っていたのは、ナオトだ。

 三泊四日の間、彼女は隣の部屋にナオトがいるのに、喘ぎ声を全く我慢しなかった。



「なんてバンドだった?」


「シリウスだったかな。正式メンバーだと、揉めるよな…」


「この際、そんな事言ってられない。俺はあいつのギターで歌いたい。」


「…ナッキー、それだけ聞くと、おまえ相当我儘に思えるな。」



 俺とナオトは、店の人の承諾を得て、控室に入らせてもらった。

 そして、気に入ったギタリストに会う事が出来た。



「君、シリウスの正式メンバー?」


 内心、ドキドキした。

 違うって言ってくれ!!


「え?俺?」


 茶色い髪の毛。

 くりんとした、目。

 女にモテそうだ。


「正式っちゅうか…まあ、シリウスは今日で解散やし…」


「えっ!?」


 俺とナオト、同時に叫んでた。


「俺とやらないか?」


 つい、手を握って言ってしまうと。


「うっわ、俺、そっちの気ないで?」


 慌てて手を引っ込めた。


「ああ、違う違う…バンド。」


「…バンド?」


「俺ら、東京でバンドやってるんだ。ギタリスト探しにこっちまで来た。」


 最初はキョトンとしてた茶髪は。


「へー…東京で…」


 少し興味を持ってくれたようだ。


「で、これって、俺をスカウトしてるん?」


「ああ。」


「て事は、俺も東京行かなあかんの?」


「その方がいいな。」


「…って、俺、プロになりたいんやけど。」


「……プロ?」


 つい、ナオトと顔を見合わせた。


「プロになる気がない奴とは、組まへんよ。」


 そう言った茶髪の目は真剣で。

 それまでプロなんて意識した事のなかった俺は。


「今決めた。なる。」


 そう口走った。


「今?今決めた?」


 茶髪は笑った。

 そりゃそうか。

 自分欲しさに言われてると思うと、そりゃふざけてるとしか思えないもんな。


「ああ。今決めた。おまえと一緒にプロになる。おまえとならなれる。どうしても、おまえのギターで歌いたい。」


 俺の言葉に、茶髪は笑いを引っ込めて。


「…せやな…そしたら、一曲聴かせてもろた方がええやんな。」


 片付けかけてたギターを出して。


「マスター、一曲だけええですか。」


 店の人に声をかけた。


「ああ。メンバー足りるんか?何なら参戦するで?」


「あんたは何やってはるん?」


「俺はキーボード。」


「じゃ…ドラムとベース、誰か手伝うてください。」


「OK」



 そんな感じで、急遽スタッフを交えてのセッション。

 スタッフが『アサギリ君と演るとか、めっちゃ緊張~…』と小声で言った。


 …そうか。

 そんなに敷居の高い奴なのか。



「曲、何がええ?」


「Deep PurpleのBurnがいいな。イケるか?」


 俺が最初に歌った曲。

 もしギタリストが見つかったら、最初はこの曲と決めていた。

 ギターの腕はもちろんだが、ナオトとの掛け合いも聴ける。


「大好物。」


 茶髪はギターを持ち直すと。


「んじゃ、いくで。」


 颯爽と弾き始めた。


 …うん。上手い。さすが。

 ナオトがキーボードを弾き始めると、茶髪がすぐにナオトを振り返った。

 …そうだろ?ナオトのキーボード、すごいだろ?


 俺も気合いを入れて歌い始める。

 客席で観客の如く眺めてた他のスタッフや、今日の出演者たちが腕を上げて盛り上げ始めた。

 それに応える茶髪…ステージングもすごい。

 しかも…

 コーラスもしてくれる。

 肝心のソロは…

 うん…すごいな。


 アドリブから、ナオトとの絡み。

 ああ、こいつのギターで歌いたい。



「……」


「……」


「……」


 演り終わって。

 俺とナオトと茶髪は無言だった。


「めっちゃ手ぇ震えた~!!」


 そう言って沈黙を破ったのは、ベースとドラムをしてくれてたスタッフ達だった。


「あんたらすごいわ!!俺、こんな叩ける思わへんかった!!引っ張ってくれてありがとな!!」


「……」


 それでも無言だった俺に、茶髪が手を差し出した。


朝霧あさぎり 真音まのん


「…高原たかはら 夏希なつき。あっちは、島沢しまざわ 尚斗なおと。」


 握手を交わしてると…朝霧真音がボソリと言った。


「…俺、実はまだ中三やねん。」


「………え?」


「せやから、まずは親説得せなあかん。」


 ちゅ…


 中三!?




「えっ、中坊をスカウトした?」


 東京に戻って、ゼブラとミツグに大阪での事を話すと、二人は目を丸くして。


「どーすんだよ…お互い通うわけにはいかないし…」


 戸惑う二人に、ナオトが笑いながら言った。


「ナッキーが親を説得したよ。彼は来年星高を受験する。」


「えっ!?」



 俺とナオトが一聴き惚れした朝霧真音。

 彼は四人兄弟の末っ子だった。


 父親は小さな会社を経営していて、母親は書道の師範。

 おかたい家庭と思いきや…



「真音て名前は、マノン・レスコーからとったんですわ。」


 年齢よりも若く見える母親が、あけすけにそう言った。

 四人目こそは、女の子が欲しかった、と。

 だからって、魔性の女の名前を付けるのもどうかと思うけど…


 マノンは、高校には行かずにバンド一筋でやりたいようだったが、高校は卒業する事。が、上京の条件となった。


 それから俺は、彼の住処を確保するべく…


「親父、頼みがあるんだけど。」


「なんだ?」


「俺、一人暮らしがしたいんだ。」


「…何か不満か?」


 養子になった俺が、肩身の狭い思いをしていないか。

 父は、少なからずとも気にしてくれていたようだ。


 日本に来てすぐの頃は、近所から冷たい目で見られた。

 見た目が日本人じゃない事も手伝って、外に出ると耳に入るような声で何かを言われた。

 どうも、俺は日本語が喋れないと思われていたらしい。

 深く傷付いたわけではないが、嫌な思いはずっとしていた。

 そんな時は、あのリトルベニスのそばの家が、無性に恋しくもなった。



 年に数回は、家族で食事にも行った。

 喋るのはもっぱら弟の陽世里ひよりで、それに意見する兄の陽路史ひろしの口調を、親父とそっくりだな…と俺は静かに聞くだけだった。



「不満はないよ。ただ、やりたい事が見つかったから、それに向けて集中したいんだ。」


「やりたい事?」


「歌いたいんだよ。」


 馬鹿な事を。

 と、言われる覚悟は出来ていたが。

 父は静かに目を伏せて。


「…母さんの影響は大きいな。」


 小さく言った。


 …ロックなのは、黙っておこう。今は。



 かくして。

 俺は自分の一人暮らし用の部屋を確保した。

 当然、メンバーの溜まり場となった。

 真面目に曲作りをしたり、ミーティングをした。

 バイトも始めた。


 今は父に甘えているが、成功したら倍返しの予定だ。

 成功するつもりしかなかった。

 来春からは、マノンも一緒に暮らし始める。

 夢と希望しかない。



 ただ…


 このマノン。



 俺も呆れるほどの、節操なしだった。






「…おい。それ、誰だ?」


 マノンが上京した。

 やれば出来るけど、やらない子。と、母親が言っていたが、本当にそんなタイプの人間だった。


 受験前日にうちに来て。


「ヤマ張って。」


 テキストを投げ出して、そう言った。


「おまえ…受験勉強…」


「何とかなるやろ。」


 ニコッ。


 ニコッじゃない!!



 急遽、頭のいいナオトを呼び出した。

 そこで、まさかの一夜漬け。

 カンニングペーパーでも作る気じゃないだろうな…とヒヤヒヤしてたが、マノンはおふくろさんが言っていたように『やれば出来る子』だった。


 できれば、最初からやる気を見せて欲しかった。



 こうしてマノンは星高に受かり。

 俺の代で最後になった学ランではなく、ブレザーを着て登校している。

 ネクタイがだるい。と言いながら、そこは見た目で得をしている男…

 緩めたネクタイ一つでも、女を落とせてしまう。



「えーと…誰だっけ…」


 布団の中で、マノンは笑った。

 こいつ…週末のたびに女を連れ込んでる。

 まあ、親との約束である学校にちゃんと行って、バンドの事も真面目に取り組んでいる所は評価する。


 が…

 女関係には本当にだらしない。



 しかし、そこに目をつむれば…本当にマノンは俺の求めていたギタリストだ。

 …まだロックに目覚めたのも、プロになるという夢を持ったのも日は浅いが。

 俺にとっては、マノンもナオトも、ゼブラもミツグも。

 血の繋がりよりも濃い、家族以上の存在となった。



「そろそろライヴしたいよな。」


 マノンも高校生になったし。

 俺たちは、メンバーがそろって初めてのライヴを企画する事にした。

 もう何度かライヴをしている『ダリア』の店長に相談をすると、オリジナルの曲があるなら、一曲でもいいからカセットに落として客に配ったらどうかと言われた。


 なるほど。

 次のライヴの集客への足掛かり。


 しかし…


「配る?アホな。売ろうや。」


 マノンは真顔で言った。


「売る?」


「当たり前やん。スタジオで録って、A面B面入れて、ちゃんと売ろうで。配るとか安っぽい事したらあかん。」


「あかんって。俺ら、まず知ってもらう事から始めなきゃだろ?」


 ゼブラはそう言ったけど。


「絶対売れるって自信持ってやらんと、夢なんか掴めへんで。」


 マノンは言い切った。

 ほんと…こいつの自信は…


 マノンと初めて合わせた日。

 ゼブラもミツグも口を開けっ放しだった。

 テクニックもさる事ながら、プレイスタイルがカッコいい。

 そして、とにかく楽しそうにギターを弾く。

 マノンも二人に関しては。


「リズム隊、めっちゃ安定やん。安心して弾けるわ。」


 かなりのご満悦だった。



「よし。売ろう。」


 俺は、マノンに乗っかった。

 ゼブラは一瞬眉間にしわを寄せたが。


「その代わり、売って恥ずかしくない物を作るんだ。ナオト、スタジオ押さえてくれ。」


「ああ…でもちゃんと録るとなると、録音費用が…」


「俺のバイト代から出す。」


「ナッキー…」


「ええやん。倍んなって返ってくるで。」


 みんなの心配をよそに、マノンだけは笑顔だった。

 その笑顔に釣られたのか、ミツグが。


「録音か~…気合い入れてやんないとな!!」


 腕を振り回して言った。


「テープ、いくらで売れるかな…」


 心配性のゼブラがつぶやく。


「二曲で500円。」


 マノンが右手を突きだして言った。


「…高くないか?」


「え?俺らの曲、めっちゃカッコええやん。絶対売れる。」


 この、能天気と言うか…自分達を信じてやまないマノンに。



 俺は、心底惚れていた。






「言うた通りやろ?」


 ダリアで、ライヴをした。


 5バンドでのライヴ。

 まだ無名の俺らは、一番手だった。


 でも。

 その一番手に出た俺らのカセットは…用意した50本が、全部売れてしまった。

 マノンはもっと用意しようと言ったが、出演順とダリアの動員キャパを考えて。

 最初は50本に抑えた。



 演奏はもちろん、マノンの口の上手さにも助けられた。


「ええ声してるやろ?うちのボーカル。これを帰ってからも聴きたい思わへん?実は、毎日聴く手があるねん。そう。あそこにあるカセットテープ。一本500円。え?高い?んなアホな。毎日ナッキーの声が聴けて、俺のギターが聴けて、ナオトのキーボードが聴けて…すげえやんな。」


「俺らをはしょんなよ!!」


「あっ、リズム隊もな。」


「まとめんなよ!!」


「まあ、ついでに聴いたって。」


「ついでかよ!!」


 まるで、漫才のようなマノンとゼブラとミツグの掛け合いに、客席は笑ったし…そのテクニックゆえ、ギャップのトリコになった。

 それは、男女問わず。


 ステージが終わると客席で囲まれて、サインをせがまれた。

 書いたことなんてない俺らを後目に、マノンは笑顔でそれに応える。


「…あいつ、サインなんて書けるんだ…」


 ナオトが、笑った。



「良かったら、カセット何本か置かせてもらえないか?」


 ライヴ後、店長がそう言うと。


「マージンなしならええですよ。」


 マノンが真顔で言った。


「取らないよ。」


 店長は苦笑い。


「次のライヴの予定は?」


 店長の言葉に。


「しばらくは、曲作りと練習になるんやないかな。」


 マノンは、俺を振り返って言った。


「な、リーダー。」


「え。」


 リーダー?

 俺が?


「やるならいつかはワンマンライヴやし。その時はここ、俺らの客だけでいっぱいにして、そっからでっかいとこ行きますわ。」


 マノンの言葉に店長は笑いながら。


「君の言葉は強いね。まだ早いかなとは思うけど、いつかはそうなる気がするよ。」


 マノンの肩を叩いた。


「いつかっちゅうか、俺が高校出る頃には、絶対ですわ。」


 マノンが高校を出るまで…あと、二年と四ヶ月。


 今すぐ。なんて言わないのが意外な気がしたが、それだけちゃんと頭の中に描いている物があるのだと思えた。


「アンコールかかって、同じ曲とかするのは嫌やん。もっと曲数増やして、客に覚えてもろて、一緒に歌うてもらおうで。」


 マノンの言葉は、いつも俺たちに刺激をくれる。

 まあ、それでいいか。なんて思ってた自分の考えを改めさせる。



「よし。明日から新曲作りだな。」


「じゃ、学校終わったらナッキーんち集合で。」


「ああ…その前に、ナオト、マノンの勉強見てやってくれ。」


「あっ…忘れてた…期末あるんやったー…」


 赤点は取らせない。

 俺がマノンのギターで歌いたいがために、大阪から連れてきたんだ。

 学校をサボったり遅刻したりはあっても、成績だけはある程度のラインから落とさせないように気を付けた。

 その辺はマノンも分かってくれているのか、テスト期間中だけは真面目に勉強してくれた。



「そう言えば、前から聞きたかったんだけどさ。」


 ダリアの店長が、カウンター越に言った。


「Deep Redって、バンド名の由来は?」


 その言葉に、マノンが答えた。


「俺ら、Deep Purpleで結ばれたんですわ。」


「え?」


「深紅で深紫を超えて見せますんで、こうご期待!!」


 そう言ったマノンの笑顔を…



 俺は、今も忘れられない。

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