6時限目

『では敢えてお伺いしよう。その仕事とは一体なんですかな?そして貴方は誰なんです?乾さん、』


 彼は葉巻の煙を宙空に吐き出した。


 上等な葉巻だ。


 30分もしないうちに、バニラ味の煙で、部屋中が一杯になった。


『俺はハエや蚊じゃないんだぜ。煙を幾ら吐きかけたって逃げて行きやしない』


『・・・・ただの柔道講師、それだけさ』


 そらとぼけて答えた。

『それよりもどうだい?普段喫わない葉巻を義理でも口にしてやったんだ。君もどうだね?』


 俺は懐からシガーケースを取り出して開け、愛用のシナモンスティックを勧めた。


 彼は『ふん』と鼻で嗤いながら、葉巻を置き、一本取って口に咥える。



『今度はこっちから聞きたいことがあるんだがね・・・・君は新町という名の生徒を知っているな?』


『知っていますよ』


 スティックをポリポリ噛みながら答えた。


『何故彼をいじめた?それも酷いやり方で、彼ばかりじゃない。ここにいる俊・・・・いや、宮川君を始め多くの生徒達を』


『乾さん、この学校の敷地内に於いて、僕がすべてなのです。僕は法であり、僕は規律なのです。全てが僕によって動く。僕が気に入らなければ排除する。どんな手段を使ってもね。これ以上の理由がありますか?』


 随分傲慢な物言いをする『首領』だな。俺はそう思った。


『貴方は僕を随分傲慢な人間だと思っておられるでしょう。しかしこの「組織」の「首領」は、こうでなくてはならないのです。そういう人間でなければ務まりません。今までも、そして僕がこの学園を卒業しても、ずっとね。』


 俺は時計をちらり、と眺め、それからもう一度眼鏡を持ち上げた。


『なるほどね・・・・しかし、世の中には絶対ということはあり得ない。どんな独裁者だって、いつかは必ず滅びるものだ。ヒトラー然り、そしてナポレオン然り。』


『僕をあんな愚物と同じに見て貰いたくはないな。僕は完璧なのだ。僕は・・・・』


『シュート!』


 その言葉を遮り俺は手をピストルの形にして、彼に向って打つマネをした。


 すると、首領の顔色がたちまちのうちに苦悶に歪んだ。

 

 額から脂汗が流れ、彼は腹を両手で抑え、体をくの字なりに折り曲げた。


『な、何をしたんだ・・・・』


『何もしちゃいないさ・・・・ただ、さっき君が齧ったろ?俺のシナモンスティックさ。あの中に強烈な下剤をね。少しばかり混ぜておいたのさ』


『こ、こん畜生!』


 周りにいた取り巻き連中も、途端に彼に駆け寄った。


『ああ、そうだ。俺のかけているこの眼鏡だが・・・・真ん中の丸いところ・・・ここには米国のCIAも使ってる、超小型の特殊カメラが付いているんだ。勿論音声も拾える。このカメラを俺の友人のさるネット動画の専門家のところにそのまま送ってるんだ。俺たちが無事に帰らなければ、画像がその瞬間からネット上に流れるって寸法さ。「組織」の「首領」が、下痢で苦悶する姿なんざきっとチャンネル登録者とやらが増えて、ほっといても君も、君の組織も破滅と言うわけだ・・・・』


『き、汚ねぇぞ!おっさん』


『首領』は、急に言葉がぞんざいになった。


『何とでもいうがいい。俺はいじめなんて卑怯な真似をして喜んでる奴が大嫌いなんだ。』


『首領』は、ますます顔が真っ青になり、脂汗がぼたぼたと落ち、爪でテーブルをがりがりとかきむしった。


『な、何が望みだ・・・・』


『今後一切、学校の中で権力をかさにいじめを行わないと約束しろ。そうすればこいつをやるよ』


 俺はポケットから銀色の小瓶を取り出した。


『下痢止めさ。その症状はこいつを飲まなければ収まらない。さあ、どうするね?』


 奴はますますのたうち回り、腹を抑えて叫び声をあげた。


『わ、分かった・・・・約束しよう』


『そうかい。じゃ、一札入れてもらおうか?』


 俺は俊に、首領の机の上から専用の用箋と万年筆を取ってこさせると、直筆で一筆入れさせ、更に拇印も捺させた。


『結構、ほれ』


 俺はその書面を確認すると、引き換えに手に持っていた銀色の小瓶を首領に手渡した。


『もう二度と自分の権力を欲しいままにしようなんて考えないことだな。念のために当分の間、俺の送った映像は保存しておく。もし、お前さんが約束を破ったら・・・・その時は・・・・分かってるだろ?』


『き、汚いぞ・・・・』


 小瓶を飲み終わった首領は、恨みがましく俺を見上げた。


『ほざくがいいさ。人から嫌がらせをされるとどんな気分になるか、十分に味わってみるといい。』


 俺はソファから立ち上がると、一緒についてきた3人に声をかけた。


『さあ、もう行こうぜ。こんなところに長居は無用だ』



 









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