第3話 本人不在の決定

 目を開けると初めに飛び込んできたのは、女の子の顔だった。飛び跳ねそうになった胸を押し戻すと、私は深呼吸をして体を起こす。どうやらここは私の部屋のようだ。ズキリと、右足に激痛が走る。イノシシにぶつけられた足を見ると包帯でグルグル巻きにして止血をされていた。頭を触ってみるとそちらも包帯が巻かれているようで、もしも鏡で今の私の姿を見たらちょっとしたヤクザの抗争に巻き込まれた感じになっているかもしれない。

 私の姿は一旦置いておこう。怪我の件も、お母様が帰ってくればすぐに治してくれる。私は仕切りなおして、中腰で私を覗き込む女の子に体を向けた。


「おはよう、紺ちゃん。学校はどうしたの?」

「学校はどうしたの? じゃないわ! ……もう放課後や。まったく、連絡なしで学校休むんやから心配したで……」


 ため息をつくと近くにあった椅子に座った。


 彼女は幼馴染の渋谷紺ちゃん。一言で紹介するなら、彼女は私の対極にいるような女の子だ。私と違って明るく誰とでも分け隔てなく話すことが出来るし、おまけに運動神経や勉強の成績もずば抜けて良い。若干癖っ毛の茶髪とキリッとした目つきに取っ付き難い印象を受けることが多いみたいだけど、ユーモアを忘れない身の振る舞い方と関西弁交じりの口調が相まってその印象はすぐ払拭されるという。また、学校の子達は長い髪型が多い中彼女は短髪であり、その中性的な容姿性格から、男女両方から好意を向けられている。実際毎月何枚かラブレターを貰うくらいのモテっぷりで、その度に断り方についての相談を私に持ちかけるほどだ。


 紺ちゃんとは小学校の頃からの付き合いで、毎年同じクラスになれたらなとは思うのだが、私は…………そのなんというか、不幸体質のせいで紺ちゃんと小学校高学年から同じクラスになることは無かった。幸せはいつだって私の掌から零れ落ちていくものなのだ。


「紺ちゃん、今日学校では何があった? 今日はまだ授業は始まってなかったよね?」

「そうやな。授業はなかったで。係と役員決めで大体終わりやったわ」

「あ、係決めがあったんだ…………それだったら私も行きたかったなぁ……変な係になったら嫌だもん」

「そんなに心配せんでもええで。そう言うと思ってウチが恋鐘のクラス乗り込んで図書委員にしといたわ。因みにウチも図書委員やで」

「あ、あ、ありがとう……! 紺ちゃん大好き!」


 私は喜びのあまり、傷の痛みを忘れて、紺ちゃんに抱き付いた。紺ちゃんは頬を赤らめ「こらっ離れんかい!」と拒絶するように言うが、私の腰に腕を回しているので満更でもなさそうだ。青春っぽくて私もなんだか楽しい。紺ちゃんは昔からこうやって、こんな冴えない私のことを助けてくれる。だから私は…………私の魔法で彼女の願いを叶えようかなと、今のところ思っている。彼女になら、私の命を捧げても後悔はないと思うから。


 二度目になるけど、私は魔法使いだ。今朝の様に、ほんの一瞬ふわりと宙に浮けたり、マッチぐらいの炎を指先から出せたり、扇風機ぐらいの風を出すことも出来る。ここまでの話で察してほしいのだけど、実は私は魔法使いとしてダメダメだったりする。どう考えても魔法の力が弱すぎる。本来魔法というのは、宙に浮くなら箒で隣町までひとっ飛び、炎を出すなら間欠泉の様に火柱を立てて、風を吹かすならレンガの家を吹き飛ばす程の暴風を出せるはずなのだ。因みに、私のお母様はこれくらいの魔法は簡単にやってのける。大空襲すら跳ね除けるお母様の力が強すぎるのかもしれないけど、それにしても私の魔法の才能は絶望的だった。こんな私だけど、お母様曰く私は歴代で最も強力な魔法使いらしい。その理由は私の持つ特殊な大魔法『運命操作』にある。魔法は通常の魔法と大魔法で分けられていて、誰でも使えるものと、その人にしかできないものがある。例えば、お母様の大魔法は『空間遮断』で、目に見えない透明な壁を作り出すことができるみたいだ。そんな人によって違う大魔法だけど、私の持つ大魔法『運命操作』は、命と引き換えに自分以外の誰かの運勢を極限まで引き上げる力だったりする。下手に使えばこの世の理すら書き換えられる強力さ故にか、私は常に不幸に取りつかれている。単に運勢の話をしてもわからないから、具体的に魔法の説明をした方がいいかもしれない。例えば、「お腹いっぱいかき氷が食べたい」と思っている人がいたとして、私が大魔法で「あなたの夢が叶いますように」とお願いしたとする。すると、その人は夏でも冬でもかき氷が食べたい友人が続々と現れ、かき氷祭でもすることになるだろう。一方、私は家にいても外にいても食事中でも学校の中でもお構いなしに、命を落とすほどの人生で最悪の不幸に見舞われる。


 勿論、かき氷のようなお手軽なお願いだけでなく、私はどんな願いでも叶えることが出来る。だから私は見極めなければならない。うっかり世界を滅ぼしてしまうような悪しき者に私の奇跡の魔法を渡さないように、かき氷を食べるだけのようなくだらないことで私の人生が費やされないように。そんなに言うなら、魔法を使わなければいいと思われそうだけど、それは私の個人的な感情で勘弁だ。これから何年生きるか分からないけど、長く見積もって八十年。大魔法を使わなければ、私はこの不幸に見舞われ続けて生きることになる。そんなの我慢できるわけがない。早い話が、もううんざりなのだ。こんな不幸続きの人生なんて。


 先に死んでしまっては紺ちゃんに悪いと思うけど、私は常に死に時を窺っていた。早くても紺ちゃんが大学に行ってからだろうか。紺ちゃんが大学に行って暫く経ち、私のことを忘れたのを見計らって、私は私の魔法でこの最低な人生を終わらせる。そう思ってたのだが


「そんだけ元気なら大丈夫やな。ほな、ウチは帰るで。…………そうや。今日学校で文化祭の出し物についても話し合ったんやった」


 紺ちゃんは私の抱擁から逃れると、制服の襟を直して帰りの準備をし始める。そして僅かに彼女の頬が吊り上がったのを私は確かに見てしまった。少し不安を胸に抱きつつ会話を続ける。


「あ、文化祭は六月だからもう話し合いしてるんだね。今年の文化祭は出れるといいなぁ」

「去年、恋鐘は病欠やもんな。でも今年は絶対出てもらうで」

「え? どうして……?」

「文化祭にステージの出し物あるやん?」

「あるね」

「あれにウチと恋鐘で出ることになったから。『漫才』で申請出しといたで」

「漫才? 私が…………? え? ええええええええーーーーーーーーー!?」


 街中に響くほどの音量で私は驚愕する。前言撤回。明日にでも人生を終わらせたい気持ちになってきました。

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