僕の選ぶ未来

柚城佳歩

僕の選ぶ未来

今日もまた朝がやって来た。

何の代わり映えもない朝が。

将来やりたい事も、これと言った特技もない。

周りの友達が目標を定めて動いているのを見ると、自分だけ取り残されていくような感覚になる事がある。


大学には行っているが、それだって社会人おとなになる事を先延ばしにしたかったからだ。

映画が好きだったから映像学科のある大学を選んだけれど、当たり前の事ながら観る側と作る側じゃ全然違って、毎日授業を聞いたり課題をこなすので精一杯。


三年次からはそれぞれの分野に別れ、更に本格的な内容になってくるので、それまでにはちゃんと進路を決めなければとは思うけれど、一年以上先の話。まだ全然決められそうにない。




ゆう、海に行こうぜ」


そう誘われたのは、夏休みを目前に控えた昼休みの事だった。


「海行って何するの?」

「サーフィンだよサーフィン」

「僕、やった事ないんだけど」

「大丈夫、俺もやった事ないから」


大学に入ってから連むようになったこの友達は、時々突拍子もない事を言い出す。

でも、人懐っこい性格ですぐに周りに溶け込んでしまう所はすごいと思っている。


「あのさ、それのどこが大丈夫なの」

「初心者同士なら余計な気遣わなくていいかと思って。どう?」

「どうって言われても…」


そんな事を言いながらも、サーフィンの出来る海岸とレンタルショップを調べたり、ネットで情報収集をして、今日ここまでやって来た。


「海だー!」


駅を出るなり駆け出して行ったとおるの背中を目で追いながら、歩いて後を追う。


あちぃー…」


夏らしい日差しにじりじりと焼かれながら、生温い風を感じる。何年振りかで来た海は、テントがそこかしこに立ち、人で溢れ返っていた。


予約していたお店で道具をレンタルし、レクチャーを受ける。

いきなり海に入るのかと思っていたら、最初にしたのは陸の上で基本的な姿勢や乗り方の練習だった。

海に入ってもよし、と合格をもらい、ボードを持って入った海はひんやりとして気持ちよかった。


「結はさ、三年の分野選択何にするか決めてるの?」


波待ちの時間、不意に透が聞いてきた。


「…いや、まだ全然決まってないかな」

「そっか。俺さ、卒業したら映画に携わる仕事がしたいんだけど、撮る側も出る側も選べなくて。あと一年で決められるかなぁ」

「透ならどっちに行っても上手くやれそうな気がするけど」

「俺、そんな器用じゃないよ。でもありがと」


透は、僕と同じく何となくで大学に入ったのかと勝手に思っていたけど、全然そんな事なかった。

ちゃんとやりたい事が決まってるんだ…。


そんな僕の気持ちに呼応するかのように、ボードがぐらりと揺れた。

慌ててバランスを取りながら沖の方を見ると、大きな波がこちらに向かってきている。


「結、戻ろう!」


波は変わりやすいと聞いていたけど、こんな急に変わる事もあるのか。

周りにいた人達も、同じように引き返している。

透は器用に泳いで、随分先まで進んでいた。

僕も必死に手を動かすが、あまり進んでいるようには思えない。

ざぶんとボードが大きく揺れた。

自分の上に陰が出来る。


「結!」


こちらに向かってくる透の顔と声を聞いたのを最後に、僕は波に呑み込まれた。




ピッ、ピッ、ピッ―。

アラームの音だろうか。こんなパターンには設定してないはずだけど。

ぼんやりとした頭でスマホを探して手を這わすも見付からない。


「結さん、木崎きさき結さん」

「…はい?」


すぐ近くから名前を呼ばれ、目を抉じ開け窺うと、真夏だというのに三つ揃いのスーツを乱れる事なく着こなし、髪もしっかりセットした男性が、細い銀フレームの眼鏡に手を当て立っていた。


「…え、誰」

「申し遅れました、わたくし死神をしております。名乗る程の名はありませんので、お好きにお呼びください」


え、死神?

聞き間違いじゃなければ、真面目な顔してとんでもない事を言われた気がする。


「聞き間違いではありません。急な事で混乱されているでしょうが、まずは下をご覧ください」


まさか頭の中を読めるのか?

言われるままに下を見ると、どこかのベッドに横たわる自分の姿があった。

腕には点滴が付けられ、横の機械には心電図が写されている。


「…僕、死んだの?」

「いいえ、まだ生きていらっしゃいます。危ない状態ではありますが」


茫然とする僕を連れて、今度はふわりと浮上する。何もない真っ暗な空間に、色も大きさもバラバラな球がいくつも浮いていた。


「この球は?」

「こちらは、貴方と同じように生と死の狭間を揺蕩う魂の記憶でございます」

「魂の、記憶…」

「全世界のものが集まっており、記憶なかを覗く事も可能です」


言われてよく見てみると、うっすらと光る球の表面、まるで映画のスクリーンのように様々な映像が映し出されていた。


「あ、この人知ってる」


その中の一つ、大御所と呼ばれる俳優さんが映っていた。天才子役としてデビューして、そこからずっと第一線で活躍し続けてきた人だ。

最近見ないと思っていたら、入院したとこの間ニュースで流れていた。


「興味がおありでしたら、入ってみますか?」

「入るって?」

「言葉の通りです。今の貴方は実体がなく、身体と魂を繋ぐ糸も細く不安定な存在。その状態で球の表面に触れると、中に入り込んで追体験する事が出来ます」


死神の説明によると、今の僕ならここに浮かぶ球にはどれでも自由に入れると言う。期限は十日間。

十日後、気に入ったものがあればその人の身体に入り、続きの人生を送る事も出来るらしい。


「本当にそんな事が出来るの?」

「はい。但し逆も然り。貴方の身体に他の人が入る可能性もあります」

「僕がダメって言っても?」

「今は所有権のようなものがあやふやな状態。元の持ち主が誰であろうとあまり関係ないのです」


なんだかよくわからないけれど、単純に面白そうだと思った。

試しに、先程の俳優さんが映る球に指先で触れてみる。

ぐんっと一気に引っ張られる感覚がした次の瞬間、何かのセットの中にいた。


周りにはたくさんの大人がいて、撮影中のようだ。見た事のある子どもは、どうやらあの俳優さんの子役時代らしかった。

素人の僕から見ても、演技が飛び抜けて上手いのがわかる。確かにこれは天才子役と言われるだろう。


暫く見ていると空間が乱れ、場面が切り替わる。

今度は自宅だろうか。制服を着た中学生くらいの男の子が一人で、何度も繰り返し台本を読み込んで練習していた。


その後も何度か映像が切り替わったが、出てくるのは撮影現場か自宅かレッスンスタジオばかり。友達と遊びに行く暇もないくらい忙しかったのか…。

演技だって相変わらず安定していて上手いし、歳を重ねる毎に磨きも掛かっているのに、それくらいは“出来て当たり前”。賞を取っても、取って当然。常に周りからは期待されて。あの人はこんなプレッシャーの中で生きてきたのか。


ここまで見た時、また引っ張られる感覚がして、気付けば最初にいた空間に戻っていた。


「如何でしたか」

「うん、何か…凄かった」

「他の物もご覧になりますか」

「今日はもういいかな。休んだらまた見てみるよ」


それから僕は期日までの間、いろんな人の記憶をダイジェストで見た。

世界大会に出るようなアスリートの記憶では、自分まで速く走れた気分になれたし、鳥になって空も飛んだ。

仕事山積み、毎日がサービス残業。過労死寸前の人の記憶では、噂に聞くブラック企業というのも体験した。


そして。透の記憶も見た。

大体の事は器用にこなし、人間関係も順調、いつも楽しそうにしていて、やりたい事も決まってる。そんな透を羨ましく思ってもいた。


だけど違った。

小さい頃から何事にも一所懸命。そのせいで友達が離れてしまう事もあったし、大学に入る時だって、もっと就職に有利そうな大学を選べと親に反対されていた。

それでもどうしてもここの映像学科に入りたくて、高校時代は部活ではなくバイトに明け暮れ、貯めたお金で受験も入学金も払っていた。


皆それぞれ苦労も努力もしている。

そんな当たり前の事を改めて感じて、のらりくらりと生きてきた自分が恥ずかしくなった。

こんな自分が誰かの代わりになろうなんて、とてもじゃないけど無理だ。後ろ向きな訳じゃなくて、人には人の、僕には僕の生き方がある。


魂の行き先を決める日。


「僕、決めました。選ぶなら、やっぱり自分の身体がいいです」

「そうですか。私はあくまで案内役。あとは貴方次第です」


死神に送り出されて、自分の身体に入ろうとした時。横から見知らぬ人に突き飛ばされた。


「あんた、特にやりたい事もないんだろ。だったら俺に譲ってくれよ」


確かに、ちょっと前までの僕はそうだった。

でも今は。


「ごめんなさい、それは出来ません。この十日間、いろんな人の記憶の映像を見てきて、初めて自分からやりたいと思える事が出来たんです。僕は、映画を撮りたい。様々な人生の大切な場面を切り取って残したい。自分の手で、自分の力で」


すると、魔法が解けるように目の前の人の姿があの死神に変わった。


「驚かせてすみません。実は私は、魂の見定めをしていたのです。死神だからと言って、見境なく魂を刈っている訳ではありません。どうぞお行きなさい。今の貴方なら大丈夫でしょう」


そう言って死神は最後に柔らかく笑った。

改めて自分の身体に近付くと、スゥーっと吸い込まれるように重なって…。


ピッ、ピッ、ピッ―。

定期的な機械音がして、ゆっくりと目を開けた。

ベッドの横では透が椅子に凭れて眠っていた。

付き添ってくれていたのか。


「透」

「…ん、結?目が覚めたのか!よかったぁ」

「透、僕やりたい事が出来た」


一度言葉を区切って深呼吸をして、真っ直ぐに透を見詰めた。


「映画を撮りたい。いろんな人を。透の事も」

「いいね、俺も負けないよ。じゃあどっちが先に良い映画を完成させられるか勝負だな」

「望むところだ」


向かい合って笑い合う。

今後、僕達がどういう道を進むのかはまだわからない。

でも、望む道に近付けるよう、頑張ってみようと思う。友達ライバルと共に。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

僕の選ぶ未来 柚城佳歩 @kahon

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ