5時限目
こっちは全員がついてくると言ったが、
『全員は来ない方がいいな』と、俊と、後二人だけ選び、同道させた。
『組織』の、
『事務室』は、南側にある、
『第一棟』と呼ばれる建物の一番天辺の、見晴らしも日当たりも最高にいい場所に陣取っていた。
重々しい扉が何重にも続き、それぞれの門の前には制服、それも普通の制服じゃない。詰襟の、さながらプロシャ帝国海軍さながらの濃いグレーの上下を着た屈強な男がにらみを利かせて立っている。
三回目の扉を潜った先にあったのは、これまで以上に荘重な(いや、悪趣味なというべきだろう。俺にはそう感じられた)扉があった。
扉の真ん中にはドラゴンと翼の生えた虎が向かい合っているノッカーが付いており、その上には『M』の飾り文字が彫刻された札が付けられている。
俺達四人を案内してきた連中のうち、先頭にいた、背の高い一人がちらりとこちらを見てから、ノッカーの取っ手を持ち、音を鳴らした。
『入り給え』
中から声がする。
彼はゆっくりとドアを開け、先に自分が中に入り、それから俺達を入れた。
『失礼致します。首領、御命令の者を同道致しました』
高校生にしちゃ、嫌にかしこまった口調だ。
それにしてもこの部屋、何ということだろう。
恐らくその豪華さだけを取ってみれば、この学校の校長室なんぞより遥かに立派だ。
広さだけでも恐らくワンルームマンション2部屋分ぐらいはたっぷりだ。
おまけに壁一面全部硝子ケースの書棚になっており、そこには革張りの書物がぎっしり並べられていた。
(俺が確認できたのはウェブスターの百科全書くらいのもんだ)
そして、その、
『首領』は、部屋の中央より少し奥に、ごついマホガニー製の机の向こうに腰かけていたが、声を確認して顔をあげ、こちらを見た。
短く刈り込んだ髪をオールバックにし、目はカミソリのように鋭く、鼻はまるで猛禽類の爪の如く曲がり、尖っていた。
彼は学校指定の制服を着てはいたが、ブレザーの下にはワイシャツにネクタイではなく、ブルーの詰襟の服を着て、襟には校章と並んで、あの亀の甲型の中に『M』
の飾り文字をあしらったバッジを付けていた。
『ようこそ、まあ楽にしたまえ』
高校生の口調なんかじゃない。
明らかに20歳、いや、30はとうに超えた男の話し方だ。
彼がすっと立ち上がり、パチンと指を鳴らすと、俺達を部屋の右側にあるソファに案内した。
彼は自分のテーブルを回り込み、俺達の前に腰かけ、目の前のテーブルの上に置いてあった葉巻入れ(これも実に凝った彫刻が施してある)から、一本取り上げ、端をかみ切る。
すると、彼の脇に立っていた部下がすかさず火を点けた。
『どうですか?貴方も』
彼は気取った口調で俺にも勧めた。
『では・・・・』俺は一本取って端を噛み切り、わざとぞんざいにペッとテーブルに吐くと、火を点けた。
いい葉巻なんだろうが、久しぶりに口にしたものだから、慣れぬ味に、ちょっとばかり頭がくらっとした。
『失礼だが、君はまだ・・・・』
俺が言いかけると、彼は煙を吐き、こちら見下したように、
『そう、まだ高校三年生ですよ・・・・』
それがどうした、といわんばかりの口調で答えた。
『ここは治外法権というやつなんですよ。校長だって、ここには僕の許可なしには入ることは許されていないのですからね。』
彼は悠然と葉巻をふかす。
俺は眼鏡を押し上げ、半分も喫っていない奴を、目の前のごつい灰皿にねじ込んだ。
『ええと・・・・乾宗十郎先生でしたっけね?』
『悪いが、先生なんて呼ばれるのは好きじゃない。乾さん、でいいよ』
『なら、乾さん・・・・昨夜は私の手のものを随分痛めつけてくれたそうですな。』
『自分からケンカを売りに行くことはしないが、売られたケンカは買う主義でね』
俺はまたそっけなく答えた。
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