3時限目

 その日の昼休み、俺は学食を避けて柔道場の中で二人で弁当(勿論自前だ。こう見えて料理は得意なんだ)を食べた。


 そこで彼から色々な話を聞けた。


『先生』、

 

 と、彼は俺の事を呼ぶ。


『先生は止してくれ・・・・何だか背筋がぞっとするんでね。』


『じゃあ、何て呼べば?』


『乾さん、でいいよ』


 俺が笑って答えると、


『じゃ、僕の事も「シュン」って呼んでください』ときた。


 少しは壁も低くなった感じがする。


 俺たちはそれから昼休みの度にここで話をするようになった。


 教師連中からはあまりいい顔をされない。


 中にはあからさまではないが、遠回しに『授業以外で道場に出入りするな』と忠告してくるのもいる。

(特に何故か体育教師に多いな。柔道もロクに知らん癖にさ)


 ただの『柔道講師』に過ぎんのだからな。


 無視してほっぽらかしておいた。


世の中には不思議なことが起こるものだ。


俺と俊が、昼休みに弁当を食べ、こうして無駄話をしているうちに、色んな人間がやってくるようになった。


最初は主に男子生徒だったが、そのうちに女子生徒も来るようになった。


彼らは一様に、何か悩みを抱えているらしく、頻りに俺に話をしたがったのだ。


俺は別にカウンセラーじゃない。


ただ、連中の話を聞くのは情報集めにはもってこいだった。

『いじめ』についての体験を各々が俺に吐露してくれた。


この学校、いや、正確には現在はどこでも程度の差はあれ・・・・目に見えない、


『序列』のようなものが存在するという。


『スクールなんとか』というんだそうだ。

(正確な呼称は聞いたのだが、ここで言うのは良しにしよう。諸君の方が良くご存知だろうからな。知識をひけらかす趣味はないんでね)


 まあ、とにかく、その『序列』という奴は最初から決まっているわけではなくて、あるきっかけで出来上がり、そして三年生が卒業すると在校生に引き継がれるた。とこういうわけだ。


『いじめ』を受けるのはその枠から零れ落ちた生徒、或いは序列のトップに位置する連中に嫌われたという、それだけの理由だという。


 いじめのやり方は昔も今もさほどの違いはない。


 肉体的な暴力である場合。


 言葉による暴力。


 精神的な圧迫。


 さまざまだ。


 試しに俺の依頼人の息子についても聞いてみた。


 みんな当たり前のように知っていたよ。


 だが、誰も助けてやることは出来なかった。


 もしそんなことをすれば、序列トップ(ここでは「首領」とか「ボス」とか呼ばれているという)に目をつけられて、自分も同じ目に遭う。


 いや事実遭っている者も少なくない。


 例えば俊もその一人だ。


 彼は別に依頼者・・・・つまり新町少年を、勇気をもって庇ったりしたわけではない。

 

 俊が『いじめ』という制裁を受けるようになったのは、単に新町君と同じ中学に通っていて、家が隣同士だった・・・・たったそれだけの理由だったのだ。


 勿論教師には何度も訴えたが、誰も聞いちゃくれない。


 教師の中には学校の卒業生もいるので、薄々ながら、


『序列』


『いじめ(制裁)』


 そして、


『首領』の存在については知っているのだが、誰も見て見ぬふりをしているという。


 近頃の教師に、色んなことを期待する方が無理というもんだろう。

(ま、俺の時代も似たようなもんだったがね)


 俺は請け負った依頼に関しては、常に冷静に処理したいと考えている人間だが、


『いじめ』に関しては別だ。


 職業上の何かを越えたものが、内側から湧き上がってくるのだ。
















 





 







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