第8話 不幸への大魔法
新喜劇が終わってから私たちは急いで駅に向かった。そのため外はまだ明るい。帰りの新幹線の中、私と紺ちゃんは未だ冷めやらぬ新喜劇の興奮の熱をぶつけ合っていた。
「凄かったね! 私、人生であそこまで笑ったの初めてかも! 役者さんのあのわざとらしい演技! あれは癖になるね」
「そうやろ! ウチも最高だったわ! 本場で見るのは全然違うもんなんやな。熱が半端ないわ」
「うん! もう一気に引き込まれちゃった! 何で明日学校なのかなー! もう一日大阪で観光したい気分だよ!」
「観光って、恋鐘あれやろ? もしそうなったらまた新喜劇行くつもりやろ? ウチ知ってるで」
「あはは……紺ちゃん正解。すっごく楽しかった! 楽しかったなぁ……」
私は窓から見える富士山を眺め、感傷に浸った。最初はあまり乗り気ではなかったけど、今ではこんなにも大阪に後ろ髪をひかれている。ここまで幸せな休日は初めてだ。
幸せな記憶を思い出し、私は不意に悲しくなった。苦しい。原因不明の胸部圧迫感に襲われる。不幸体質の私は、いつしか幸せというものに拒絶反応が出てしまっていた。その事実に、私はため息をつく。私の人生……今が最高潮かもしれない。私の中である思いが小さく芽生え始めていた。『思い立ったが吉日』という言葉がある。大魔法を使うなら、今日が吉日かもしれない。
「ねえ、紺ちゃん」
「なんや、恋鐘」
「今日はありがとうね」
「かしこまってどうしたん? らしくないで」
「素直に感謝してるんだよ。今日は本当に……本当に幸せだったな」
「そんな悲しい台詞いうなや。明日はきっともっと楽しいで」
「そうかなぁ。明日は学校だからそれはなさそう」
「……ははは! そういうことかいな! そんなこと言ったらウチも明日学校なのは憂鬱やで! 恋鐘、ちょっとは笑いのセンス出てきたんとちゃう?」
「あはは…………そう、かな? ちょっと新喜劇の効果出てるかも」
「そう思うで。この調子で文化祭本番も頼むで、恋鐘」
ニカッと紺ちゃんが私に笑いかける。そのまっすぐな笑顔を、私は直視できなかった。私は彼女の笑顔に答えられない。私は今日死ぬのだ。死ぬって決めたんだ。それを決断させてくれたのは紺ちゃんだよ。ありがとう、紺ちゃん。私の大好きな親友。人気者で友達も多い紺ちゃんからは私がどのように見えていたのかは分からないけど、私にとって一番大切な人は紺ちゃんだったよ。私がいない世界でも、頑張ってね。私は紺ちゃんから沢山もらいすぎた。友情を元気を笑顔を、そして『幸せ』を。私はもう、耐えられない。私は小さく呟く。
『幸せになってね、紺ちゃん』
一般人には見えない魔方陣を展開し、私は大魔法を発動した。
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