第4話 羨望の眼差し
バンッと机を叩く音に教室中の生徒の注目が集まる。
「どうして勝手に申請しちゃったの、紺ちゃん!」
私の悲痛な叫びに紺ちゃんは面白そうに笑顔を浮かべた。
「ええやん!面白そうやろ?」
「面白そうって……そうかもしれないけど、私恥ずかしよー!」
「恥ずかしいだけならええやん」
「その恥ずかしいのが問題なんだよー」
「まあ、そう言わんといてや。来年ウチは受験やし、思い出作りには丁度ええやろ?」
「あっ。そう……だね。もうそんな時期かぁ」
嘘だ。そんな時期なのは知っている。私は彼女との思い出を作りたくないだけだ。これ以上思い出ができては、判断に鈍ってしまう。私の思惑を知る由もなく、紺ちゃんは私の手を握り懇願した。
「だからな……お願いや、恋鐘!ウチと漫才しよーや」
「むむむ……職員室で申請取り消してくる!」
「なんでや!ホンマに頼むで、この通り!一生のお願いや!」
「ちょっと頭下げないで!みんな見て恥ずかしい……」
私は周りの目が気になって小声で話す。ただでさえ学校の人気者と話をしているってだけでも目立つのに、頭まで下げられたら余計に目立つ。あまり目立つのは好きじゃない。
「本当に嫌なんだって。紺ちゃんごめんね今回は私は協力できないよ」
「よーし、だったらこっちにも考えがあるわ。恋鐘が漫才やる言うまでウチはあんたにつきまとうで〜! 根気比べなら自信があるわ。文化祭まで地獄見ることになるで~」
「それは……困っちゃうな」
肩をパキパキと鳴らして紺ちゃんはそう言うが、実際かなり困る。紺ちゃんが私につきまとうってことは、私の不運の飛び火を受けてしまう可能性が高くなるということだ。紺ちゃんには私の不幸を分けたりしたくない。紺ちゃんに分けるのは最大級の幸運だけだから。
「諦めや、恋鐘。大人しくウチと漫才をするんや」
駄目押しとばかりに、私の席の前で仁王立ちをする紺ちゃん。これ以上抵抗しても、私の身を滅ぼすだけだろう。私は大きくため息をつくと、首を縦に振った。
「ううう……分かったよ、紺ちゃん。漫才やるよ……」
「よし来た!それでこそウチの親友や!」
ニカッと前歯を出しながら彼女は笑った。こうして私は流され流され、紺ちゃんと漫才をする羽目になってしまうのであった。
「漫才するって言うけど、もうネタとかは考えてるの?」
「まあ、大体は考えてるな。問題は演技面や」
「あっ、そうか。漫才といえば演技は重要だよね」
「特に恋鐘は心配や。あんま表情豊かじゃあらへんもん」
「うっ……痛いところを突くね」
「だからいっぺん本場のお笑いゆーもん見ておきたいんや。そしたら恋鐘も、もちろんウチの演技も間違いなく向上するやろ」
「そうだね…………? えっ? 本場ってまさか……ねえ、まさかだよね!?」
「そのまさかや。ウチの実家が大阪なのは知っとるやろ? しかも難波やで! 分かるやろ?」
悪い予想は当たるもので、紺ちゃんはニカッとそろった白い歯を見せて私に笑いかけた。
「今月末に予約しといたから、よろしくな恋鐘。東京駅から新大阪駅まで新幹線でひとっ飛びや!いくで難波!なんばの新喜劇!」
紺ちゃんがクラス中に聞こえる音量で叫ぶ。私のテンションの下がりように反比例して、クラスからの羨望の眼差し、歓喜の声はさらに盛り上がりを見せるのであった。
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